第5話 悪友のアドバイス
「だはぁ……」
翌朝の教室で、俺は自分の席に着くなり盛大なため息を漏らした。
「おいおい何だよ、朝一からそんなドデカいため息なんてついちゃって」
机に頭を伏せるや否や、前方からそんな言葉が聞こえてきて俺はのっそりと顔をあげる。すると目の前には、いつものように悪友がニヤリと茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべているではないか。
「なるほどなるほど。その死にかけ寸前のツラを見る限り、さては悩みのタネは川波さんか」
「さてはも何も、俺の悩みといえばそれしかないだろ」
そう言って俺は辛い心情を吐露したつもりなのに、「この一途野郎が」と何故か漫才みたいなノリでペシンと頭を叩かれた。おい君、もうちょっと友を気遣えよ。
そんなメッセージを込めてきゅっと目を細めて相手を睨むも、大森は特に気にする様子もなく話しを続ける。
「それで、今度はどんなヘマをやらかしたんだ?」
「おい待て。なんで俺がヘマした前提で話しが進む?」
「いやだってお前が川波さんにナイスファインプレーを決める方が難しいだろ」
「そりゃまあ……ソウデスケド」
非常に腹立たしいことを言われてしまったが、事実なので思わずカタコトになってしまう。というより、コイツはこんな弱ったバンビのような俺を見て少しは慰めようとかそんな発想はないのか?
なんてことを思いさらに不満を滲ませて相手を睨むも、大森はただゲラゲラと愉快げに笑っていた。
「で、今度は一体何に悩んでんだ?」
「……」
さらっと話題の核心に触れてくる大森に、俺はぐっと唇を噛み締める。散々馬鹿にしてきたお前なんかに言うかよ、という気持ちでお口をチャックしたつもりだったのだが、悲しいかな、俺の相談に乗ってくれる相手はコイツしかいないのですぐにその封印を解く。
「いや実はその……川波との距離が一向に縮まらないなぁと思って」
「まあお前と川波さんの間には銀河二つ分の距離があるからな」
「おい貴様。真面目に俺の話しを聞く気はあるのか?」
相変わらず不真面な悪友に俺は眉を潜める。何だよ銀河二つ分って。もはや宇宙船に乗ってハイパードライブ使わないといけないレベルじゃねーかよオイ。
などと好きな映画のことを一瞬ちらりと考えながらも、今は俺という主人公の恋愛物語の話題へとすぐに戻る。
「距離が縮まらないも何もお前ら同棲してんだろ? だったら否が応でも……」
「ちょいちょちちょいっ! 同棲じゃないから! ってかここでその話題を話すな!」
いきなりとんでもない爆弾発言をしていきた大森に、俺は慌てて突っ込みを入れる。そしてシーっ! と唇の前に人差し指を立てるとちらりと辺りを見渡した。すると案の定、俺たちの会話(特に俺の)が気になるのか、男子達が何やら殺気だった目で俺のことをチラチラと見てくる。
「いいか大森。俺と川波が一緒に住んでることがもしもバレれば俺は即刻殺される。今すぐにでもだ」
「心配し過ぎだって。そこまで度胸がある奴なんかこの進学校にはいねーよ」
「あのな……」
まったく危機感のない呑気な友人に俺は呆れた口調で言葉を続けようとした。けれども、「それに」と言って相手の方が先に口を開く。
「もしも康介に直接手を出してくる奴がいれば、その時は俺が絶対に許さねえ」
「……」
何やらいつになく真面目な口調でそんな言葉を口にする大森。その声音と表情から、彼が告げた言葉に嘘がないことが十分に伝わってきたせいか、俺は思わずぐっと言葉を飲み込む。おい何だよ。いきなりキメ顔で不意打ちみたいにそんなカッコいいこと言うなよ。ちょっとドキドキしちゃうじゃん!
