時を超えた約束
いりこ
第1話 悲哀のイリーシャ(王都ユニガン)
「ねえ見て!あの絵!あの絵の女の人、君にそっくりじゃないか?」
「あら、本当?どれかしら」
露店の前で若い男女が足を止めた。
大きな風呂敷の上には、色とりどりの宝石や骨董品、地方の珍しい工芸品が、所狭しと並んでいる。
中でもひときわ輝く金色の豪華な壺に、なんだか少し申し訳なさそうに、その絵は寄りかかっていた。
古びた額縁の中では、女性が優しく微笑んでいる。
「ほら!表情というか、この柔らかい雰囲気というか・・・・・・とにかく、君によく似てるよ!!」
青年は少し興奮気味に、絵と女性を何度も見比べた。
「ふふふっそうかしら?こんなに綺麗な人に似てるだなんて、嬉しいわ。」
女性は照れたように頬を赤らめて笑った。笑うとますます、絵の女性とそっくりに見えた。
絵の中の女性は、鮮やかな青の水辺を背に、穏やかな笑みでこちらを見つめていた。
輝く瞳に、ダークブロンドの艶やかな髪。健康的で柔らかそうな肌。目が合うと思わずドキッとしてしまうほどリアルに描かれている。身にまとった白い衣装が、その神秘的な美しさを一層引き立てていた。
「それにしてもいい絵だね。色づかいも、表情もすごく素敵だよ。」
「ええ、本当ね。見てるとなんだか心が落ち着くわ。あなたの絵と同じね・・・・・・。」
2人はしばらくの間、静かに絵を見つめていた。
温かいような、懐かしいような、すこし切ないような、不思議な気分だった。
人や馬車が行き交う賑やかな通りの中で、まるで時が止まったように感じられた。
「・・・・・・僕、この絵になんだか運命的なものを感じてしまったよ。」
「ええ、そうね。私も。なにか不思議な縁を感じるわ。」
いつの間にか2人はすっかり絵を気に入り、さっそく買って帰ることにした。
「すみません!これ、いくらですか?」
「・・・・・・どれどれ」
コンテナに腰掛けていた行商人の男は、ふぅーっと大きく息を吐き、膝に手を当て、よっこらしょと立ち上がった。もう長いこと座っていたのだろう。
男は立派な髭を撫で付けると、絵の入った額縁に手を伸ばした。でっぷりと大きな腹が隣の壺に当たりそうになるので、2人はヒヤヒヤした。
「ああこれ・・・・・・『悲哀のイリーシャ』かい。」
「・・・・・・悲哀の、イリーシャ?」
「ああ、この作品の名前だよ。」
「悲哀?・・・・・なんだか絵のイメージと違うわね。」
「大昔の作品だ。詳しい事は誰にもわからん。だが今の価値だと・・・・・・2000万Gitは下らないな。」
「「にっ、にせんまん?!」」
「作者は不明だが、BC2万年頃の貴重な作品だぞ。2000万Gitなんて、むしろ安いぐらいだと思うがね 。」
予想もしていなかった金額に2人は驚愕した。
貯金を全てはたいても、到底払うことができない大金だ。
「そんなに高いなんて・・・・・・。」
「さ、さすがに払えないわね。」
「ああ。残念だけど・・・・・・。」
やれやれ、というように、行商人の男は再びコンテナに腰かけ、昼食のパンを食べ始めた。
「────君たち、どうしたんだ?」
アルド、エイミ、リィカの3人は、国立劇場での公演を終え、ユニガンを訪れていた。
露店の前でがっくりと肩を落とす2人に、アルドは思わず声をかけた。困っていそうな人はどうにも放っておけない性分なのだ。
エイミは、またアルドのお人好しが始まったぞ・・・と呆れ顔でリィカの方を見たが、アンドロイドであるリィカは露店の珍しい品に目を奪われ、黙々とデータの収集に励んでいた。
「いやあ、僕たち、あの絵に惹かれちゃってさ。」
「とっても欲しかったんだけど、私たちが買えるような値段じゃなかったの。まさか2000万Gitだなんて・・・・・・。」
「なに?2000万Gitだって?!」
芸術なんてちっとも分からないアルドは目を丸くした。それだけあれば、地元のバルオキーで立派な家が建てられる。たった1枚の絵が、家と同価値だなんて、 アルドには青天の霹靂だった。
「・・・・・・なるほど。これは『 悲哀のイリーシャ 』でスネ!」
アルドが呆然と立っていると、リィカが得意げに話に入ってきた。
「なんだリィカ、知ってるのか?」
「ハイ。未来の画廊で見かけたことがありマス!ちなみに、未来での価値は1億Gitを超えていマス!」
「い、1億Git・・・・・・。」
とんでもない額に、アルドとエイミは思わず唾を飲み込んだ。
「そんなにすごい作品が、こんな所にあるなんてビックリね。」
エイミは突然興味深そうに絵を観察し始めた。
未来では1億Git以上の値がつく貴重な作品だ。こんなに間近で見られる機会なんてそうそうない。
確かに、絵は素人目に見ても印象的で美しく、 繊細で高い技術が感じられた。
「うーん、だけど、私たちがどうにか出来る話じゃなさそうね。買ってあげることなんてできないし。・・・・・・ごめんなさいね。」
エイミは申し訳なさそうに、先ほどの男女の顔を見た。何だかんだで、エイミもアルドに負けないくらいお人好しだ。
「───いやいや、気にかけてくれてありがとう。僕はしがない絵描きだし、そんな大金は払えない。今回は諦めるよ。」
