inpure

 気付けばこんな学生の日々はあっという間に過ぎて行き、私は高校を卒業した。




◆❖◇◇❖◆


 それから半年後。

 関東で一人暮らしをしている友人、笹森都ササモリ ミヤの家に遊びに行った時の事だ。何気ない会話の流れで、先生が長年付き合っていた恋人と結婚した事実を知った。

「かねきち結婚したんだって。ウチらが卒業したすぐ後に」

 彼女は入学当初から先生をあだ名で呼び捨てな上に、タメ口で接していた。小学校2年生からスポーツを初め、上下関係の厳しい体育会系な環境で育った私は流石に真似出来ない。


 実は羨ましいと思っているとは言わないけれど。


「あ〜兼吉カネヨシ先生? よくさ、早く結婚しないとヤバいよ! って急かしてたけど、ついにか。でも大丈夫なんかな? 先生結婚とか向いてなさそー」

 この頃の私には人生初の彼氏が出来ていて、あの感情は青春の淡い憧れに過ぎなかったのだと思いも薄れ、先生の結婚生活を心配する程。

 と言うよりもショックを受けるにはもう手遅れだった。専門学校入学後の短い期間で、男の人の汚い部分を嫌という程見せられてしまっていたから。


 加えて自分の醜い部分も。


「かねきちと奥さん、恋人期間が長かったし……色々と、あるみたいよ」

 微妙に言葉を濁す笹。これは詳しく聞いて貰いたい時の物言いと決まっている。

「ん? 何その歯切れの悪い感じ。何かあったん?」

里有リアにコレ話して良いんかなぁ。怒らない?」

「え。まぁ内容にもよるだろうけど、大丈夫なんじゃない? 多分」

 そだよね、と1人納得して笹が話し始める。

「あのね、かねきちがコッチに泊まりの用事があって、そんでその、宿泊先のホテルに遊びに行ったの」

「おぉ? それはまさか」

 絵に書いたようなハードルを上げる合いの手だなと、我ながら思った。

「それで、成り行きでチューした」

「マジか……。んで、その後は?」

「その後って、何?」

 笹の頭上にクエスチョンマークが飛んでいる。そう返ってくるのが分かっていて、わざと聞いた私も性格が悪い。

「いやいや。まさかそれだけとか言わんよね?」

「それだけだよ? そのまま泊まって腕枕して貰って寝たけど、おかしい?」

 話し始めた時点で何となく着地点には勘づいていたけれど、予想通り過ぎてついでに私的には勿体なさ過ぎてテンションが変な方向に行く。

「は? はぁ!? 意味分かんないんですけどー! 腕枕で寝ただけ? 有り得ないわ。私だったら確実キスした時点でそのまま押し倒してヤってるわ」

 欲望をぶちまける私の傍らで笹が表情を曇らせた。

「また里有はそんな事言う〜。てかだって相手既婚者だし」

 正論を言ったつもりの彼女だったが、見事に私から返り討ちにあう。勢い余って口も悪くなる。

「おいおい待て待て。既婚者だっつうんなら、そもそもキスとかすんなよ。つかそれ以前にホテルにも行くんじゃねぇ」

「う……うん。そうですね、返す言葉もございません」

「笹、身体求められたくないのなら本当にきちんと自己防衛しとかないと危ないんだからね? シたいのなら兎も角、嫌なんでしょ?」

「はい、嫌です」

 この手のやり取りは、笹の恋愛相談を受ける度に行われて来た。

「今回は相手が兼吉先生だから大丈夫やったかもしれないけど、男の人の本気の力には絶対勝てないもんなのよ? ホントも〜以後、気を付けるように!」

 一線越えてみたら? とアドバイスした事もあるが必ず嫌悪感を剥き出しにするので、防御力が甘い所を説教するのがお馴染みとなっている。

「はい、ごめんなさい。……そう言えば里有は? 最近先輩とはどうなん?」

 素直に返事をした彼女から質問される。

「ん〜、特にコレと言っておもしろエピソード無いなぁ。相変わらずやね。あ、噂をすれば先輩からやん。『もう着いた? ゆっくり楽しんでおいで〜あ、お土産は人形焼が良いです』だって。……人形焼て、おじいちゃんかよ」

 彼氏である先輩からのメールを読み上げツッコミを入れると、笹も深く頷いて同様のツッコミを入れた。

「ホントおじいちゃんやん」




◆❖◇◇❖◆


 ここから数年に渡り恋愛に関して酸いも甘いも思い知らされる羽目に何度も陥った。先程も少し触れたけれど、私にはどうやら交際相手を見る目がないらしい。

 そう言った経験を重ねる内に、先生への気持ちを大切にしていたあの頃の純粋さとは日に日にはぐれていってしまった。

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