でもBLとかじゃないからね! なんてくだらないことを考えて動揺を落ち着かせようとしている俺に、けろりと態度を戻した大森が再び話す。
「とりあえず康介に足りないのは相手の『心』を開かせる技術だな」
「え?」
おちゃらけた表情をしながらも急に本格的なことを言い出す大森。そのギャップに思わず俺の意識がぐいっと引き寄せられる。
「心を開かせる技術……と言いますと?」
「そうだな。女の子と仲良くなる為にまず大切なことは、『繊細な気遣い』ができるかどうかだ」
「ほほぅ……」
イケメンかつ遊び人、そして超がつくほどモテる大森様の徳の高いお話に、俺は見えないメモ帳にメモをする仕草をしながら真剣に耳を傾ける。
「特に川波さんみたいな子は普通の女の子よりも遥かに警戒心が高い」
そう言って大森は窓側前列に座っている川波のことをチラリと見た。それにつられて俺もちらりと見る。……うん、やっぱり今日も可愛い。
チラ見どころかその美しい横顔についついガン見しそうになっていた俺だったが、再び聞こえてきた大森の声に慌てて視線を前へと移す。
「警戒心が高い女の子には特にこの気遣いが重要になってくる。まあ論より証拠で実践で見てもらうほうが早いか」
そう言うと大森はちょうど教室に入ってき女子の方へと目を向ける。登校してきたばかりの彼女は大森の隣席の女の子だ。なお、俺にとっても彼女は一応クラスメイトではあるのだが、今のところ交わしたことがある会話といえば、「消しゴム持ってる?」「あ、うん」というシンプルなものだ。もちろん俺は貸した方ね。
そういえばあの消しゴム返してもらったっけ? なんて余計なことを一瞬考えそうになるも、俺はすぐに意識を戻すと今から目にすることになるであろう大森様の高等テクニックにゴクリと唾を飲む。
すると彼はちょいちょいと手招きをして標的の女の子をこちらへと引き寄せた。そして声をかけれそうなほどまで距離が近くなると、大森様はゆっくりと右手を構えて……
「うっす! おはよう花蓮ちゃん」
「ちょっ、大森ったら朝からお尻叩くとかサイテー」
もうっ! とお尻を叩かれた女の子は顔を真っ赤にして怒ったような声を漏らすも、相手が大森だったからかその表情はどことなく嬉しそうだ。そして彼女は恥ずかしがるようにすぐに別の場所で集まっている友人達のほうへと駆けていく。
その姿はまるで付き合いたての彼氏からちょっかいをかけられた彼女のようで……
「って、これのどこか繊細な気遣いテクニックなんだよ!」
思わず目が飛び出さんばかりの勢いで俺は突っこんだ。すると何故か大森は真面目な表情を俺に向けたまま話しを続ける。
「何言ってんだよ康介。今の短いやり取りの間に一番重要なエッセンスが入ってただろ?」
「は? 何だよエッセンスって」
予想外の言葉が返ってきてしまい、何だか俺の方が一瞬気圧されてしまう。まさかあの短時間のセクハラ行動の中に、表には見えない高等テクニックでも使っていたというのか?
コイツ何者? とさっきまでの怒りが尊敬の念へと変わりかけた時、ふっと不敵な笑みを浮かべた大森がその答えを静かに口にする。
「女の子の心を開くために大切なこと。まずその一は……『尻を叩く』だ」
「できるわけないだろっ!」
ガンっ、と俺は尻の代わりに大森の椅子を下から蹴り上げた。すると何が楽しいのか「いやんっ」と相手はわけのわからないふざけた声をあげる。
「そこはもっと優しく……」
「おい変態イケメンリア充、そろそろポリスに通報するぞ?」
キッと目を細めて汚物でも見るような視線を向ければ、「冗談だって」と大森は爽やかに笑って誤魔化そうとする。くそっ、イケメンが笑うとそれだけで許されそうな雰囲気が出てくるのがなんかムカつく。
なんてことを思い、さらに目を細めてぐぐぐっと威圧をかけていると、再び大森が真面目な口調で話しを始める。
「でも康介、よく考えてみろ。普通クラスメイトの女子の尻を叩けばどうなる?」
「そりゃお前、セクハラだって怒られて嫌われるだろ」
「だな。それをもしお前がやったら?」
「そんなこと俺がやったら……」
射殺されるだろう、あるいは打ち首。……って、なんか俺の立ち位置ってやっぱヒドいな。
あきらかにイケメンリア充の場合と俺の場合では罪の重さに差が出る辺りにも憤りを感じていると、大森の声が再び耳に届く。
「そうだ。これが康介の場合だと銃殺刑や首が切られる事態が発生してしまう。でも女の子の心をしっかり掴んでいたら、さっきみたいなイチャコメぐらいのレベルで終わるんだ」
「なるほど……ってかなんで声に出してないのに俺の考えてた刑罰がわかっちゃうの? あなたエスパー?」
謎に勘が鋭い悪友に向かって俺が眉を潜めると、相手は何故かふっと決め顔を見せる。
「そりゃ何たって俺は康介の親友だからな。それぐらい何も言わなくなってちゃんと理解してるぜ」
「マジか。だったらいつももっと肝心なところを理解してくれよ」
最もなことを主張したつもりだったのだが、何故か相手に「ははっ」と鼻で笑われてしまった。
まあでも大森の話しに一理あるのも事実だ。実際よほど心を開いていなければ異性にお尻を叩かれてあんな風に冗談っぽいリアクションで返してくれることはない。
そういう意味では大森が俺の前で披露したパフォーマンスもあながち……いやいやいや、俺は何をふざけたことを認めようとしているのだ。たとえ心が打ち解けたとしても、清楚で美しい川波のお尻を叩くなんて言語道断。それだったらいっそ俺の方が彼女に尻を叩かれたい。……って、やべーなオイ。なんかこれ違う路線に入ってないか?
