2章-12

一階の酒場の裏手にあるドアを開けると、だだっ広い空き地が広がっていて、そこが訓練場になっていた。

それはもう野球が出来そうなほどの広さだ。


訓練場にはかなりの人がいて、みんな剣やら盾やらを持ち、相手と打ち合っている。

剣道というよりは、テレビで見た外国の剣舞に近いかもしれない。

あまりにも非日常的な光景に、時を忘れてしばしの間眺めてしまう。


「少し早かったのでしょうか、空いていませんね。」


ユレーナが言うようにスペースがない。

仕方がないので、空くまでは武器の並んだ待機場所っぽい所で作戦会議だ。


「ユレーナはどう戦うつもりなの?」


「付与魔法があるので一撃で終わらせます。」


「いやいや!それ作戦じゃないし!」


「そうでしょうか?むしろヨウ様の魔法があれば私の剣など無くても構わないのですが。」


「それができりゃ苦労しないよ…そうだな、とりあえずジローパに攻撃させよう。ユレーナは様子を見る感じで躱すか受けるかして、ジローパが疲れるのを待つんだ。」


「はぁ。」


「賭け事の対象になってる以上、すぐに勝負が着くと八百長を疑われそうだし。」


「なるほど、さすがヨウ様です。では適当に攻撃を受けてからズバンですね?」


「ま、まぁそんな感じかな。その作戦だと防御付与の魔法がいいよね、どんなのがあったかな…」


魔法ノートを取り出し、パラパラとめくり出す。


「あの、ヨウ様。防御よりも敏捷付与の魔法を掛けて欲しいです。」


「敏捷?ああ、素早さをあげるのか。それなら

躱す方に特化させるんだね。攻撃受けるのも危ないしそれでいこう。」


ユレーナが小さくガッツポーズをしている。

そんなに例の二つ名に拘ってるのかな?

本人がやる気を出すなら何でもいいけど。

後はどのくらいのマナ量で魔法を発動させるかを考えなきゃいけない。

光らない程度に、効果が浅く長く続くように。

これだけの人がいる中、光るわけにいかない。


しばらく悶々としていると数人のグループがこちらへ近づいてきた。


「交代の時間です。すみません少しオーバーしてしまいました。」


声をかけてきたのはリーダーらしき女性だ。

短髪だが顔にいくつもの傷痕があった。

後ろの人たちは言葉に合わせてペコリとお辞儀をしている。


「いえいえ、ご丁寧にありがとうございます。」


「ユレーナ様、決闘頑張ってください!同じ女性ハンターとして応援しています!」


「あ、ありがとう…」


おお、ユレーナにファンが!

