卵が先か、鶏が先か

朽葉 しゃむ

scene1

 戦いに一区切りついたアルド一行は、休暇と交流を兼ね、最果ての島を訪れていた――



「ふむ……この島は悪くない。エルジオンとかいう騒がしい街とは大違いだな」

「まあ、そうだな。さすがにちょっと未来っぽさはあるけど……」

 遠い水平線を眺めながら、語り合うギルドナとアルド。最果ての島は今日も静かで、緩やかに時間が流れている。

「潮騒は、俺たちの時代とそう変わらない。……海はいいな。寄せては返す波を見つめていると、己の背なにのしかかる巨大な運命の存在すら、ふっと忘れさせられるかのようだ……」

「ふぅん、そっか。ギルドナはいつも大げさだな」

 アルドがへらっと笑うと、腕組みをしたサイラスも相槌を打った。

「うむ、拙者もこの景色はなかなかのお気に入りでござる。そこはかとなく漂う無常観が、たまらんでござるなぁ」

「デスガ、サイラスさんには少し危険な場所かもしれマセン。カエルは海水に入ると浸透圧により体から水分が出て、死に至る……と、データにありマスノデ」

「ほほう、そうなのでござるか? 拙者、たまに海泳ぎもするのでござるが……」

「あはは! リィカ、サイラスを普通のカエルと一緒にするなよ!」


 このように、呑気に寛ぐアルドたちだったが、普段通りの出で立ちの彼らは周囲の景色から明らかに浮いていた。

 例によって全く気にする様子のない仲間たちに対して、エイミは溜め息混じりに苦言を呈する。

「あの、楽しんでるところ悪いけど……みんな目立ちすぎよ?」

「目立ちすぎって……別に、普通にしてるだろ?」

「それがまずいって言ってるの。せめて服装だけでもカモフラージュしてよ。せっかくこの前、この時代の服を買ったのに……」

「あはは、そうなんだけどな。やっぱりああいうのは肩が凝るっていうか、落ち着かなくて……」

「うむ、同感でござる!」

「気持ちはわかるけど、いくらなんでも浮きすぎだから。サイラスとギルドナは特に、この時代の服を着てても目立つんだからね?」

「フン、俺は魔王だぞ? 誰にも媚びないし、自分の着たい服を着る。珍奇で息苦しい未来人の着物など、まっぴらごめんだ」

「もう……」

「まあまあ、エイミ。何も起こってないんだからいいじゃないか!」

「……何かが起こってからじゃ遅いと思うけどね」

「大丈夫だって。特にこの島なら、人もそんなに多くないし……」


 と、その時――

「はっ……!」

 通りかかった少女が声を上げ、足を止めた。十代前半ぐらいの容貌で、アルドの目にはフィーネよりも年下に映った。

 彼女はどうやらアルドたちの姿を目にして思うところがあったようだ。「あの、すみません!」と、慌ただしく駆け寄ってきた。

 手にしたハンドバッグからいそいそと携帯端末を取り出していたので、それを見たアルドは「ああ、またか」と、思いついたことをそのまま口にする。

「あの子はたぶん、オレたちと写真が撮りたいんだな」

「おお、またしても”こすぷれ“とやらと勘違いされたでござるか」

 サイラスも平然とこう続けた。彼の口から出るには相応しくない単語について、眉間にシワを寄せたエイミがすぐさま尋ねる。

「コスプレって……前にもこんなことがあったの?」

「しょっちゅうだよ。でも、そう言っておけば上手くごまかせるんだ」

「うむ、よくあることでござる!」

「うーん……本当にいいの? みんなが過去から来たなんてバレたら、すっごく面倒でしょ?」

「あはは! そんなの簡単に信じないって!」

「そうでござるよ、エイミ殿。こすぷれというのはよくわからぬが、拙者たちは今までこの方法でやり過ごしてきたのでござる。何も問題はござらんよ!」

「だったらいいんだけど……」


 少女は間もなくアルドたちの傍までやってきた。ただ、何故かギルドナの真正面で立ち止まり、彼を見上げて肩を震わせている。

「あっ……。あ、ああぁ……」

「……どうした、小娘。貴様も俺と写真を撮りたいのか?」

 一方、至ってマイペースなギルドナは、気障ったらしく鼻で笑いながら言った。

 彼もエルジオンではしばしば民衆から撮影を求められていたのだが、その理由を【この時代の人間は魔獣への差別心を持たないため、自分本来の魅力が伝わり、大勢を惹きつけてしまうからだ】などと、都合よく解釈していたのである。

