【第七話】逃走 ⑧

「ふざけるなァ!!こんな大事な局面でッ!!俺が待ちに待っていたこの状況でッ!!何が"たまたま"だ!!何が"仕方なかった"だ!!よりにもよってこんな時に!!こんなふざけた理由で!!『開戦』の火蓋を切るつもりかァ!!『ティアル・サーライト』ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」



ビスはその影のような男に向かって叫んだ。


その怒りは相当なものだ。


殺気が弾けるように辺りへ飛び散り、強烈な怒りと殺意が森を呑み込んでいる。



「カァーッカカカカカカァ!!いいねぇ!!痺れるような良質な殺意だ!!火照るよ滾るよ熱くなっちまうよッ!!流石は近衛部隊長だッ!!そりゃあついつい味見したくもなるってもんだろうがよ、ええおいおいおいおいおい!!」



ティアルはそんなビスの様子にも怯まない。


何一つ動じることなく、軽々飄々とノラリクラリ躱す。


ビスは、もう我慢するのを止めた。



「ブチ!!殺す!!」


「やってみろ、カァーッカッカッカァ!!」



そうして、


2人はぶつかり合った。


男は黒い手を槍のように変形させてビスに突撃し、ビスもまた、溜めていたナイフを全て解放する。


序盤から既にクライマックスのような激しい音と共に、激闘は始まりを迎えた。


数多のナイフを操る『無限武器庫』ビス・ヨルゲンと、『金属人間』ティアル・サーライトの戦いは、こうして始まったのだ。


そして、


ミッドカオスとディオラス、その両国のそれぞれの顔役が戦いを始めたことで、それは後に、『開戦』の引き金にもなった。


シェルは不在でミッドカオスとしては分が悪いが、この予期せぬアクシデントにより、両国の戦いの火蓋は切って落とされたのだ。


『三大国』として続いていた冷戦はこの日を境に終わりを迎えることになり、世は再び戦国の渦に呑まれていくことになる。


しかし、


恭司にはそんな事情は勿論関係ない。


当然、構うことはなく、2人が戦っている隙に、静かに森の中に身を潜めた。



「ま、待て、三谷!!」



ビスの声が聞こえる。


だが、


それも勿論関係ない。


恭司は素早く撤退に移り、大急ぎで"村"に向かって走っていった。


再度ビスの怒り狂った声が背中越しに聞こえてくるが、それも当然気づかないフリだ。


背後では2人による激闘の音が絶え間なく響き続けて、森中を震撼させていたが、もうそんなことに構っている暇はなかった。


そのうち雨も降り始め、恭司にとってはさらなる追い風が吹く。


動いた形跡はこれで一層見えにくくなるだろう。


兎にも角にも、


こうして、


この予想外の奇跡により、恭司は取り急ぎ死ぬことだけは避けることが出来たのだ。


状況は未だによく分からないものの、相当に幸運だったと言える。


恭司は森にある薬草を駆使しつつ、背後の気配を気にしながら前へと進んで、さらに1日も経った頃には、第一目標である『ヒューゴ村』へと辿り着くことが出来た。


その頃には雨も相当酷くなっており、このままでは嵐となるだろう。


恭司は体や精神の疲れもあって、早々に村へと入っていった。

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