そんなに異世界がいいのかよ

ケツカイシ

第1話 小説家 田中アタル

 だっからー!俺はね、純文学を中心に人間ドラマや恋愛、ミステリー等書いて、そりゃもう!ちゃんとした小説家であるわけでして、だけどもな、ちっとも評価されないわけだわ。

 もうね、だからお手上げよ。なんだよ?異世界ファンタジーって?こんなんばっかり流行ってんのかよ!ってさ。そりゃ異世界だもん。何でもありよ。風呂敷を広げたりや伏線引いたりやりたい放題やれば、惹きつけるよなー。

 でもさ、実際どうなんだい?ちゃんと風呂敷畳めるの?伏線回収できるの?その場凌ぎで勢いよく書いてるだけなんじゃない?

 ああ、いいさ。俺も何も考えずに書かせてもらっちゃおうかなー。異世界ファンタジー。


 そうとなったら、いてもたってもいられない。俺は特に構想も無く執筆を開始する。


 主人公の名前は、そうだなー。イーロンでいいか。ヒロインはミルフィーユでいいや。うん、適当でいいだろ。こんなものは。

 異世界はどんな世界がいいかな?王道の剣と魔法で魔王との戦いでいいか。

 んで、まずは主人公のイーロンがどうやって異世界に行くかだよな。結構、異世界もののアニメをチラッと見た事あるけど、大抵は何の前触れもなく、いきなり異世界に行くんだよな。

 でも、俺クラスの小説家としては、ちゃんとしたプロセスが欲しい訳よ。最後に風呂敷を畳む時に、異世界に行った理由が全て最終話で繋がるみたいなね。

 

 ま、こんな作品は俺には暇つぶしに過ぎないわけ。今日も大事に育てている執筆中の「空を感じて」の第12話を書き終えたばかりだ。つまり、仕事は終わっている。

 いつものように執筆が終われば夜眠くなるまで、大量の酒とおつまみで宅飲みライフを満喫している。だから、この作品はすごく誤字るんだろうなと思いながら、にやにやしながら書いているわけ。


 チクタク

 チクタク

 チクタク

 チクタク…



 書き始めてから、しばらく放っておいた。俺、何書いてるんだっけと、冒頭から読み返す。はっきり言って、酒で完全に出来上がっているので、今やる事なす事すべて面白い。異世界ファンタジーへのアンチテーゼに笑いが止まらない。


 チクタク

 チクタク

 チクタク

 チックタック

 TikTok

 チクタク

 チクタク

 チクワブ

 ちくわぶ

 おでーん

 オデーン…







 …寝てた。頭がズキズキする。飲み過ぎたな。とりあえず顔を洗って水を飲もう。

 立ち上がり洗面所へ向かう。


 ?なんか、部屋の感じ変じゃね?とりあえず顔を洗って鏡を見る。じっと見る。俺は、やはり俺だ。変な違和感を感じるが、しっかり部屋をくまなく見ると様子は変わっていない。


 飲み終えた酒の空き缶が、1、2、3、4、5、6、7、8……

 突然意識を失った!何者かに背後から頭を強く殴られたのかもしれない。いや、それ以上のもっと硬い鈍器のようなもの。あるいは、そうではないのかもしれない。


 長い長い暗闇のトンネル。俺は列車に乗って揺られている。

 トンネルを過ぎると眩し過ぎる光が目を細めさせる。そして、どう表現していいか分からない、現実味の無い空虚感。


 列車が止まり、俺はとりあえずと駅に出た。ここは、いったいどこだろう?外国の駅なのか?西洋の古い建築物の様な駅。


 これは…夢かな?なんとなく、夢で結論が付きそうなので、そのまま起きるまで夢の世界を散歩しようと決めたその時!


「勇者イーロン様。お待ちしておりました。私はこの国でイーロン様にお仕えを国王に命じられたハートサブレと申します。サブレって呼んでくださいね。イーロン様。ニコッ」

 いや、そこはミルフィーユじゃないんだ!

 しかも俺はイーロンじゃないし!勇者でもない!俺の名前は田中アタルだー!!!!


 おかしい?夢だよな?醒めないぞ?おーい。誰かー。おーい。


「どうしたんですか?イーロン様。」

鳩サブレじゃなかった…。ハートサブレと馬車に乗って国に向かっている。


 こうして始めようと思ってもみなかった俺の異世界ファンタジーが幕を開けた!

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