第2話

「非常事態にございます。今しがた、不滅の勇者ミツキが勇者ギルドを裏切ったとの報が入りました。強い錯乱状態故、今後帝都への侵攻が予見されます。帝国内各国間へ手配書を送り、帝都には兵を展開し迎撃の準備に当たらせます。よって陛下の承認を頂きたく――」

「必要ない」

「は?」

「必要ないと言ったのだ」

 強い風を気にもせず、少女はハッキリと言った。

「しかし、それでは」

「これは決定だ。手配書も、兵の配備も必要ない。私の判断には従え防衛大臣。能力無き者を傍に置いておくほど寛大ではないぞ」

 防衛大臣は黙り込み、思わず下唇を噛む。む。こうも強く言われてしまっては言い返す言葉も無いと、怒りと、そして呆れと、もう一つ何とも言い難い感情が彼の胸の内に渦巻いていた。

「それよりも、だ。旧都に蔓延る魔族と黒炎の魔神について進展はあったか」

「いえ。正体、起源いずれも不明のままです」

「急げよ。疫病の魔神を発端に各地で魔神が増加しておる。人族対蛮族との抗争も、新たな局面に移ろうとしておるのだ。乗り遅れる訳には行かぬ」

 防衛大臣は少女の背へと頭を下げる。恐る恐る、窓から屋根裏へと入ると一人先に、姿を消した。

「陛下。お言葉ではございますが、私には陛下のお心を理解いたしかねます。不滅の勇者は紫ランクの勇者にございます。たった一人で万の兵にも及ぶ力を持つが故、敵にしてはならぬ存在。些か悠長に構え過ぎではありませぬか」

 皇帝は目を閉じたままため息をつく。そして初めて目を開けると、補佐官の顔を見上げた。

「第一に、不滅の勇者の裏切りは勇者ギルドに責任がある。我ら帝国が与するべき問題ではない。第二に、帝都へ侵攻する気ならば好きにさせてやれば良い。街を整備し直す良い機会となろう。第三に、勇者ギルドに借りを作る。勇者達は強力な兵器だが、少々カネが掛かりすぎる。奴ら一人を動かすよりも、街の復興に当てた方が安く済む上に経済も回る」

 納得したか、と言わんばかりの眼つきだった。補佐官は、承知しましたと、答えると皇帝は立ち上がった。

「ならば陛下、即時復興に当たれるように財務大臣に言って、復興予算案を提出させましょう。また、民の命が失われるのは、陛下にとっても不本意なはず。人命に対する被害を最小限にするためにも、兵たちには民の避難誘導の用意をさせましょう。もちろん、真意を伝えずに」

 皇帝は黙って補佐官の顔を見上げていたが、ふと目を逸らすと屋根の端まで歩み寄り、肩越しにふり返って言った。

「良かろう。次第はお前に任せるぞ。能力を示せ」

 手を広げ、そして頭から倒れるように飛び降りる。補佐官が慌てて屋根から顔を出すと、遥か眼下の広場で、砂に受け止められる皇帝の姿があった。

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