第十六話 一等を二回当てるのはオレ様だっ!


 今日は朝から雨だった。

 昼休みだけど、霧雨の中で屋上や校庭に飛び出す男子はごく少数だし、颯太たちも教室でダラダラ過ごしていた。

 みんなで適当に、颯太の机の周りで椅子を集めて、円座で座っている。

「随分と 小雨になってきたなー」

「このままだと六時間目の体育ー、鬼の高橋が マラソンさせるだろうなー。やだなー。ああ、いやだなー。ぃいやだあああああああああっ!」

 と、頭を抱える政彦の小芝居は、幼馴染みの涼子ですらスルー。

「あー 女子は体育館だっけ」

「うん。なんだっけー。バスケだっけー?」

「女子バスケっ! オレも混ざりたいプリーズ!」

「あー ボールとしてー?」

「自ら女子の往復ビンタを浴びに行くとか、政彦 正気の沙汰とは思えないなー」

「漢は少しくらい 常軌を逸した方が、可能性の塊!」

 ビシっと良いこと言ったらしい政彦だけど、やっぱりスルー。

 かと思ったら、早苗が拾った。

「ああ、可能性って言えばさー。護 呆れちゃったのよー」

「あー 弟ちゃん? なにかあったのー?」

 涼子をはじめ、食いつく三人。

「あいつさー、学校の作文で『将来の夢』って、課題が出てさー。なんて書いたと思うー? 護の将来の夢ー」

「んー? サッカー選手とか?」

「ぶぶー」

 颯太の無難な答えに、早苗は両掌で×印。

「うむ…オレ様のような漢になりたいと?」

「ぶぶー」

 政彦のヒドいボケだけど、早苗は特に拾う事なく、普通に×印。

「あー 最近だとあれかなー? インフルエンサー的なー?」

「わあ涼子ちゃん正解ー!」

「あー そうなんだー」

 出題者と正解者が、二人で驚いている。

「インフルエンサー? 護くんって、話し好きな感じなのか?」

 颯太の問いに、早苗は弟に対する呆れ顔で応える。

「あいつ 友達とはすごく親しいけどさー、基本 人見知りだしさー。しかもインフルエンサーとかってさー、上手くいくの、ごくごく一摘まみの人とかでしょー?」

 姉としては「将来の夢」と言うより「やってみたい事」だという気がして、ちょっと心配らしい。

「まーでも、護くん 小学生だろ? そのくらいの年齢だと、男の子 そんなもんじゃねー?」

「上泉くんも そんな感じだったのー?」

「んーどーかなー。将来の夢とか、懐かしい作文のお題だなっては 思うけどなー」

 自分が小学生の頃に書いた、颯太の夢は。

「あー…小説家だった気がするなー」

「「へー」」

 女子二人が食いついてくる。

「上泉くん、小説 好きなのー?」

「っていうかさー。子供の頃、叔父さんの家で古い怪獣映画の原作小説だったか、読んでさー。俺が好きだった怪獣映画の小説でもあったしさー、なんか すごくハマってた感じだったのかなー」

