2章-3

出入りの門はキールの街とたいして変わらなかったが、やはり街が大きい。

二階建てが多いせいかな?空が狭そうだ。

人の多さもかなりのもので、雑踏の通りは埃っぽい。

まだ日はあるものの、もう数時間で暮れるだろう。

ここは早めに宿を確保しておきたい。

といっても自分に分かるはずもないので全部ユレーナ任せになってしまうが。


安い所は相部屋になってしまうため、却下。

個室じゃないとイメージが固定できないから、帰還魔法を使っても帰って来れないんだよね。

何軒かあたったが安くて個室の宿は見つからない。

そのうちユレーナの腹が限界を迎えた。


「ぐぅぅぅぅぅぅ」


大音量で出されたその音びっくりしたが、ユレーナはもっとびっくりして焦っていた。


「いや、これは、違うんです!屋台からいい匂いがしたので釣られたというかなんというか…」


くそぅ、そんな顔を赤くしながら言われたらなんとかしてあげたくなるじゃん!


「ユレーナ、俺も腹が減った。適当に買ってきて!」


そういって懐から財布を取り出す。

シルからもらったお金は金貨5枚、それが今の全財産だ。

ユレーナに財布を渡そうとしたとき……財布が消えた。

え?

一瞬ポカーンとしてしまった。

しかしユレーナは違った。

二、三歩動いたと思ったら子供の腕を掴んでいた。


「お姉様から預かったお金を掏摸るとはいい度胸だ。死んで詫びるがいい。」


うわああああ、ユレーナがキレてる!

だめ!剣を抜こうとしないで!


「ちょちょちょ、ちょっと待って!待って

、ユレーナ!殺しちゃだめ!子供!子供だから!ね!?」


「しかしヨウ様、こいつは掏摸です。しかもお姉様から預かったお金、ヨウ様の懐に入れた財布、どちらも万金を積まれても決して手放すことのできない宝です。」


もう行くところまでいっちゃってますね。

帰って来れそうにないんですが、ユレーナ…

いや、諦める訳にはいかない。

子供の命が掛かってるんだ!


「離せよ、怪力女!ジジイがこんなとこで財布を見せびらかすから悪いんだ!ジジイ光ってて目立つしな!」


「ほぉー」


あかん。ますますユレーナがキレている。

さすがに怪力っていう程ではないもんね。

か弱くはないけど、それは言い過ぎだ。


「ジジイとはだれの事を言っている!?」


そっち!?

いやいや、ユレーナだって最初俺のこと爺さんって呼んでたじゃん!

俺はいいの!ほんとにジジイだから!

でも突っ込むところはそこじゃない!


「えと、君、俺が光ってるって言った?」


「言ったぞ、現に光ってるじゃねーか。」


「ヨウ様に対して失礼な言葉遣いをするな、小僧!」


ビクッ!


威嚇しないでユレーナさん…

何度も言うけど相手子供だから!

でもそうか、この子も見えるんだ。

ユレーナと同じように、マナが。

ちらっとユレーナを見て小さく頷く。

君と同じだ、と。

するとユレーナは顔を赤くして俯きながら、上目遣いで俺をちらりと見て恥ずかしそうに頷いた。

違う!絶対伝わってない!!

これじゃあ俺が、今晩どうだい?コクリ。の変態オヤジみたいじゃないか!


それからなんとかユレーナを宥めた。

ちなみに掏摸や泥棒を捕まえた場合、衛兵に引き渡すのが普通らしい。

しかし年端もいかない子供を衛兵に突き出すのもなんだか気が引ける。


「ひとまず屋台で食べ物を買ってきて、ユレーナ。君はここで俺と待って、まずは腹ごしらえをしよう。逃げてもすぐこのお姉さんが捕まえるから諦めて一緒に食べような。」


諦めたのか、子供はちらっとユレーナを見て小さく頷いた。

それを見たユレーナは少し頬を緩め、足早に屋台に向かっていく。

程なくして手に3本の串焼きを持って戻ってきた。


「鹿肉です、ヨウ様。少し硬いかもしれませんがご容赦ください。」


お礼を言って早速パクリとやってみる。

うまい!

鹿肉と聞いて臭みのあるジビエ料理が思い浮かんだが、それとは全然ちがう!

恍惚な表情で肉を噛みしめていると、下の方から恨めしげな視線を感じた。


「ユレーナ、一本この子に。」


ユレーナは何も言わず子供に串焼き一本を差し出す。

子供は串焼きと俺とユレーナを忙しなく見やった後、ガブリと肉に食い付いた。

余程腹が減っていたのか、よく噛みもせず飲み込んでいるが大丈夫だろうか。

俺なら喉に詰まらせそうだけど。

ユレーナを見るともう食べ終わっている。

いや、早すぎだろ!

俺まだ一切れ目を口の中で咀嚼中だよ!


それから子供が食べ終わるのを待ってから話を聞くことにした。

俺は二切れ目が口の中に入っている。

さて、お行儀悪いけど、話をしないとね。


「腹は膨れたか?どうして掏摸なんかするのか教えてもらえるかい?誰かに命令されてる?」


「オイラたちはスラム生まれのスラム育ちだ。生きるために金がいる、だから盗む。それだけだよ、悪いか!」


開き直った!

