第7話 α10月6日
同日、十月六日月曜日。
十月の二日三日と無断欠席を続けていた『大見八重』だったが、その日はなんの前触れもなく、忽然とクラスに姿を現した。
言ノ葉がクラスに入った瞬間、彼は話していたクラス担任に「了解致しました」と直立不動の起立を見せていた。
当然多くの者達が笑う中、八重はそれらを気にした様子も見せず、駒沢先生略して『コマ先』に連れて行かれてしまった。
彼とこのクラスになってから半年が経過しているが、彼が無断欠席したこの二日間で、『大見 八重』という人物に対しての違和感は、ずっと膨らむばかりだ。
今の彼は彼であって、彼ではない。
かと言って全くの別人とも考えられない。
何故なら、全くの別人であるならこの違和感はより顕著である筈だからだ。
言ノ葉を助けられた理由も、きっと同じ場所にあるのだろうという事は予想が出来ているのだが、言ノ葉はその違和感を上手く言葉に言い表す事ができない。
思考の靄が掛かったままに、緊急の全校朝礼が開かれ、校庭の壇上を見れば、校長から表彰を受ける八重の姿があった。
姿を見れば今すぐにでも駆け寄ってあの日の事を問いただしたい。
そもそも、あの事件があった次の日に無断欠席をするなど喧嘩を売っているとしか思えない。
約束したのに、何故来ない!
私を助けた責任を果たせ!
と言ノ葉は、両腕を上げて叫びだしたい気持ちをグッと堪えながら彼を見つめていれば、言ノ葉は自分の相好がキツくなっていくのが分かった。
彼は此方に気付きもせず周りを見渡し、ピタッと目が合い、直後に逸らされた。
こっちを見といて!
目を逸らすな!
こっちを見ろ!
『硯 言ノ葉』は此処に居るぞ!
と、地団駄を踏んで、彼にこの気持ちを今すぐに伝えたいが、今は全校朝礼の時間である。
こんな所でTPOも弁えず暴れでもしたら今度は言ノ葉の方が捕まってしまうかもしれない。
体感で何となく分かっていたが、私『硯 言ノ葉』は一年間の時間のループを抜け出した。
そもそもやり直しは、刺されるまでの一年間をずっとループしていたのだ。
十月一日という運命の日付を超えたあの日以降に、言ノ葉きっとやり直しの機会が訪れることはない。
何をするのも自由だが、自由故に一度きりのチャンスだ。
誰もが平等に持っている、一度きりのチャンス。
それを言ノ葉だけが複数回持っていたのが、そもそもおかしいのだ。
言ノ葉も最初は一度きりだった筈なのだが、今はその一歩が恐ろしくもある。
こんな全校朝礼の場で、国会で飛ばされるヤジよろしく壇上に立つ八重に文句を言えば、中野の暴れん坊将軍の異名を、欲しいままにする事だろう。
そして、異名は汚名となり二度とやり直しが出来ない以上、言ノ葉の汚名は二度と払拭されることはない。
そんな思考がグルグルと周り、それから一五分。
言ノ葉はずっと壇上に立つ八重を睨み続けていたが、結局全校朝礼中に彼の視線が言ノ葉へと戻って来る事は無かった。
何もないまま、一限、二限、三限、四限が終わり、昼食の昼休憩。
言ノ葉の隣に座る幼馴染みの『荒木 京子』が、いつも通りに話しかけて来た。
「言ノ葉ちゃんは、今日も何か怒っているかい?」
「京子には怒ってない……」
「はぁ〜じゃあ、言ノ葉ちゃんはそんなに怖い顔をして、誰に怒ってるんだい?」
それは聞くまでもなく、怒りの矛先が向く相手は一人だろう。
言ノ葉の視線の先にはいつも一人の人物を見据えている。
彼は素知らぬ顔で弁当を開き、小さく『頂きます』と言って食事を始める。
京子は言ノ葉の視線のいく先に気付き、誰に気を揉んでいるのかを理解する。
「あーなるほどだよ、言ノ葉ちゃん。八重くんかい。そう言えば彼変わったと思わないかい?……なんて言うか、ちょっと雰囲気が大人っぽくなったねえ」
全校朝礼が終わった後の一限終わりの中休み、彼の周りには人だかりが出来た。
窮地を助けたヒーローとしての扱いなら、上乗の滑り出しと言えるだろう。
無論そんな八重を取り囲むのはヒーローインタビューと称して彼に話を聞きたいと寄って来たクラスメイト達であるが、二限、そして三限とそれを重ねる内に人だかりは消え、四限終わりの昼休みの今、八重の周りには人っ子一人居なくなった。
彼の問頭は、非常にシンプルだったと言える。
『そうだな』
『俺もそう思う』
『大丈夫だ問題ない』
『誰でも出来る』
と四種類から選べるが、その言葉から得られる情報は皆無という徹底ぶりだったため、現場の情報を聞き出したいと思うクラスメイトたちは面白くもなさそうに自分の席へと帰って行った。
そんな八重を隣に座る幼なじみは、大人っぽいと表現したが、言ノ葉から見れば、彼の態度は人付き合いが悪いとしか思えなかった。
時折、助けられた私へ話題が振られたが、決まって彼は私と顔を合せようとはしなかった。
「アレが、大人っぽい……ねぇ」
確かに、同学年の男子と比べると大人っぽく映るのも頷けるが、その変化は九月三十日に見た『大見 八重』とは著しく異なると言えるだろう。
九月三十日まで、彼は何の変哲もない普通の青年に言ノ葉には映っていた。
だが、現在はどうだ?
つい一週間前まで友人と共にご飯を食べていた『大見 八重』は、今はそうある事が自然だと、黙々と一人で昼食を食べている。
あの様子は、『大人っぽい』という表現を超えている様に言ノ葉には見える。
「大人っぽいというか、もはや別人みたいね……」
そんな言ノ葉の発した言葉に、京子は机に身を乗り出した。
「そうなのさ!!八重くんちょっと前までは普通だったのにねえ!はぁ……なんだい、かこっこいいじゃないかい……」
「え?……なに?好きなの?八重くんのこと?」
視線の先にいる八重に見惚れるように、京子の目尻が下がり言ノ葉は思わず聞き返した
「気にはなる……かもしれないねえ……よく見たら格好良もいいからね。それに言ノ葉ちゃんが危ない時に男の人を簡単に取り押さえたんだろう?それって普通に凄いんじゃないのかい?ウチのクラスの男子には到底出来ると思えないからねえ」
京子は恋する乙女よろしく、モニュモニュと口元綻ばせながら八重を眺めている。
言ノ葉は付き合っていられないと、弁当箱を取り出し机の上に広げ、苛立ちを紛らわせるように一口おかずを口に放り込む。
「言ノ葉ちゃん、協力してくれないかい?」
もう一口食べようとして、京子のその言葉を聞いて言ノ葉は弁当箱から取り出した唐揚げを落としてしまった。
「あっ……何を?……って!京子本気なの?」
『荒木 京子』は幼馴染みで、その関係をもっと精密に表現するのなら『硯言ノ葉』にとって『荒木 京子』とは、親友と表現して差し支えない間柄だ。
前段階の会話を加味した上で、京子が言ノ葉に協力を要請する事柄は一つ。
「ハッキリ言って私は、今の八重くんがちょっと気になっているさね」
「……はぁ?」
そんな言ノ葉の間抜けな声は、クラス内の喧騒に掻き消されたのだった。
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