夏の月夜に刀と語らう

明星晴魔

第1話

 昔、剣崎蒼楽は祖父から一本の刀を授かった。その刀は刃に桜の紋様が施された美しい刀。その刀は、《桜花》という名を有している。そしてこの刀には、付喪神が宿っている。その付喪神を桜花と名付け、蒼楽は苦楽を共にすることを誓った。それは蒼楽が十歳の暑い夏のとある日の出来事だ。

六年後

 蒼楽は高校生になり、夏休みを迎えようとしていた。

「もう夏休みなのか。時間の流れが速い気がするな」

 と老人のようなことを言う猛暑の帰路を歩く。自宅に着くと玄関を掃除する桜色の髪の女性、桜花が出迎えてくれた。

「お帰りなさい、蒼楽さん」

「ただいま戻りました。桜花さん」

「だから、私のことは呼び捨てでかまわないと何度も言ってるじゃないですか」

「ごめんなさい。でも仕方ないですよ。これは癖のようなものですし、実際に俺より年取ってるし」

「蒼楽さん、女性に向かって年齢の話をするのは野暮ですよ。うふふ」

言う桜花は笑顔だったが、目が笑っていない。

「ハイ、そうですね。すみませんでした」

「分かればいいんです。さ、夕飯の買い出しをしたので作っていただけますか」

「了解しました。桜花お嬢様」

「そういう冗談やめてください。本気しちゃいますよ」と怪しげな笑み浮かべて桜花は言う。

「お好きにどうぞ」

 蒼楽は台所に向かった。

夕食後

 蒼楽は台所で皿洗いをしながらある事を考えていた。毎年ある夏祭りに桜花を誘うかどうかを。去年は、蒼楽の受験を優先しなさいと断られた。今年は何も無いから断られることはないと思う。蒼楽は皿洗いを終えて、リビングに行き桜花を誘った。

「なぁ桜花さん、今年の夏祭りは行きませんか?」

「いいですよ、今年は。蒼楽さんも受験はないですから」

「よかったぁ」と安堵する

「じゃあ、明後日までに浴衣の用意をしないと」

「俺も着ないといけないですか?」

「当たり前です。こういうのは形からはいらないと。風情がだいなしです」

「そうですか・・・」

「だからちゃんと浴衣を着てください」

「わかりました」

 こうして夏祭りの約束を取り付ける事ができた。

夏祭り当日の夕方

 蒼楽は一足早く浴衣に着替えて玄関で待っていた。

「お待たせしました。蒼楽さん」と慌てた様子でこちらに来た桜花。その桜花の浴衣姿に見惚れていた。

「どうかしましたか?蒼楽さん」

「い、いやなんでもないです。それより浴衣、似合ってます」

「ありがとうございます。張り切って選んだかいがありました」

「さあ行きましょう、桜花さん」

「はい」

 蒼楽は桜花の手を引いた。

祭り会場――

 花火を目的に来た二人は、花火開始まで屋台を堪能した。

金魚すくいや射的をして時間を潰した。

「花火大会までだいぶ時間を潰せましたね」

「そうですね。でもこの金魚どうしよう?桜花さん、家に金魚鉢ってありました?」

「さぁ、どうでしょう。確かにあったような気がします」

「じゃあ飼えますね。飼育当番とか決めますか?」

「そうですね。一日交替でいいでしょうか」

「俺は異論ないですよ」

「決まりですね。そろそろ花火始まりますよ」

「本当だ。それじゃあ、行きましょう。桜花さん」

「ええ」

神社の鳥居

 この場所は昔から花火を見るときに、死んだ祖父が教えてくれた穴場である。ここで花火を見るのが通例になった。

「いつ見ても綺麗ですね」と花火を見つめながら蒼楽が言った。

「綺麗すぎていつまでも見ていたいですね」

「そんなわけにいきませんよ。消える瞬間も花火の醍醐味です」

「こうして貴方といると自分が刀だということを忘れてしまいそうになる」

儚げな顔をして桜花は言う。

「桜花さん・・・」

「貴方は優しいから私を人間として見てくれる。でも、貴方以外の人が私正体を知ったらきっと・・怯えてしまいます」

「桜花さんは綺麗だから大丈夫ですよ」

「見た目を褒められても、嬉しくないです」

 すると蒼楽は桜花の肩を掴んで言った。

「心配しなくてもいいです。桜花さんは桜花さんです。もしもの時は俺が桜花さんを守ります。今までお世話になっているし。それに――」

「それに?」

 桜花が疑問を投げかける。

「桜花さんは俺にとって、家族ですから」

「蒼楽さん・・・嬉しいです」

 桜花は顔を赤らめた。

「それじゃあ、花火を見ましょう。桜花さん」

「はい。蒼楽さん」

 そして、花火が終わるまで肩を寄せ合っていた。

 翌朝

 蒼楽は日課である素振りをしようと道場へ足を運んだ。少し眠気の残った体に早朝の冷たい空気が意識を覚醒させる。

 蒼楽は道場に着くと壁に掛けられていた木刀を取り構えた。そこから力強く木刀を振り下ろした。それを二十回ほど繰り返すと今度は右から左に薙ぎ払った。それをまた二十回ほど繰り返す。

 素振りを終えた蒼楽は道場を後にして居間に向かった。蒼楽が着くと桜花が朝食の準備をしていた。

「蒼楽さんおはようございます。もうすぐ出来上がるので座ってください」

「わかりました」

 蒼楽は座り朝食が出来上がりを待つ。

 五分後、出来上がった朝食が食卓に運ばれた。

「「いただきます」」

「桜花さん」

「どうかしましたか」

「今年の夏は何をしましょうか?」

「そうですねまずは海にいきましょう」

「いいですね」

「蒼楽さん」

「何ですか?」

「これからもよろしくお願いします」

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夏の月夜に刀と語らう 明星晴魔 @alsharvin

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