ハンターって男社会っぽいから、女性自体少なそうなんだよね。

二人が軽く握手をするのを見届けたあと、訓練場の空いたスペースへ行ってみる。

明確な線引きが無いから曖昧だけど、大体バスケのコートを正方形にしたような大きさかな。


ユレーナは先程の待機場所にあった木剣を持ってきているが、俺は手ぶらだ。

ユレーナと立ち合いをするわけじゃなし。


ひとまずユレーナには剣を振ってもらった。

そのあと限界のスピードでさらに剣を振ってもらう。

俺は俺で衆目の中で魔法を成功させないといけないので、その光景を目に焼き付け、イメージを固めてゆく。


二時間ほどそうしただろうか。

俺の方が先にダウンして終了になった。

魔法を使わなくても、集中してマナを制御するだけで結構疲れる。

ユレーナのスタミナは切れることがなかったので、相当な鍛錬を積んできたのだろう。

いい時間になったので、訓練場をあとにした。


感覚は掴めたから、後は光らないマナ量で付与魔法を使うためひたすら部屋で特訓だ。

ユレーナは食事に出たが俺は居残り。

ほとんど動いてないからお腹も空いてないし。


ユレーナが戻ると、実際にユレーナに付与魔法を掛けてみる。

丁度いいマナ量がなかなか見つからず、体が光る度にユレーナが興奮してウザい。

繰り返し練習するために付与魔法に対する解除魔法も使うのでマナ消費は倍だ。

いくら低級とはいえここまで連続で使い続けるのは初めてなのでさすがにキツイ…

夕食を一階で食べ、その日はばったりと倒れるように眠り込んだ。


次の日も食事以外はずっと特訓だ。

昨日に比べると随分安定してきたが、マナを感じ取れるユレーナには分かるようで、まだ若干光っているらしい。

本人的にはイケてる気がするけど、ここはユレーナの能力を信じよう。


結局夜までかかり、ようやくユレーナにOKをもらえた。

ユレーナはあるか分からないが魔法酔いのような感じで、真っ赤な顔でホワホワしている。

なんだかいろんな意味で危なそうなので先に寝ることにする。


寝たふりしていたらユレーナが近付いてきて、ふいに頬にキスされた。

俺は寝ている、俺は寝ている、俺は寝ている…



翌日はついに決闘の日だ。

昨日はなかなか寝付けずに寝不足なのだ、誰かさんのせいで。

その誰かさんは気持ちよさそうに朝のストレッチをしている。


二階に降りるとギルドのスタッフ達に声を掛けられた。

ギルド長をぶっ飛ばした件でユレーナの人気がうなぎ登りのようだ。

どんだけ嫌われてんだディンクさん…


仕事の邪魔になってはいけないのでそそくさと一階に降りて行った。

一階に足を踏み入れた途端感じる異様な空気。

戸惑いながらキョロキョロ周りを見ると、カウンターの方から人が来るらしく、人垣が割れていく。


姿を現したのは若く精悍な顔つきの青年だった。

おそらくジローパだ。

俺ではなく、しっかりとユレーナを見据えている。


「俺に決闘を申し込むとはいい度胸だな、返り討ちにしてやる。女だからって手は抜かねえぜ?」


「私は手を抜いてやるから安心しろ、ジロウ。」


「ジローパだ!ふざけやがって、腕の一本や二本は折られても文句言うんじゃねえぜ!」


「大きい声を出さなくても聞こえてるよ、サブロウ。」


「てめぇコロス!ぜっったいコロス!もう許さねぇ!!」


掴みかかってくるかと思いきや、マスターがすぐに取り押さえて宥めていた。

ただもんじゃないな、あのマスター…

そこへギルドのスタッフが来て開場を告げる。

観覧席は早い者勝ちなのか、一階にいた人は我先にと裏へ続くドアに殺到して危険な状態だ。

さっきのスタッフももみくちゃにされてしまった。


ジローパは落ち着いたようで、マスターに水をもらって飲んでいる。

さっきとは違い、静かな闘志という感じだ。

うん、こうやって見るとやはり強そう。

そりゃBランクなんだから当たり前なんだろうけど、さっきの取り乱すところ見るとね…


ユレーナはいつも通り飄々としている。

問題なさそうだ。

人の流れが落ち着いたので、俺とユレーナが先に会場入りする。

訓練場は観客にぐるりと囲まれるようにして、中央に大きくスペースが空いていた。


待機場所で木剣を受け取り、ひゅんひゅん素振りをはじめたユレーナ。

そうこうしているうちにジローパも入ってきて、木剣二本を受け取り中央奥のスペースへ歩いていく。

周囲の歓声が凄い。

全財産賭けるバカは居ないだろうが、それでもこの熱狂ぶりは凄まじい。


なんだかこっちが緊張してきた…

ほら、俺にも大仕事が残ってるからね。

ヘマは出来ない。

緊張が移らないよう、出来るだけゆったりとした口調でユレーナに話し掛ける。


「ユレーナ、準備はいい?」


「はい!いつでも!」


事前に打ち合わせたとおり、ユレーナの肩にポンッと手を置き、さんざん練習した敏捷の付与魔法を使う。


「エンチャントアジリティ」


…よし成功、光らなかった!