 そして今回も同様のケースだと考えていたわけだが――この少女の反応は、今までとは大きく傾向の異なるものだった。

「あの、お兄さん……。あなた、コスプレじゃなくて……本物の魔獣ですよね!?」

「えっ……!!」と、アルドたちは瞬時に肩を跳ねさせたのだが、当のギルドナは軽く口端を持ち上げるだけ。

「ホウ……。一目で見抜くとは、貴様只者ではないな?」

「やっぱり……! わたし、カレリアといいます! 小さい頃から本で読んだ魔獣に憧れてて、ずっと魔獣の研究をしてきたんです!」

「フッ……そうか、なるほどな」

 こんな短い説明であっさり納得したのか、ギルドナは満足げにうんうんと頷いていたが――


「ま、魔獣の研究……?」

「むぅ……かような小娘が?」

「小さい頃からって……今も子どもよね」

「……無害な一般人ではない可能性が、急上昇中デス」

 後の四人は全員が不審に思い、輪になって小声で囁き合う。

「なあ、エイミ。そもそもこの時代の人たちは、魔獣の存在すらよく知らないんじゃないのか?」

「そうねぇ……。確かに本には載ってるから、読書が好きなら知っててもおかしくない……のかも?」

「しかし、『ずっと研究している』という発言は明らかに不自然デス。外見ナドから総合的に判断して、彼女の年齢は13歳程度と思われマス、ノデ……」

「それは単に、大袈裟に言ってるだけじゃないかしら……?」

「うーん……一体どういうことだろう? サイラスはどう思う?」

「なんにせよ、悪意の気配は感じぬでござる。この場はギルドナに任せておけばよいでござろう」

「うん……。まあ、ギルドナなら適当にあしらってくれるかな……」


 ひそひそと密談するアルドたちの不安をよそに、この間にもギルドナは調子よく少女との会話を続けていた。

「おい、カレリアとやら。進んで魔獣研究を行うとは、実にいい心がけだ。貴様ら人間が魔獣から学ぶことは多かろう」

「はい……! でもわたし、一度も本物の魔獣とお会いできたことがなかったので……今日はまるで夢のようです! ああ……本当に美しい。神々しいお姿……!」

「ハハ……そうかそうか。貴様は見る目があるようだな。せいぜい、記憶に焼き付けておくがいい」

「あの、つかぬことをお聞きしますが……あなたはまさか、地上から来られたんですか?」

「いや? そうではないが、どういう意味だ?」

「えっ……。でしたら、どちらから……?」

「どちらからと言われても……俺には今、定住する場所はない。強いて言うなら、世話になっているのはコニウムという村だが……」

「こ、コニウム……? というと、かつて蛇骨島にあったとされる、魔獣の集落の……?」

「あったとされるとはなんだ。少なくとも俺は、コニウムという村を他に知らんぞ」

「えっ、えっ……? 本当に、あのコニウムから……?」


 こうして会話が進むにつれて、傍観していたアルドたちの顔色が変わっていく。

「ん……? なんか、面倒くさいことになってないか?」

「計算によると……思いっきりなっている可能性が、99.999999999%デス、ノデ!」

「……だよな」

 運命に導かれた仲間以外の一般人に、時空を超えて旅していることを知られるのはまずい。迂闊に時間旅行を繰り返すのが危険であることは、アルドも彼なりに理解している。


 焦燥するアルドに、エイミが早口で耳打ちする。声を抑えきれてはいなかったが、会話に夢中のギルドナとカレリアには聞こえていないようだった。

「ちょっとアルド、早く止めないとまずいわよ! ギルドナに上手くごまかすように言って!」

「ああ、わかってるよ。……おい、ギルド――」

「貴様が驚くのは無理もない。何を隠そう、俺たちは時空を超えて旅をしているのだ」

「ええっ!? 時空を超えて……!?」

「ちょっ……!?」

 隠す気があるとは全く思えない発言にアルドたちは耳を疑ったが、上機嫌のギルドナは喋るのを止めない。彼は、驚き絶句したカレリアに向かって、ますます嬉しそうに語っていく。

