4話 本気で私を娶る気かっ!


 さて、オスカルはホーリエン王と言っていたので、ここはホーリエン王国で間違いない。

 ホーリエン王国はローズ領から真っ直ぐ南に海を渡った先にある国だ。

 ヨーラル大陸の最北端3国の1つ。

 ちなみに、ハウザクト王国は島国だけど、他国視点ではヨーラル大陸所属という認識。

 ホーリエン王国の情報に戻ろう。

 11公爵領と1つの直轄領から成る国。


 領地の数がハウザクト王国より少ないけど、面積はハウザクト王国より少し広い。

 つまり、公爵領の1つ1つがハウザクト王国の公爵領より大きいのだ。

 王都の名前はフラタゴ。

 ええっと、パイナップルが名産で、医療技術が高い国だったかな。

 王家が天覇思想なので、若干危険な国という認識だね。

 かつてはよく戦争をしていた国だけど、最近は少し大人しい。

 周辺国の多くがホーリエンの敵になってしまったからだ。

 それでもローズ領とは割と仲が良くて交易もしていたはず。


「それにしても、外国にまで狙われるなんて、【全能】ってやっぱり凄いね」


 この拉致は私が自分の名前を売りまくったせいだと思う。

 領地で天才扱いされてるし、戦闘大会でいい成績を残したしね。


「……そりゃね」


 女の声が聞こえたので、私は顔を上げた。

 牢の前に黒髪の侍女が立っていた。

 髪型は前下がりのボブカットってやつかな。

 なんだこいつ?

 気配を感じなかった。

 てゆーか、目付き悪すぎない?

 年齢は17歳前後ぐらいかな?

 美人ではないし、可愛くもないけど、不細工でもない。

 とにかく目付きが悪いという印象。


「君は?」と私。


「……ラセーク。見ての通り……普通の侍女」


 ラセーク?

 男みたいな名前だね。


「私に何か用事?」


 私が言うと、ラセークはコテンと首を傾げた。


「……会いに、来ただけ……。あたしたち、親友……でしょ?」

「はい?」


 初見ですけど!?

 私とラセークは初めましてですけど!?

 頭いっちゃってるのかな!?

 うん、きっとそうだね!

 そんな目付きしてる!

 ああ、でも親友なら枷外してくれるかも?


「……ダメ。あたしには、そのチョーカーは……外せないから」


 まるで私の心を読んだかのように、ラセークが言った。

 よく分かったね私の考えてること!

 まぁ、こんな状況なら誰だって助けてって思うか!

 と、数人の足音が聞こえたので、私は一瞬だけラセークから目を離した。

 その僅かな隙に、ラセークは音もなく消えた。

 え?

 忍者か何かなの?

 ホーリエン王国の侍女は忍者の修行でもしてるの?


「この娘が【全能】のミア・ローズか」


 私の牢の前でそう言ったのは、酷く冷たい目をした男だった。

 金色の王冠に赤いマントを装備しているので、王様だとすぐ分かった。


「ええ」とオスカルが微笑む。


「想像よりも小さいが、まぁいいだろう。我が息子の妻とする」


 いや、勝手に妻にしないでね?

 政略結婚より酷いよ?

 誘拐結婚だからねこれ。

 ビシッと言ってやらなくちゃね。


「ふむ。まずは息子の顔を見せて貰おうかな!」


 結婚するならイケメンじゃないとね!

 いやいや落ち着け私。

 誘拐結婚はしない。


「あ、僕が、王子のマルティン・セヴリューギンだよ。ミア・ローズ公爵令嬢」


 マルティンは酷く弱々しい口調で言った。

 マルティンの隣に立っている傲岸不遜な王様とは大きな違いだね。

 まぁそれは、どうでもいい。

 大切なのは見た目だよね。


 マルティンの年齢は目測で15歳前後。

 髪の色は焦げ茶色で、髪型はなんか普通。

 喪服みたいに黒い服を着ている。

 喪服なのかもしれない。

 酷く弱々しい印象だけど、身体は鍛えているみたい。


 そして顔面だけど、まぁ悪くないって感じかな?