後は途中で効果が切れないことを祈るばかりだ。

ユレーナもこちらを見て頷いている。

昨日さんざん魔法を掛けられまくったので、興奮もせず落ち着いているように見える。

少し顔が赤いが大丈夫だろう。


ユレーナが中央のスペースへゆっくりと歩を進める。

さっきとは違いブーイングや罵声が聞こえる。

イラッとしたので思わず声のした方を睨んでしまったが、目が合って慌てて俯いた。

チキンですまない。


両者の距離が適度に近付いたとき、審判役なのだろうディンクさんが手を挙げた。

今の今まで居るのに気がつかなかったよ。

ジローパ、ユレーナ共に剣を構え、お互いを睨みつけている。


ディンクさんは両者を見た後、ちらりと俺を見て手を振り下ろす。


「はじめ!」


ジローパがまず動いた。

速い!

ものすごいスピードでユレーナの眼前に迫る。

ジローパは両手に持つ双剣を交互に突き出し、薙ぎ、切り上げる。

くるくると回転もしているのか、たまに蹴りも織り交ぜて、息もつかせぬ連続攻撃で押し込む。

ちなみに俺には残像くらいしか見えていない。


しかしさっきからユレーナに当たるどころか、木剣同士が切り結ぶ音も聞こえない。

そう、ユレーナはその攻撃を全て躱しているのだ。

付与魔法のお陰なのはわかるが、一体彼女の目にはジローパの攻撃がどの様に映っているのだろうか。


ジローパの連続攻撃は止むことなく続く。

彼もBランク、実力があることは明白だ。

だがそれ故にユレーナの異常さが際立つ。

さっきまで勢いの良かった歓声も、時間が経つにつれ動揺の声や罵声に変わる。


「何やってんだジローパ!さっさと倒せや!」


「手加減しねえでケリつけろぉ!!」


野次はどんどん大きくなり、訓練場を埋め尽くす。

ジローパの苛立ちが俺にも分かるようになってきた。

ということは疲れてスピードも落ちてきたということ。

そろそろかな?ユレーナ。

視界に入ったユレーナは不敵に笑っていた。


何か来ると思ったのかジローパは後ろに飛び退くが、ユレーナは動かなかった。

肩で息をして、明らかに疲れの見えるジローパに対し、ユレーナの呼吸は乱れていない。


「次はこちらの番だ。一撃で仕留める。神速のユレーナ…参る!」


次の瞬間、ジローパは吹っ飛んでいた。

さっきまでジローパが立っていた場所には、木剣を振り抜いたままの姿勢で止まっているユレーナがいる。


本当に一撃で倒しちゃった…

観衆もポカーンとしてる。

最初に動き出したのはディンクさんだった。


「それまで!勝者、ユレーナ!」


少しの沈黙の後、怒声が飛び交う。


「ふざけんなジローパ!なに負けてやがんだ!」


「金返せコノヤロー!」


ちょっと可哀想になるくらいの言われようだな。

と言ってもジローパは気絶しているので聞こえていないわけだが。

スタッフが駆け寄って介抱しているが、今は目を覚まさない方がいいのではないだろうか…

ディンクさんも同じ事を考えたのか、スタッフに合図をして、ジローパは屋内に運び込まれていった。


残されたユレーナはホワホワしている。

頭から湯気が出ていそうな顔の赤さに心配になった俺は、急いでユレーナに駆け寄った。


「お疲れ様、ユレーナ。顔が赤いけど大丈夫?」


「ヨウ様…付与魔法、素晴らしいです…」


そう言い残してユレーナは倒れた。

興奮しすぎてのぼせたんだろう、顔が真っ赤っかで鼻血がでている。

頑張ったんだから鼻血くらいは拭いてやろう。

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