でもスラムか…元の世界でテレビで見たことあるけど壮絶だよな、あの環境。

なんとかしてあげれるとは思わないけど、このまま別れてもなんか後味が悪いっていうか…


「俺の名前はヨウ。こっちはユレーナだ。君の名前はなんて言うんだい?」


「オイラはモクロだ。そんなことより衛兵に突き出すんじゃないのか?」


「モクロか。いいや、衛兵には渡さないよ。君に家族や仲間はいるかい?出来れば今の暮らしを見せて欲しい。助けられるとは思わないけど、何かできないか考えてみたいんだ。」


俺はモクロに正直な気持ちを伝えた。

とりあえず食べさせてもらったお礼だからと、塒に案内してもらうことになった。


孤児院があるかもしれない。

飢えた人を救う互助組織があるかもしれない。

陰ながら支援してくれる人がいるかもしれない。

そんな甘い考えは一瞬で砕かれた。

いくつかの路地を通り抜けた先にあるどん詰まりに、子供が数人座ったりゴロンと横になったりしていた。

少し離れたここでもすえた臭いが漂ってくる。

もう少し近付くと、元気のない子供たちのやせ細った体がいやでも目に入ってきた。

これがこの子たちの現状。


ぬくぬく育った自分が申し訳なかった。

きっとそんな事思う必要はない。

ないのだが…


「ユレーナ、さっき串焼き買った時のお釣り、この子たちにあげよう。」


「え、どうしてですか?」


「え?」


「え?」


これは常識が違うせいだな。

この状況で知らんぷり出来るほど俺のメンタルは強く出来ていない。

おそらくこの世界ではごくありふれた日常の一つなんだ。

それも理解できる。

でも何かしないと自分の気がすまない。


「俺がしたいと思うからじゃだめかな?」


「ヨウ様がそう言うなら止めませんが、頼ることを覚えてしまったこの子たちは多分生きていけませんよ?」


頭をハンマーで殴られた気分だった。

確かにその通りだ。

独りよがりでエゴの塊のような俺の想い。

それがこの子達の毒になる。

手出しをしちゃいけない、状況がそう言っている。

施しなど…施し?あ、そうか、それなら!


「ユレーナ、お金の用意だけして。モクロ、俺と取り引きしないか?」


「取引だって?そうやって堂々とオイラ達を騙す気か?」


「違う違う、正当な取引だ。この場所は他のやつに結構知られているのか?」


「知られてたらもうぶっ潰されてるよ」


「それは好都合だ。さっき俺の事光ってるって言ったよね?今も?」


「ああ、光ってる。」


「うん、じゃあ取引だ。君達はこれから聞く事見る事起こる事全て秘密にしすること。対価はさっきの串焼きのお釣り。それから…君達を元気にする魔法をかけてあげよう。」


うぉっ、と隣でユレーナが叫びそうになったので慌てて口を塞ぐ。もちろん手で。

絶対叫ぶと思って心の準備しておいて良かった。

ユレーナがふがふが言っている。


「秘密にするだけで金が貰えんなら秘密にするけどよ、魔法なんて子供扱いしてはぐらかそうったってそうはいかねぇぞ、ジジイ」


「大丈夫大丈夫。俺ね、魔法使いなんだよ。光って見えるのはマナっていう魔法に必要な燃料だよ。」


「難しい事言われてもわかんねぇよ!魔法使いとか胡散臭ぇジジイだな。」


こりゃ信じてもらえそうにないな。

とりあえず秘密は守ってくれそうだし、見せた方が早そうだ。

ユレーナの口に当てた手を離し、しーっとジェスチャーで伝える。


「エナジーヒール。キュア。」


よし、光はほとんど出ていない。

モクロだけは眩しそうに目を細めた。

次々に子供達に近寄り、魔法をかけていく。

後ろで変な声がしたので振り向くと、ユレーナが真っ赤な顔で自分の口を無理やり押さえていた。

見なかった事にした。

ちなみに治癒魔法キュアは軽い風邪も治してしまう便利な生活魔法だ。

一通り魔法を掛け終えてモクロに向き直る。


「ジジイ、一体ナニモンだ…」


「だから、魔法使いだってば。それで、取引の話の続き。この場所を俺達にも使わせて欲しい。」


「は?金持ってんだから宿に泊まれよ。」


ごもっとも。

俺も最初は宿を取ってそこを拠点にしようかと思ったけど、拠点にするには宿を借り続けなければいけないが、そんなお金はない。

それで思ったのがこの子達の塒を拠点にすること。

モクロはマナが見えるし仲良くなって損はないはず。

一方的な施しじゃないから、子供達の尊厳も守られる。

俺の気も済む。

良いこと尽くめだ!


「宿を借り続けられるほどお金持ちじゃないんだよ。どうするんだ?取引は。」


「先に秘密を見せておいてよく言うよ。約束は守る。っていうかオイラ達の話をまともに聞く奴なんかそもそもいねーし。」


「よし!じゃあ取引成立だ!」


お互いに手を出し合い、握手した。

やっぱりというかなんというか、モクロの手は小さかった。

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