 私の周囲ってさ、基本イケメンばっかりだから、ちょっと物足りない。

 いや、まぁ、乙女ゲーの攻略対象者と比べるのは酷だと分かっているけどさ。

 普通に街を歩いていたら、イケメンの部類かも。

 ちょっと好み分かれる感じかなー。


「ほう。我が息子を値踏みするか」


 ホーリエン王が鋭い視線で私を見る。

 ええっと、ホーリエン王国の現王の名前は確か、チヌークだっけ?

 いや、チヌークはヘリだね。

 近い名前だったはず。


「ワシの視線にも動じんか」


 あ、チムールだ。

 さすが頭いい設定の私。


「それで? 我が息子はどうだ?」とチムール。


「どうって……」


 言うかどうか、私は迷った。


「ワシが質問しているのだ。答えよ」


「ちょっと物足りない、かな」私はゆっくりと喋る。「でも、王子が悪いわけじゃない。私の目が肥えている、ってだけだよ。平均よりは上……だと思う」


「そうか」チムールは淡々と言う。「平均よりは上、か」


 私は強く頷いた。

 だから顔のことを気にする必要はないよ、という意味。


「ただ、私の好みではないね」


 私が好きなのはローレッタみたいな美少女か、アランみたいな美少年である。

 見た目は良ければ良いほど良い。

 何言ってんのか分からなくなりそうだけど、良ければ良いほど良い。


「貴様の好みは関係ない。息子よ。この【全能】の妻を一晩で従順にして見せよ」


 言葉が終わると同時に、オスカルが魔法を使ってマルティンを牢の中に移動させた。


「行くぞオスカル」


 チムールはオスカルと2人で地下牢を離れた。

 牢の中に取り残された私とマルティン。

 割と気まずい。


「ごめんね……」


 マルティンが引きつった笑みを浮かべた。


「何が?」

「君を拉致したこと」

「そう思うなら、拘束を解いてくれないかな?」


 私が言うと、マルティンは首を横に振った。


「君は見た目と違って……酷く凶暴だから絶対に拘束を解いちゃダメだって、オスカルが……」

「酷い! 私のどこが凶暴なのかな!? どう見ても乙女なのに!」

「迷わずオスカルの玉を取りに来たって……」

「弱点を狙うのは当然だと思うけど?」


 私が言うと、マルティンはやっぱり引きつった笑みを浮かべた。

 かなり気が弱そうだなぁ。

 なんでだろう?

 聞いてみようかな。


「マルティン。質問しても?」

「え? ああ。うん。どうぞ」


 マルティンはその場に座った。

 私の行動範囲のギリギリ外側。


「人を殺したことあるだろう?」


 私の言葉で、マルティンが驚愕の表情を浮かべた。


「……うちの慣習を、どこで?」

「慣習? 知らんよ。君の目を見て、平気で人を殺せると思っただけ」

「……僕も、そんな風に見えるんだね……。血は争えない、か」


 マルティンは酷く悲しそうな表情で言った。


「それで本題なんだけど」


「今の、本題じゃないの?」マルティンが驚く。「すごく、本題っぽかったよね?」


「本題はここから。君は人を殺せる。なのに、どうしてそんなに気弱なのかな?」


「それは……、性格としか」マルティンが言う。「僕は昔から、最悪のことばかり考えてしまう。悪いことばかり考えてしまう」


 なるほど。


「君は、僕が平気で人を殺せるって言ったけど、別に殺したかったわけじゃない。慣習で、殺さなきゃ僕が死んでた。全然平気なんかじゃない。ずっと罪悪感が酷くって……。でも僕は死にたくなくて……」


「そうなのかい? だとしたら、私の勘違いだね。ごめんよ」


 必殺、申し訳なさそうな笑顔を浮かべておく。

 私はゴロンと床に転がった。

 ああ、ヒンヤリしてて気持ちいい。


「……うちの慣習について、聞かないの?」

「別に興味ないけど、話したいなら聞くよ。私は聞き上手だからね」


 よっこらしょ、と私は身体を起こす。


「君は本当に8歳なのかな?」マルティンが苦笑い。「年上の女性と話しているみたいな気分になる」


 はっはー!

 精神年齢は余裕でマルティンの2倍以上!

 いや、この話題は止めよう。


「うちの国では、成人した王子と姫は殺し合うんだよ」

 

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