青年は肩をすくめて、力なく笑った。
「あら?あなたも絵を描くの?」
「ああ、そうなんだ。まだまだ修行中だけどね。」
くしゃくしゃに伸びた髪を邪魔くさそうにかきわけたその手は、マメやペンだこだらけでゴツゴツしていた。まさに職人の手といった感じだ。
「今、コンテストに向けて作品を描いてるんだけど、少し疲れちゃって。今日は息抜きに外に出たんだ。」
彼はそう言うと、眩しそうに青空を見上げた。外に出るのは実に3週間ぶりの事らしい。
数年に一度開かれるミグレイナ大絵画展は、アルドも聞いたことがあるほど有名な絵画コンテストだ。優勝者には賞金が出るだけでなく、個展を開く権利が与えられる。駆け出しの画家たちにとっては、将来への道が大きく開かれるまたとないチャンスだ。
「へえー!君の絵も見てみたいな!」
「うん、是非!・・・・・・と、言いたいところなんだけど・・・・・・。」
青年は突然口ごもり、顔を曇らせた。
「どうかしたのか?」
「・・・・・・いや、なかなか納得のいく仕上がりにならなくてね。描いても描いても何かが違う気がして、行き詰まってるんだよ。」
青年は深くため息をついた。
隣にいた女性は彼を慰めるように、背中にそっと手を添えた。慈愛に満ちた表情が、まるで絵の中のイリーシャのようで、とても印象的だった。
「そうなのか・・・・・・。絵の事はよく分からないけど、俺たちに何か手伝える事があったら、何でも言ってくれ!」
「ありがとう!君たちは本当に親切だな!」
青年はふふっと優しく笑った。
「それにしてもこの色・・・すごいなあ。顔料は何だろう。」
『悲哀のイリーシャ』を見つめながら、青年は感心したように言った。
「・・・顔料?ってなんだ?絵の具のことか?」
「ああ。分かりやすく言えばそうだよ。土や石を砕いて色を作るんだ。種類によって、色の印象がぜんぜんちがうんだよ!」
彼の目は、子供のようにいきいきと輝いていた。
「この色、作り方さえ分かれば、ぜひコンテストの作品に使いたいんだけど・・・・・・。」
彼はそう言うと、色んな角度から絵を観察し始めた。どの色も鮮やかで、温かみがあって、光が当たると、夕暮れ時の海のようにキラキラときらめいて見えた。アルドも、こんな不思議な色は見たことがない。
昼食を食べえ終えた行商人の男が、いかにも迷惑そうに咳払いをしたが、青年には全く聞こえていない様子だった。
「リィカ、この絵の顔料のこと、何かわかるか?」
「いえ・・・・・・一致するデータはありまセン。恐らく、近現代には存在しないモノだと思われマス。」
不甲斐ない・・・というように、リィカは首を垂れた。
少しでも彼の力になってあげたいが、原料の特定が出来なければ、取ってくることも、どうする事もできない。アルドは頭を抱えた。
「───ねえ、私この絵の女の人、見たことがある気がするんだけど。」
その時、エイミが突然口を開いた。
絵のモデル、イリーシャに見覚えがあるという。
「エイミ、本当か?!」
「ええ。・・・・・・もしかして、アクトゥールの女性じゃないかしら。」
「アクトゥール・・・・・・。」
イリーシャが身に付けている赤い髪飾り、白絹の民族衣装、彼女の背後に描かれた美しい青の水辺。それはアルドの記憶の中のアクトゥールと、はっきりと重なった。
イリーシャの装いはまさしく、古代に存在した水の都、アクトゥールの伝統的な衣装そのものだった。
「『 悲哀のイリーシャ 』はBC2万年頃の作品ですノデ、時期も一致しマス!」
「なるほど・・・・・・。」
時空を超えてアクトゥールに行き、イリーシャや絵の作者に会えば、顔料を持ち帰ることができるかもしれない。そうと分かれば、アルドはじっとしてはいられなくなった。
「なあ、よければ顔料のこと、俺たちが調べてみるよ!」
アルドが高らかに宣言すると、若い男女は目を丸くした。
「えっ?!だけど、どうやって・・・・・・?大昔の作品のことなんて、調べるのは大変じゃないか?」
「大丈夫!ち、ちょ、ちょっと、心当たりがあるんだ!」
アルドは適当に言葉を濁した。時空をひとっ飛びして、数万年前の絵の作者に会ってくるだなんて、信じてもらえるはずがないからだ。
「でも、本当にいいのかい?僕たち、出会ったばかりなのに・・・・・・。」
「ああ、もちろん!君が納得のいく作品を描けるよう、俺たちも手伝いたいんだ!」
申し訳なさそうに尋ねる青年に、アルドは満面の笑みで答えた。
エイミとリィカも、ぐっと親指を立てた。
「本当にありがとう!ありがとう!」
青年はアルドの手を両手でガシッと握り、嬉しそうな、泣きそうな顔をしていた。
彼のコンテストへかける思いが痛いほど伝わってきた。
「僕はユニガンの東の家で作業しているんだ。いつでも声をかけてくれ!」
「ああ!顔料のこと、何か分かったらすぐに伝えるよ!!」
こうしてアルドたちは、絵の作者に会うため、BC2万年、水の都アクトゥールへ向けて出発することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます