第3話 結実する夢の欠片
『火術って、何を燃やしているの?』
『どうして水で怪我が治せるの?』
『どうして風の壁で矢を跳ね返せるの?』
『地術で落とし穴を作ったら、土は何処へ行くの?』
……そんな子供の頃の疑問が、僕の研究の出発点だ。
大きくなって多少の知恵がつくと、みんなが何気なく使っている魔術の中に、途轍もなく不思議な現象が含まれていることに気づく。
……物質の創造と変質、力場の形成と操作、物体の消滅あるいは崩壊。などなど。
子供の頃の疑問を胸に抱き続けたまま念願の魔術師となった僕は、多くの魔術と魔術師に関わっていくうちにふと閃く。
……本当に必要な要素だけで魔術を構成すれば、もっと効率良くもっと強力な、もっと面白くてもっと凄い魔術を創り出せるのではないか、と。
そんな夢を現実のものとするはずだったのが、僕の研究。
そんな夢の欠片の一つが、この『クリスタライズ』なのだ。
◇
「…………?」
僕が叫んでも特に何も起こらず、むしろ炎の舌たちが痩せ細ってしまったことにウサギは小首を傾げている。
練習は十分に積んでいるので別に発声なしで行使できたのだけど、そこは……まぁ、雰囲気だ。
「……僕の魔術は一味違うぞ」
そもそも魔術を初めて目にしただろうウサギを相手に言ってみたところで意味などないが、宣言せずにはいられない。
……既存の学説では『幻想物質』と称される、存在すらも曖昧な燃焼物。
僕はそこに『変質』や『圧縮』などの術理をブレンドすることで、炎を結晶化させたのだ。
すなわち、この十本の炎舌は見た目どおりに虚ろな炎ではなく、実体を有する高熱にして強靭な鞭。
実際には、べつに結晶質になってはいないんだろうけど、そこは……まぁ、雰囲気だ。
「……!……!」
不敵に笑う僕の様子から、ようやくウサギは逃走の判断を下すが……もう遅い。
一本ずつが細くなったぶん隙間だらけに見えるけど、機敏かつ巧みに連動してうねる彼らの間をすり抜けるのは不可能だ。
「よし、仕留めろ!」
突き出した手のひらを拳に握り込むと同時に、ウサギの全周から乱打の雨が降り注ぐ。
絶え間ない風切り音と打撃音に、毛皮が焼け焦げる臭気と白煙。
初撃ですでに抵抗の意志を失くしたウサギを、執拗なまでの殴打でボールのように弾ませる。
やった自分が言うのも何だけど……
「……えっぐいな、これ」
この期に及んで、残酷どうこうなどと温いことを宣うつもりはない。
えぐいのは、未完成だったはずの僕の魔術の性能だ。
本来、僕が目指していたのは不可視の力場のみで鞭を形成する魔術だった。
しかし、これはこれで見た目が既存の魔術そっくりなので、むしろ初見殺しとして機能する。
そのうえ、たとえ種が割れたとしても、上手く虚実を織り交ぜれば防御するのは一苦労。
……演習場で案山子相手に軽く使ってみたときには思い至らなかったけど、中々に性質が悪い技だ。
「……ふむ」
おまけに、結晶化したおかげで類焼も少なく、可燃物が多い環境でも火術が扱いやすくなるという副次効果。
さすがに直接触れた薬草は消し炭になってしまったけれど、そこは……まぁ、研究に必要な犠牲だ。
「…………」
ほどなくして、ウサギは黒焦げのハンバーグに成り果てた。
雑魚相手とはいえ実戦での初勝利。そして、研究成果の確かな結実。
そんな二重の達成感に、僕は届かぬとは知りながらも報告せずにはいられなかった。
「やりましたよ、リンジーさん!」
◇
その後、いくつかの魔術を試しつつ他の密生地も巡り、僕は目標の数倍量の薬草を抱えて集落に帰還した。
つい先ほど酒断ちを決めた僕には手元に残す理由もないので、余剰分も全部纏めて納品したところ……
「……まさか、薬草が銀貨に変わるとはね」
てっきり食べ物の現物支給だと思っていたのに、まさかの現金。しかも、かなりの金額だ。
しかし、お金を貰ったところで何処で使えばいいのか?と僕が苦笑していると、族長は葉っぱの山から一枚の木板を取り出した。
「さて、お前の懐が温まったところで……そろそろ開店だ。悪いが、ギルド割引なんかは無いからな」
町役場&ギルド看板の流木の横に追加されたのは、『楽園市場』の看板。
開店に気づいた周囲のおっさん達は、各々が蓄えていた収穫物を抱えてワラワラと集まって来る。
そして、それらと次々に交換されていくのは、葉っぱの山から発掘された蒸留酒やタバコなどの嗜好品。
……なるほど。ずっと寝てばかりのこの男が族長として崇められているのは、その手の物資の供給を担っているからか。
堕落者たちばかりの中で、勤勉に商売をしてくれるのは有り難いけど……
「……えっぐいな、族長」
腕いっぱいの果物を持って行っても、交換されるのはチーズ一欠片がせいぜい。
現金払いにも対応はしているものの、そちらはそちらで王都の数倍の物価だ。
こんな阿漕な商売をしていれば競合店が出来てもおかしくなさそうだけど、きっと他の堕落者たちには真似が出来ないのだろう。
……船から仕入れた商品に、自ら手をつけてしまうから。
「おい、坊主! 今日は儲けさせてもらったから、こいつはサービスだ」
僕が集めた薬草も早々に売り切れたらしく、そこそこ上等なお菓子が放り投げられる。
……サービスとは言いながら、欲を掻き立てるための誘惑なのは明白だ。
それをボリボリと齧りながら、僕は本日の稼ぎをぎゅっと握り締める。
「ここに来たのは、正解だったかも」
僕にしか出来ない、僕しかやらないだろう銀貨の使い途。
……僕の研究は、ここで一気に進められるかもしれない。
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