7話 悪い知らせのオンパレード


 私たちは首都ロージアをゆっくりと歩いて回った。

 私たちというのは、私、ローレッタ、ノエルの3人とザカライア。

 それから側仕えのフィリスと護衛騎士のグレンとニーナである。

 割と大所帯なので、非常に目立つ。

 まぁ目立っても特に問題はないけれど。

 ロージアの治安はいい。

 しかしながら。


「あ、大公様! お元気ですかー?」

「大公様! 次の訓練はいつですか?」

「大公様! うちの野菜買ってくださいよ!」


 一歩進むごとに誰かに声をかけられる始末!

 私は笑顔で手を振ったり、何か応えたりしている。


「みんな本当にフレンドリーだなぁ」と私が呟いた。


「え? フレンドリーなのはミアの方だと思いますけど」


 ノエルが少し驚いた風に言った。


「私は別に普通だよ?」


 私が言うと、ノエルはローレッタを見た。

 ローレッタが小さく首を振る。

 その合図は何!?

 2人の間に何があるの!?

 その後も、服屋に到着するまで色々な人に声を掛けられた。


「ミア様、国民と距離が近すぎやしませんか!?」


 フィリスが酷く驚いた様子で言った。

 ちなみに、ザカライアはフィリスと手を繋いでいる。

 私がフィリスに頼んだのだ。

 迷子にならないように。

 ザカライアは私より年上だけど、ずっと奴隷だったから世間の常識とか分からないだろうし。


「近くないよ? 私は大公だからね!」


 私は右手で自分の胸をドンと叩いた。

 これでも大公らしく、威厳のある言動を意識しているのだ。

 だからもちろん、国民とも適切な距離を保っている。

 保っているはず。

 きっと、たぶん。

 フィリスは苦笑いして、それ以上は何も言わなかった。

 そして服屋に到着。


 割と有名な服屋で、高価な品が置いてある。

 貴族御用達みたいな店だね。

 店主と言葉を交わして、みんなでザカライアの服を選んだ。

 私たちはザカライアを着せ替え人形にして、ワイワイと楽しんだ。

 ザカライアは戸惑っている様子だったけど、嫌そうではなかった。

 そして調子に乗った私たちは上下10着ずつ購入。

 荷物はグレンが持つことに。


「これでは護衛が……」


 グレンが泣きそうな声で言った。

 見かねた店主が「あとで届けます」と言ってくれたので、お願いした。

 ザカライアにはとりあえず、買った服の中で1番いいと思ったものを着て貰うことに。

 ザカライアが選んだのはシンプルな燕尾服。

 まるで執事のような服だ。


「執事になりたいのかい?」と私。


「あ……えっと……僕は……その……執事が何か……分かりません」


 ザカライアは俯き加減で言った。

 ああんっ!

 可愛い!

 お姉さんが色々と教えてあげるぅぅぅ!

 まぁ私の方が年下だけども!

 コホン、とローレッタが大きく咳払いしたので、私は正気に戻った。


「執事というのはですね」フィリスが物知り顔で言う。「男性使用人を統括する立場の上級使用人のことを言います」


 ちなみに、侍女長は女性使用人を統括している。

 そして我が家に執事はいない。

 料理人や庭師は男性使用人だけど、侍女長がまとめて統括している。

 いやぁ、ローズ公国になった時に執事も辞めちゃったからさぁ。


「侍女長や側仕えとともに、ミア様とローレッタ様を支える支柱の1本です」


 フィリスはどや顔で言った。

 ザカライアは「おぉ……」と少し感激した風だった。


「僕……ミア様の力に……なりたいです……」


 ああんっ!

 可愛い上に良い子!!

 助けて良かった!

 よぉし抱き締め……るのはダメだよね!

 ローレッタとノエルがスッと、本当にスッと、自然に、私とザカライアの間に移動したのだ。

 2人の瞳は『自制しろ』と雄弁に語っていた!

 私は自制する!


「ではまずは勉強ですね!」フィリスが言う。「侍女になるために侍女学校があるように、男性使用人にも専門の学校が……ってこの国にはまだ、ないですよね?」


 フィリスが私を見たので、私が言葉を引き継ぐことに。


「大丈夫だよ。アカデミーには使用人コースを用意するから」


 私が言うと、ザカライアは「勉強……します」と真面目な顔で言った。


「頑張ってください」


 ローレッタは言いながらザカライアの背中をポンッと叩いた。

 ずるぅぅい!

