【短編】ファーザーハート

てるま@五分で読書発売中

第1話

 人気の無いとある港。

 金色に輝く変身スーツと仮面を身につけて、黒い全身タイツの集団と戦闘を繰り広げる一人の男がいた。

 彼の名は『Mr.サンシャイン』。

 彼は悪の秘密結社『ダークネスカンパニー』から日本の平和を守る正義のヒーローである。そして全身タイツの集団はダークネスカンパニーの戦闘員達だ。


「おのれサンシャインめ! こうなったら私が相手だ!」


 サンシャインが戦闘員達を一掃すると、戦闘員達に指示を出していたイカと人間が合体した怪人『イカ男』が、サンシャインへと襲い掛かる。


 イカ男は十本のゲソを自在に操り、徐々にサンシャインを追い詰めてゆく。

 しかし、サンシャインは自らの武器であるサンシャインブレードを抜いてゲソを斬り払い、太陽に手をかざす。


「日輪よ! 我に力を!」


 サンシャインが叫ぶと、日光がサンシャインの全身に集まり、金色のスーツが更に輝きを増す。


 そして————


「サンシャインスパーク!」

 サンシャインの手から放たれた光線がイカ男を貫く。


「おーのーれー……これではイカ男ではなく焼きイカじゃなイカぁぁぁぁあ!!!!」

 イカ男はしょうもない事を言い残し、爆散して海に散った。


 こうしてサンシャインは勝利し、ダークネスカンパニーの魔の手から日本の平和を守ったのだ。

 夕陽をバックに去って行くサンシャインに残されたのは、勝利の余韻————


 そして、肩と腰の辛い痛みであった。


 ☆


 横山隆よこやまたかし、四十二歳。

 彼は妻と三人の子供を持つ、しがない食品メーカー勤めのサラリーマンである。


「ただいま」


 夜十時過ぎに帰宅した隆を待っていたのは、テレビドラマを観ながら煎餅を齧る妻、美智子の気の抜けた「おかえり」と、ラップの掛けられた冷めた夕飯であった。

 そして夕飯のメニューはなぜかスパゲティと焼きそばであった。


「なぁ美智子、なんか夕飯が被ってないか? 麺と麺で……」

「冷蔵庫にあった食材で適当に作ったらそうなっちゃったのよ。嫌ならコレあるわよ」

 そう言って美智子が台所から持ってきたのはカップラーメンであった。


「これも麺じゃないか……。それより、子供達は?」

「海斗と陸はとっくに食べたわよ。あなたいつも遅いんだもの」


 海斗は十七歳になる横山家の長男であり、陸は十歳になるその弟である。


「美空は?」

「あの子は今日は塾でしょ。それにしても遅いわね」

 そして美空は十四歳になる横山家の長女である。


「遅いわねって、何かあったらどうするんだ!?」

「大丈夫よ、あの子ももう子供じゃ無いんだから」

「十四歳は子供だろ!」

「どうせボーイフレンドと話し込んでるんでしょ。そんなに心配ならあなたが電話してみたら?」

「ボ、ボーイフレンド……」

 その単語に隆の脳が拒絶反応を起こす。


「ひ、避妊はしているのか!?」

 そう口走った隆の頬に、美智子のビンタが飛んだ。


「な、何するんだ!?」

「いい? 今のは親切のビンタよ。もしそれを美空に言ったら、あの子が成人するまで口きいてもらえなくなるからね。元思春期少女からの忠告よ」


『そういえば美智子も二十五年前には思春期の女子中学生だったのか』と、隆はしみじみと思った。


 するとその時、玄関のドアが開く音がした。

 美空が帰ってきたのだ。


「ただいまー」

 リビングに入ってきた美空はスマホをいじりながらそう言うと、そのまま素通りして自室のある二階へと上がろうとする。

 そんな美空に隆は声を掛けた。


「遅かったじゃないか。何かあったのか?」

「別に。友達と話してたら遅くなっちゃっただけ」

「も、もしかしてボーイフレンドか……?」

 リビング内に嫌な沈黙が流れる。


「だったら何?」

「いや……何という事はないが、もし恋人ができたのなら一度家に連れて来て————」

「そういうのいいから」

「でも……」

「もう! お父さんしつこい! ウザいよ!」

 美空はそう言うと、さっさと二階へと上がって行ってしまった。


 美智子は硬直している隆の手を取り、脈を図る。


「し、死んでる……」

「死んでないわ!」

 ツッコミを入れた隆であったが、美空に「ウザい」と言われた事はかなりのショックであった。


「美智子……。美空が不良になってしまったよ」

「年頃の女の子はああいうものよ」

「そうだな。まだ臭いと言われてないだけマシか」

「あら、あなたがいないところではたまに言ってるわよ。小学生の頃から」

「なんでそれを今言うかな!?」

 知りたくなかった事を知ってしまい、隆は更に落ち込んだ。


「ちゃんとトニックシャンプーやデオドラントも使ってるのに……」

「あなたももう歳だからねぇ。さて、ドラマの続き見よ。あ、食べたらお皿洗っておいてね」


 家族が自分に対して冷たい。

 隆は最近そう思う事が増えてきた。

 美空も以前は「お父さんのお嫁さんになる!」と、無邪気な笑顔で言っていたのに、最近はスマホばかりいじっていて、ろくに目も合わせてくれない。


 美空だけでなく、海斗や陸もだ。

 海斗はあまり良くない友達と付き合っているらしく、口調が乱暴になってきており、陸は最近部屋に引き篭もってゲームばかりするようになって、キャッチボールにも付き合ってくれない。

 そして美智子も英会話教室に通い始めた頃から少しよそよそしくなり、よく男と電話をしているようだ。


『俺が働いているから家族が生活できるんだ!』

 などと傲慢な事を言うつもりはないが、それでももう少し尊敬してくれても、優しくしてくれてもいいんじゃないかと、隆は思うのであった。


 そんな隆には、家族にも言えぬ一つの秘密がある。

 浮気をしているとか、アダルトなDVDを隠し持っているとか、実はYouTuberをしているとかそういうのではなく、もっと重大な秘密が……。

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