第6話 自ら侵す禁忌の味は
適当な外観から受けた印象とは異なり、倉庫の中は綺麗に整えられていた。
入ってすぐの場所は棚で区切られた応接スペースのようになっており、塵一つなく掃除もされている。
「う〜ん、どう判断したものか……」
埃でも降り積もっていれば足跡で侵入者の有無が判断できただろうけど、これではなんとも言えない。
その一方で、潮風で砂が吹き込んだ様子もなく、族長が前に来た時に扉を閉め忘れたという可能性も低くなってしまった。
「まぁ、判断材料を集めるしかないわけだけども……」
在庫確認を任されている以上、もし荒らされているのなら片付けないといけない。
僕は最大限に警戒をしながら、背丈を越える高さの棚の合間に身を滑らせた。
◇
幸いにして、棚に納められている品々は荒らされていなかった。
しかし、その棚の中身こそが、僕の背筋に冷たいものを走らせる。
族長が言っていたとおり、ここにあるのは雑多な道具類の他には空き瓶ばかり。
問題なのは、その瓶に貼り付けるためのラベルだ。
「族長、これはまずいよ……」
相変わらずの下手糞な筆遣いで書かれた、『神酒』の文字。
それは強力な魔物除けにして、あらゆる傷を癒す万能薬。
豊穣神を崇める教会が、頑なに製法を秘匿する神秘の品だ。
……こんなものを偽造したのがバレてしまえば、大陸中の教会関係者が血眼になって追いかけてくるだろう。
「島を出たあと、協力するのは絶対ナシだな……」
僕は各種ギルドから排斥されているとはいえ、それは『王宮で何かやらかしたらしい』という曖昧な疑心が理由。
族長の所業に関わって、明確なお尋ね者にされてしまうのは勘弁だ。
そんな決意を固めつつ倉庫の中を見て回り……ほどなくして、僕は一番奥のスペースまで辿り着いた。
「こっちが族長の本当の住処なのかな?」
棚で四角く区切られた空間には、粗末なベッドとテーブル代わりの大樽。
壁際の傾いた机の上には、たくさんの帳簿類や古びた聖書まで置かれている。
そして……
「……っ!?」
床に置かれた、いくつかの木箱。そのうち一つの蓋が少しずれており、中身の食料類が僅かに露出している。
目減りしているように見えるのは、族長が食べたからなのか。あるいは……
「……とりあえず、ありのままを報告するしかないな」
ともかく現在進行形で侵入者が潜んでいる様子はないので、僕は緊張を解いてベッドに腰を下ろした。
◇
大樽の上にあったランプに火を灯し、僕は中身入りの『神酒』の瓶を翳してみる。
……棚の一角には、少しだけ出荷前の品も残されていたのだ。
「まさか、本物じゃないよな?」
教会の大事な資金源にして権威の象徴の一つであり、上層部でないと製法を知ることなど出来ない。
族長の洒落にならない暴挙は、この島に来てからのことなのか。それとも、この島に来ることになった原因なのか。
「味見してみたいけど……」
本物の神酒は魔物除けや万能薬として価値があるだけでなく、大変な美味であるとも聞いている。
族長が偽物として売り出しているのなら、きっとそれなりの味には仕上げているはず。
これも荒らされていたと言い張ればバレないだろうけど……僕はつい先日断酒を決意したばかり。
「でもなぁ……」
味も気になるけれど、もっと興味があるのは魔術的な性質だ。
万が一にも本物であれば、頑なに教会が秘している『神聖術』の謎に迫ることが出来る。
……絶対にアレも魔術の一種なのに、彼らは決して認めようとしないのだ。
「中身の量は瓶ごとにバラついていて、栓の締め直しも簡単な構造。多めのやつを選んで、ちょっといただくくらいなら……」
いつの間にか堕落者たちの思想に染まっていた僕は、気づけば自分のカップを取り出していた。
◇
疑惑の神酒を大樽のテーブルに載せ、いざ開栓……しようとしたところで、爪先に何かがコツンと当たる。
屈みこんで見てみれば、僕の背丈より少し短い木の棒が転がっている。
「……魔物じゃなかったのか」
棒の端に尖った石を括り付けただけの、おそらく最も原始的な槍。
それなりに使い込まれているように見えるけど……長さからして族長のものではないだろう。
「…………」
ここに侵入したのは、魔物ではなく人間。
しかし、集落に住まう堕落者たちならばもっと盛大に荒らすだろうし、手に馴染んだ得物を置き去りにしているのも釈然としない。
「……まさか」
目の前に鎮座する大樽は、窮屈だけど人ひとり隠れられないこともない。
乾いた血がこびり付いた穂先でランプをどかし、僕は大樽の蓋をこじ開けた。
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