第4話 追放、追放、再雇用
僕が堕落者たちの一員となってから、早くも一ヶ月が経った。
堕落者とは名ばかりの暮らしで、魔術の鍛錬と総合ギルドの仕事に毎日精を出し……今日もまた、族長から一日の稼ぎを受け取る。
「……いい加減、金を溜め込むのは止めてもらえねぇか? そろそろ島の経済が崩壊しそうなんだが」
毎日そんな事を言いつつも、この族長は支払いを渋ったりはしない。
堕落者にあるまじき、なかなかフェアな男だ。
僕は適当な愛想笑いでやり過ごし、何も買わずに葉っぱの住処に潜り込む。
……少し悪いとは思うけれど、僕は金を溜め込んだりはしていない。
なにせ、一日の稼ぎはその日のうちに溶かしてしまうのだから。
「……デストラクト・アナリシス」
稼ぎのうちから銀貨だけを選び出し、きっちり身を隠したうえでの魔術行使。
未完成の術理とともに大量の魔力を流し込むと、やがてそれは塵も残さず消滅する。
もちろん、ヤケクソで通貨毀損なんて犯罪行為に手を染めているわけではない。
僕にとっては、これも歴とした魔術の研究なのだ。
◇
火術を行使する際の燃焼物。地術による岩石弾。いずれも魔術が含まれる『物質創造』の術理によって産み出されるものだ。
もっと別の物も創り出せたらいいな……と人々が考えるのは自然な流れであり、かつては『錬金術』と呼ばれて盛んに研究されていた。
しかし、長きに渡って莫大な労力を費やされるも大した成果は出せず……現在ではすっかり廃れてしまっている。
そんな黴の生えた分野の一筋の光明となる……はずだったのが、僕が編み出した『マテリアライズ』。
一時的とはいえ、あらゆるもの創造できる可能性を秘めたこの魔術には、意地悪な上役ですら興味を示したのだけど……その前段階が抱える大きな問題により、研究を進めることを中断させられた。
……大きな問題とは、創造の前には破壊が必要なこと。
対象物を大量に用意して、性質や構造を解き明かさなければならないのだ。
◇
手の内は空っぽになってしまったけれど、胸の内には確かな手応えが残っている。
「そろそろ、ナイフくらいなら何本かイケるかも」
銀という素材は魔術との相性が良く、昨今は戦略物資として流通が規制されている。
その徹底ぶりはとても厳しく、王都一帯では銀貨の回収が始まるほど。
……この島に御触れが届いていないのは実に幸運だった。
「……でも、まだまだ足りない」
べつに偽銀貨を大量に流通させて王国の経済を破壊してやろうと考えているわけではない。
かといって、一時的に銀のナイフを作ったところで、せいぜい手品止まり。
この『マテリアライズ』を王宮への凱旋の手土産とするには、何とかして有用な使い途を示さなければならないのだ。
◇
余った銅貨でせめて芋でも買ってやろうかと思い、僕はもぞもぞと住処から這い出した。
そして、粗方の客を捌き終えた族長の下に向かってみると……
「パピヨン、明日からお前に請けさせる依頼はねえ。クビだ!」
「そんな馬鹿な?!」
堕落者たちからも追放されるという驚愕の事態に、僕は膝からガクリと崩れ落ちる。
……まずい。この島から出るにしても、これまでの稼ぎは文字どおり溶かしてしまったぞ。
ダラダラと冷や汗を流し始めた僕の耳元に、族長は髭面を近づけてそっと囁く。
「……おいおい、早とちりするな。その代わり、臨時ギルド職員として俺の仕事を手伝ってくれや。事情は聞かねえが……お前は金なり力なりを蓄えて再起したいんだろ?」
改めて見直した髭面は、口元はニヤけていても目は笑っていない。
「……なるほど」
こんな堕落者たちの中にあって、族長だけが熱心に商売に勤しんでいたのは……そういう理由だったのか。
◇
明けて翌日、僕はいつもの密林ではなく、海岸線に沿って砂浜を歩いていた。
臨時ギルド職員の初仕事として任されたのは、島の反対側にある隠し倉庫の在庫確認。
完全な雑用で訓練にも研究にもならないけれど、報酬は銀貨で貰えることになっているから特に不満はない。
「まぁ、おかしいとは思っていたんだよね」
族長の『楽園市場』が抱える豊富な在庫。
長い時間をかけて備蓄していったにしても、あの売れ行きで品切れにならないのは不思議だったのだ。
「……族長は何故ここに来たんだろう?」
他の堕落者たちから巻き上げた果物を使っての秘密の蒸留酒づくり。
そして、定期便とは別の船を介しての秘密裏な取引。
それだけの熱意があれば、島の外でも商人として十分やっていけそうなものだ。
「……でも、たぶん違うよな」
元兵士か、あるいは冒険者か。ともかく、間違いなくカタギではない。
あのごっつい身体から漂うのは、鍛錬を重ねた暴力の気配だ。
……肉体的に貧弱な僕は、却ってそういう匂いに敏感なのだ。
「……ま、どうでもいいけど」
大事なのは、ただ一点。彼もまた僕と同じく再起を目指しているらしいということ。
もしも互いの都合がつくのなら、島を出た後に協力し合うのもいいだろう。
何なら、ついでに僕の貧弱な身体を鍛えてもらうのもいいかもしれない。
「おっと、そろそろ集中しないと……」
もうすぐ白い砂浜が終わり、ごつごつとした岩場が始まる。
磯にはそれなりに手強い魔物が出ると聞いているけど……さてさて、どんなものか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます