2章-29
「ヨウさま、もうおひるですよ。おきてください!」
「えっ!お昼!?」
急いで飛び起きたが、頭がついて行かずふと考える。
えーと、なんで起こされたんだ?
「おはようリリア。今日はなにかあったっけ?」
「おはようございます、ヨウさま。せかいじゅにいかなくていいですか?」
「あー!!ほんとだ、ありがとう!すぐ準備して出掛けるからユレーナに言っておいて!」
危うく初日から仕事をさぼるところだった。
急いで支度をして階下へ降りる。
するとリリアがちゃんと食事を用意してくれていた。
良くできた子だ。
嬉しくなりながら遅すぎる朝食を堪能していると、ユレーナが待ちきれないのかそわそわしている。
「食べ終わったらすぐ行くからさ、ちょっと落ち着きなよ」
「はぁ…ですが勝手な事は出来ないと思い、まだ馬車の手配もしていないのです」
あ!そうか、世界樹に行くのに貴族街を通るから馬車は必須だ。
馬車で思い出した、昨日持ち込んだポーション、馬車に積んだまま帰っちゃったな。
「ユレーナ、悪いけどディンクさんの所に行って昨日の馬車を手配してくれるようにお願いしてきてくれないかな。あの馬車にポーション置きっぱなしだったんだ」
「承知しました。すぐに行って参ります!」
いうやいなやユレーナは颯爽と家を出て行った。
食後のお茶を堪能しながら、世界樹再生について考えてみる。
まず、土の改良は一番最初に行わないといけないだろう。
植物にとってのライフラインだからね。
特に世界樹にとってはマナが重要なんだと思う。
世界樹のサイクルは、地中からマナを吸って大気にマナを放出するのではないか。
薬草畑で一般的な薬草ですらマナを吸い上げたのだ、世界樹ならばその量は途方もないと推測できる。
キーアイル卿は日に一本、魔法ポーションを掛けると言っていた。
おそらく世界樹そのものに振りかけることで延命させていたのだろう。
しかしそれでは「延命」にしかならない。
代々管理してきているのに、どうしてその事に気付かないのかな?
…あ、秘術か…。
秘術があるから世界樹を見ようとしない。
なんて杜撰な。
何杯目かのお茶を啜っていると、ユレーナが帰ってきた。
「ヨウ様、馬車をつれて参りました。ポーションはディンクが保管していたので、既に積み込んでいます」
呼び捨て…ディンクさんかわいそう。
「ありがとう、ユレーナ。早速行こう!」
馬車に乗り込む前に、これから一月毎日通ってもらうよう御者に依頼すると金貨6枚前払いとの事だった。
1日銀貨2枚か…安いのか高いのか分からない。
ごねても仕方ないので払っておいた。
内壁門も世界樹詰め所もちゃんと話が通っていたようで、キーアイル卿の名前をだすとすんなり通ることができた。
ようやく何の邪魔も入らずに、世界樹と対面することができた。
ここまで長かった。
思わず世界樹に抱きつき、ペロリと樹皮を舐める。
苦くて、パサパサしている。
雨が降らない事はないから、水分が足りてない訳ではないだろう。
「ユレーナ、今世界樹からどのくらいのマナが出てる?」
「殆ど出ていませんが、上の方はまだマナが濃く見えます」
遠目で見た、中央から樹頭にかけて緑が残っていた辺りだろう。
変化は逐一ユレーナに確認するとして、とにかく考えたことを一通り試そう。
まずは持ってきた回復ポーションを一瓶、世界樹に振り掛けてみた。
10分程待っても特に変化は無い。
まぁこれは想像通りだから、いちいちユレーナに確認しなくてもいいだろう。
次は世界樹の根本あたりの地面に、残りの回復ポーションを振り撒いた。
これはキーアイル卿も試していない筈だ。
今度は長めに30分程待ってみた。
「特にマナは感じられませんね。」
だめか。
回復ポーションが少なすぎるのか、土には効果が無いのかはまだ判断が付かないが、現時点で有効ではない事は確かだ。
いよいよ大本命、回復魔法を掛けてみる事に。
「ヒール」
世界樹に手を添え、魔法を唱える。
どこに目があるか分からないので、取りあえず光らない程度だ。
見た目にはなにも変わってないが…
「ユレーナ、何か変化はあった?」
「いえ、残念ながら。ヨウ様の魔法を受けておきながら何の反応もないとは、世界樹のくせに生意気ですね」
うん、意味が分からないです。
ユレーナ頭大丈夫かな。
「ちょっと回復魔法掛け続けてみるから、変化があったら言ってね。先にマナが尽きなきゃいいけど…」
ふんぬっ、と一度気合いを入れ直して再び世界樹に手を添える。
周辺に世界樹のマナもあるのでそれを使わないよう、意識して自分産マナだけを捉えて回復魔法を掛けた。
魔法を掛け続けて息が乱れてきた頃、世界樹に触れた手の先がほんのり暖かくなってきた。
急いで魔法を中断して手を離すと、そこの周りだけ樹皮のパサつきが軽減され、色が変わっている。
「ユレーナ見て!魔法掛けたここ!」
「おお!ここだけ少し色が違いますね!でも出ているマナを見ている限り変化はなかったのですが…」
「たぶんマナは葉っぱから出るんじゃないかな?うーん…となるといくら幹が回復しても葉っぱまでマナが届くのにタイムラグができるな」
しばらく様子を見たが、変化は見られない。
幹に回復魔法をかけるのも、あまり有効ではないみたいだ。
何よりこの数百メートルもある幹周りに、回復魔法を掛け続けるなんて無理がある。
直接葉っぱに回復魔法を掛けてみたいが、生憎お爺さんは木に登れない。
仕方がないので落ちている葉っぱを拾って、回復魔法を掛けてみた。
反応がない。
ってことは落ちた葉っぱは死んでいるってことか。
世界樹を背に座り、枯れた葉っぱを指でクルクル回しながらぼーっと考えてみる。
そもそも魔法ポーションを掛け続けてきたんだから、今更回復魔法を掛けたところで結果は同じだよね。
アプローチを変えないといけない。
その時、ふと手に持った葉の葉脈が目に入った。
葉脈…通り道…水の通り道…栄養が通る道、道?最近なにか道に…
あ!そうだ回路!フィーネのペンダント!
解呪魔法使うのに魔導具の回路を辿ったんだ、同じ事をこの葉脈に出来ないだろうか。
葉っぱの葉脈を凝視してイメージを固めてゆく。
枯れてるからイメージし難いけどなんとかいけそうかな?
手に持った葉っぱの根本部分からマナをゆっくりと流していく。
だめだ、うまくいかない…
枯れていて葉脈が潰れてしまっているのか、いくらマナを流し込んでも詰まっているように先に進まない。
まぁ枯れ葉だからね。
でもせっかくの思い付きなので、手近にあった枯れ葉をもう一枚、同じ様にマナを流してみた。
お?さっきよりマナが進んで…またすぐ詰まった。
面白くなってきたので次々に枯れ葉を拾ってはマナを流し込んでゆく。
枯れ葉と戯れるお爺さん、絵になるかな。
十数枚目の落ち葉を手にしてマナを流すと、すいすい進んで一番太い葉脈の先までマナが到達した時、枯れてしわくちゃになっていたはずの葉っぱが徐々にその色を取り戻しながら葉が開いていく。
あっという間に、手に持った葉っぱは青々とした緑の葉に変わった。
「ヨウ様!その葉っぱ…マナを出しています!ほんの少しですが、確かに出ています!」
「うそ!世界樹の生命力すげぇ!」
すごい、ほんとすごいぞ、世界樹!
生命力ハンパないな!
きっとこの葉っぱは完全に枯れていなかったんだ。
ということは、この辺に落ちている葉っぱと枝に片っ端からマナを通せば…
一枚あたり通すマナは僅かなので、百回くらいは繰り返しただろうか。
結果は葉っぱが3枚、枝が1本、再生できた。
さて、問題は使い道だ。
マナを出すとはいえ、マナの供給源が無ければ再び枯れるだけ。
そんな勿体ないことはできない。
「ユレーナならこの葉っぱと枝どうする?」
「そうですね…食べてみますか?もしかしたら私も魔法が使えるようになるかも知れません!」
「却下!魔法使いたいなら勉強しなよ。術式頭に入れなきゃマナを扱えないよ?」
「ならばここに埋めましょう。多少なりともマナが出ているのですから、世界樹の栄養になるでしょう」
「そうだね…それもありかな。栄養…か」
なんだろう、なんか思い付きそうなんだけど、最後の一押しがない感じ…
「ねぇユレーナ。ん?ユレーナ?イレーナさん…アグーラさん!そうか!」
鬼才現る!俺!
クリティカルアイデア!
「枯れない内に一旦帰るよ、ユレーナ!急いで!」
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