危うくそんなシーンを妄想してしまいそうになり、俺は変な性癖が目覚める前に首を振って遮断した。そしてわざとらしくゴホンと咳払いをすると、再び目を細めて鬼気迫る勢いで大森に尋ねる。
「それで、どうやったら女の子の心をしっかりと掴むことができるんだ?」
「わかったわかったって。ちゃんと教えてやるからそんなに怖い顔するなよ」
けらりとした態度でそう言った大森は、俺と同じくわざとらしく咳払いを一つする。
「いいか。川波さんは家にいる限り『家政婦』の立場でお前に接する。それじゃあ一向に心を開いてはくれないだろ。だからここは、息抜きがてらに二人でどっか遊びに行くんだよ」
「それってつまり……」
もしかしてそれはあれか? 俺がずっと憧れ続けていた……デ、『デート』ってやつか?
「ああそうだ。康介がどれだけ手を伸ばしても掴めなかったデートってやつだ」
「おい、だからちょいちょい俺の頭の中を読むのはやめろ」
何なんだよコイツは。それともあれか、俺の思考回路ってそんなに単純なのか?
なんてことを思いながら不満げな表情を浮かべるも、大森の話しの続きが気になり俺は先を急かす。すると再び咳払いをした大森が改まった口調で口を開いた。
「一緒に遊びに行けるかどうかって結構重要なポイントだぞ。川波さんが今の時点でどれだけ康介に心を開いているのかがわかるからな。まず間違いなく女の子は嫌いな男とは遊びに行かない」
「うっ……」
その言葉に、思わず胸の奥がズキリと痛む。そんな俺のことを見た大森が真面目な表情を浮かべてぐいっと迫ってきた。
「お前だってそこはハッキリさせておきたいだろ?」
「いやまあ……それはそうですけど……」
やたらと威圧感を感じさせる態度で尋ねてくる大森に俺はつい言葉を濁してしまう。そして窓際に座っている川波のことをちらりと見る。
川波は俺のこと、本当はどう思っているんだろう?
そんなことを疑問に思うだけで喉の奥が急速に乾いていくような気がした。俺はゴクリと唾を飲み込むと、渇きと一緒に恐怖も無理やり胸の奥へと押し込む。
「相手が自分の好きな人だろうとそうじゃなかろうと、少なくとも高校生の間は一緒に住まなきゃいけないならお互い仲良く過ごしたいだろ? それに俺は康介に嫌な思いをして青春なんて送ってほしくない」
「大森……」
思いもよらぬ友人からの優しい言葉に、不覚にも涙腺のスイッチが少し入ってしまう。
ああそうだ。普段は変態イケメンエロ男爵な大森だが、こいつは根が優しくて友人想いの男気溢れる奴だった。その気になればすぐにでもこの学校のカーストトップになれるほどの見た目と手腕があるくせに、こうやってシメジみたいにじめじめした俺と真剣に関わってくれているのが何よりの証拠。なのに俺ってやつは、川波と仲良くなれるテクニックが早く知りたくてそんな友人のことを雑に扱ってしまった。
何やってんだよ俺の馬鹿、と心の中で改めて友情の大切さに気付かされた俺は真剣な瞳で大森のことを見つめる。すると、そんな自分の心境さえも受け入れて理解してくれたのか、ふっと相手が柔らかな笑みを浮かべた。
「康介、俺はお前に何としてでも幸せになってほしいと思っている。それに明日はラッキーなことに創立記念日で学校は休みだ。このチャンスを何としてでも活かせ」
「で、でもそんな急に……」
「バカ野郎! 幸運の女神様にはな、前髪しかついてねーんだよ。だからそのチャンスを掴めない奴は一生バカなままなんだ」
「くっ……」
親友の本気の熱が入った言葉に、俺は思わず己の情けなさと不甲斐なさに声を漏らしてしまう。あの大森が、普段はふざけた態度しか見せない悪友が、ここまで俺のために真剣な言葉を紡ぎ出してくれている。その熱意と友情に、俺は答えなくていいのか?
「大森……俺、やるよ。明日、何としてでも川波とデートしてみせる」
「それでこそ康介だ!」
俺の勇気ある発言がそんなにも嬉しいのか、大森は「お前こそ真のイケメンリア充だ!」といわんばかりに俺の両肩をがしっと力強く掴んできた。
「康介、お前ならできる。この学校の創立記念なんかよりももっと特別なものを、お前の人生にとって記念すべき日を創立してこい」
そこで大森はぐっと息を飲み込むと、一段と真剣な目を向けてくる。男同士の友情にとってかけがえのない瞬間が訪れるであろう一瞬の沈黙に、俺は思わずゴクリと唾を飲む。
するとそれを合図にするかのように、大森が再び静かに口を開いた。
「そして……お前の息子も立派に創立させてこい!」
「最低だなオイっ! 今ので何もかも台無しになっちゃったよ!」
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