「そう、俺は特別な存在なのだ。今回は、俺の所有する次元戦艦で飛んで来た。ちなみにこいつらは、俺の従者たちだ」

「へぇ、従者たち……すごい。偉い人なんですね……」

「ま……まあな。偉いというか、なんというか……。俺は、魔王ギルドナの名を背負っている以上、その名に恥じぬ振る舞いをせねばならんのだ」

「えっ……? ぎ、ギルドナ……?」

「おいギルドナ! いい加減にしろよ!」

「そうよ! デタラメなこと言わないで……!」

 アルドとエイミは必死にごまかそうとしたが、時既に遅し。

「ギルドナってまさか……。まさか、あの……魔獣王ギルドナ様、ご本人なのですか……!?」

 そう、彼女は魔獣王ギルドナの存在を知っていたのだ。

「ああ……」と、額を押さえるエイミ。諦めきれず「いやいや、違うって! ほら、ギルドナも否定しろ!」と、捲し立てるアルド。

 そんな二人を尻目に、ギルドナはもったいぶった口調で答える。

「……そうか。俺の名声は、こんな未来にまで轟いているのだな」

「ということは、やっぱり……魔獣王様なのですね!?」

「フッ……バレてしまっては仕方ない」

「お前が自分でバラしたんだよ……!」と、間髪入れずにツッコミを入れたアルドの顔を、カレリアはじっとりと睨みつけた。

「あの、ギルドナ様……。お言葉ですが、こちらの方は従者にしては、口の利き方をご存知ないようですね?」

「だから、オレは従者じゃないって……!」

「捨て置け、カレリア。俺は部下に寛大な王だからな。この程度のことで怒ったりはしないのだ」

「きゃー! 素敵っ!」

 ギルドナのくだらない発言一つ一つを真に受けて、カレリアは爛々と目を輝かせている。アルドとエイミはなんとも言えない渋い顔を向かい合わせて、がっくりと肩を落とした。


「わたし、文献に名前が残っている魔獣の中でも、一番尊敬しているのがギルドナ様なんです! 勇猛果敢な武人の鑑……胸に秘めるは、民を想う熱き魂……。ああっ、最高のリーダーですっ!」

「ハハハ、それは良かったな。お前は幸運な娘だ」

「はい、生きててよかったです! ところで、わたし……ギルドナ様に質問したいことが山程あるのですが、お時間をいただいてもよろしいでしょうか……!?」

「いいぞ、何でも訊いてみろ」

「やった……!!」

「…………」

 遠い目をするアルドは一言どころか存分に物申したかったが、無邪気に興奮する少女の様子を見ていると、何も言えなくなってしまった。

 残る仲間たちも同様だったらしく、それぞれに脱力した様子で呟くだけだった。

「うむむ……。これは、どうしたものでござるか……」

「今さらどうもできないわよ。あの子、完全にギルドナの言葉を信じちゃってるし……」

「ハイ……。ハンド・ディレイ、デス……」

 三人の言葉を受けて、アルドは再び「……だよな」と漏らした。


「それでは、早速ですが……。皆さんは時空を超えて旅をなさっているそうですが、ギルドナ様は、その……ミグランス城への攻撃は、まだ行っていないということでしょうか?」

「む……そうか。後世にも魔獣王の最期は伝わっているんだな」

「は、はい……。記録の上では、ギルドナ様はミグランス城で戦死なさったことになっています」

「それはもう、終わった後だ。今ここにいる俺は、その戦の後の時代から来た」

「えっ……。では、わたしの目の前にいるギルドナ様は……?」

「説明すると長くなるが……実のところ、俺はギルドナであって、魔獣王ギルドナではないのだ。今の俺は、魔王を名乗っている」

「魔王……ギルドナ様?」

「そうだ。魔獣の歴史を切り拓く新たなる王……それがこの、魔王ギルドナなのだ。俺は、この絶望のつるぎと共に、漆黒の荒野に進むべき道筋を――」


「おいギルドナ、もういいだろ。そろそろ行かないと……」

 アルドはいよいよ見ていられなくなって口を挟んだのだが、残念ながらその意図は伝わらなかったようだ。

「まあ待て、アルド。今日はこれから特に予定もないだろう?」

「いやいや、確かに予定はないけど、そういう問題じゃなくて――」

「…………」

 一旦話が途切れたところで、カレリアは静かに俯く。思い詰めたような表情で、何か考え込んでいる様子だった。

「あの……ギルドナ様にお願いがあります」

 再び顔を上げた彼女に、一同の視線が集まる。少女の眼差しには、熱い想いが秘められていた。

「む……? 急に改まって、どうした?」

「わたしを、過去に――皆様の時代に、連れて行ってくださいっ!」

「……ええっ!?」と、ギルドナ以外の面々は一斉に大声を上げる。

「お願いします! 今日一日だけで……ほんの少しの滞在でも構いませんので……!」

「い、いやぁ……それは、さすがに……」

 ただ一人、今ひとつ状況を飲み込めていない魔王様は、あっさりと即答していた。

「なんだ、そんなことか。よかろう、俺についてこい」

「いいんですか!? うわぁ、信じられない……!!」


 ギルドナがすたすたと歩き出すと、カレリアは小躍りしながら駆け出した。

「いいか、カレリアとやら。船内には合成人間もいるが、慌てるなよ。彼奴らも俺の、従者のようなものだからな」

「わあぁ……。合成人間まで従えているなんて、さすがは魔王ギルドナ様ですね!」

 楽しげに語らいながら、二人の影は遠くなっていく。それを呆然と眺めながら、立ち尽くすアルドたち。

「ど、どうしよう……?」

やがてアルドはエイミたちの方へ向き直って意見を求めたが、皆の対応は冷ややかだった。

「どうしようも何も……私はもう知らないわよ?」

「ハンド・ディレイ、デスノデ!」

「なんだよそれ……。もしあの子が本当に研究者だったりしたら、未来に影響が出ちゃうんじゃないのか……?」

「そうね。過去の情報を持ち帰ったら、どうなるかしらねぇ?」

「大問題に発展するかもしれマセンし、そうはならないかもしれマセン。神のミソ・スープ、デス!」

「まあまあ、なるようになるでござろう! はっはっはっは!」

「な、なるように……なるのかなぁ……?」

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