「あー そういうタイミングって、あるよねー」

「まー、当時は小説の内容も難しくて、よく解んなかったけどなー。難しいなりに憧れた、みたいな感じなんだろうなー」

「今はー? やっぱり 小説家になりたいー?」

「んー…普通にサラリーマンとかになってー、普通に幸せな家庭が持てたら御の字ー かなー」

「フ…夢の無い若人だゼ!」

「あー でも社会派の映画とか文学とかでもさー 普通こそが一番難しいー、みたいな感じの話が あるよねー」

「よく聞くよねー。あ、もしかして上泉くんってー、一番困難な道を歩むチャレンジャーとかー?」

「いやそれこそ普通だと思うぞ。で、政彦は?」

「フ…オレは–」

 話を振られた政彦が、したり顔で応えようとして、涼子が答える。

「あー 旅人だっけー?」

「過去で辱めるの禁止っ!」

「「旅人?」ー?」

 颯太も早苗も、あまり聞かないタイプな夢に、食いついた。

「あー まーくん子供の頃、なんかそういうのに 憧れてたからねー」

「ま、まあな…ふふ」

 恥ずかしい過去が明かされて、逆に開き直ったらしい。

「マドロスバッグ一つで世界を巡り歩き、様々な人々と巡り合い知り合いながら、ロマン交流をする…のサ」

「住所不定無職かー」

「言い方!」

「それでー、今の夢はー?」

「フ…オレも成長したのサ! 今のオレは、そりゃああお前らもビックリな ガッチリ将来設計マン様っ、だゼっ!」

「ほほお、ぜひ聞かせて欲しい感じだなー」

 親友のネタ振りに、政彦は自信満々で、将来設計を語り出した。

「まずは高校卒業したら宝くじで一等を当てるだろー」

「ほほお」

「それを元手に社長になってー、社員たちを使って 株とか土地取引とかで大儲けしてさー。将来は若くして 東京の一等地にプール付きの豪邸とか建てちゃったりするんだゼこれがっ!」

 サムズアップでキメる政彦。

「そりゃあまた、羨ましくない将来設計だなー」

「あー ぜんぶ他力本願なところとか、まーくんらしいでしょー?」

 と、幼馴染みは笑っている。

「で、折原はー?」

 将来の夢の話は続く。

「私は普通かなー。料理とか子供とか 好きな方だしー。将来は 結婚して家庭に入る。とかかなー」

「篠田は?」

「アタシは、小料理屋さんかなー」

「「へー」」

 ちょっと具体的で、颯太も早苗も驚いた。

「りょっこは昔からさー、そういうお店 好きだもんなー」

「あー お祖母ちゃんの影響かなー」

 涼子の祖母は、今でも田舎で小さな小料理屋さんを経営しているらしい。

「お祖母ちゃんのお店を継ぐ とかな感じー?」

「あー そうかもだけどねー。元々はねー、お祖父ちゃんがお寿司屋さんでねー。お祖父ちゃんが亡くなってー、お祖母ちゃんがお店で出してた小料理が評判だったから、お店をそのまま小料理屋さんにしたって、言ってたからねー」

「りょっこはそのお店の感じとか、すげー気に入ってるもんなー」

「あー まあねー」

 ニコニコと照れくさそうな感じからすると、お祖母ちゃんのお店がお気に入りなのだろう。

「ちょっと意外な感じだけどさー。この中だとなんか一番 具体的だし叶いそうな感じだよなー」

「あー えへへー♪」

 と、やはりちょっと照れて微笑む涼子だ。

「フ…オレ様の将来設計だって、負けてないゼ!」

「コールドゲームよりも惨敗だと思うけどなー」

「惨敗はともかくさー。もし宝くじで一億円とか当たったらさー、どーするー?」

「あー「「一億円ー」」」

 四人で暫し妄想して。

「オレはやっぱり社長にー」

「篠田は?」

「あー お祖母ちゃんとあちこち旅行とか したいかなー」

 お祖母ちゃん大好きな涼子である。

「俺は…まあ貯金して 働き続けるかなー。折原は?」

 実に平均的な颯太である。

「んー」

 早苗は、颯太をチラと見て、思案して。

「合わせて二億円でしょー? んーでもやっぱり私もー、上泉くんみたいに 貯金して働いちゃうかなー。なんかー、そうしそー」

「まあでも、現実的には 働いてる方が安心感とか、ある感じはするよなー」

 と、颯太は賛同に安心してから。

「ん? 合わせて二億円?」

「一億円+一億円は 二億円でしょー?」

「ん? そうだけど…ん?」

 誤魔化された感はあるものの。

「フ、折原よ…残念だろうが、一等を二回当てるのはオレ様だっ!」

 ビシっとキメる政彦のバカな言葉で、颯太の思考が逸れてしまった。

「当たったら電話くれなー。祝うからー」

「絶対だぞっっ!」

 そこを強く求めた政彦。


                     ~第十六話 終わり~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る