 自分だけスキンシップするなんてローレッタずるい!

 しかもすっごい自然だった!

 さすがローレッタ!

 コミュ力も高い!



 2週間ほど経過したある日。

 私たちは割と平和に普段通りの日常を送っていた。

 つまり、お城で大公の仕事をしているということ。

 最近、運動不足でちょっと欲求不満!

 今日あたり、抜け出して訓練したいなぁ、とか思って窓から空を見ていた。

 そんな日常。


「お姉様、訓練したいと思ったでしょう?」

「よく分かったね! ところでローレッタも運動不足じゃない!?」

「……あたしたち、割と毎日、筋トレもストレッチもランニングもしてますよね?」

「足りないっ!」


 私は切実に言った。

 だって、近接戦闘術とかもっと色々やりたいんだもん!


「次の休暇で、存分に訓練すればよろしいかと」


 宰相のスヴェンが言った。


「よぉし! 次の休暇は海に引きこもって水陸両用訓練をしよう! フル装備で5キロ泳ごう!」

「おうおう、とんでもねぇ大公様だなぁ」


 情報ギルドマスターのヨーナが言った。

 いつの間に!?

 まぁ、私たち3人の執務室はいつもドア全開なんだけどね。

 色々と伝令とか来るし、書類も回ってくるし、全開の方が効率がいいから。


「くせ者ですかな?」とスヴェン。


「おいおい、勘弁してくれよ。大公様に雇われてんだよ俺は」


 ヨーナは言いながら私を見た。

 スヴェンも私を見た。

 ちなみに、ヨーナは入り口付近の壁にもたれている。

 ここで私が「くせ者だよ」って言ったらどうなるのだろう、とかちょっと考えてしまった。

 いや、言わないけどね。


「確かに雇ったよ」

「そうですか」


 スヴェンはとっても冷静に業務に戻った。


「で? 神殿の情報を持って来たのかい?」

「おう。そりゃそうだけど、茶とか出ねぇの?」

「残念だけど、ここはカフェじゃないんだよね」


 まぁ私たちには、お城の侍女たちが決まった時間にお茶を持って来てくれるけれど。

 午前に1回、午後に1回である。

 今は午後だけど、お茶の時間には少し早い。


「そうかよ。んじゃ手短に。悪い報告とすごく悪い報告と死ぬほど悪い報告があるぞ」

「それは酷いですね!」


 ローレッタが思わず、という感じで突っ込んだ。


「えっと、じゃあ悪い報告から聞こうか」と私。


「まず、ハウザクト王国の神殿についてだが、腐敗が半端ねぇ。神殿主、司祭のオードリーがやべぇ。こいつ、前の神殿主をたぶん殺してる」

「ほう」

「自分の手でじゃ、ないっぽいけどな。んで、大司祭とかを誘惑して自分を新しい司祭に推薦させた」


 大司祭は各大陸に1人しかいない。

 ヨーラル大陸全ての神殿を統括している重要人物。

 更にその上に3人の枢機卿と1人の教皇がいる。

 教皇がユグドラシル神殿の権力の頂点だ。


「そんでもって、助祭たちと毎日、酒池肉林。身寄りのない少年たちを……ああクソ」


 ヨーナが頭を乱暴に掻いた。


「言わなくていい。ぶっ潰してもいい組織だって分かっただけでいい。すごく悪い報告は?」

「大神殿……つまり神殿勢力の総本山も似たような腐敗が進んでやがる」

「教皇も?」

「ゴミみたいな奴だ。権力欲に取り憑かれてて、他人をゴミか何かだと思ってる。自分に刃向かう奴が大嫌いで、酷い拷問を施すみたいだな。まぁ、表には出ないだろうがな。しっかり隠蔽してやがったから、苦労したみたいだぜ? 情報を得るのに」

「心配しなくてもお金はちゃんと払うよ」


 私は肩を竦めた。


「それで、死ぬほど悪い報告とは?」とローレッタ。


 それは私も気になっていたところ。


「おう、それな。ローズ公国と聖戦するってよ。今日あたり、使者が来るんじゃねーか?」

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