旅人志願

三駒丈路

旅人志願

「さて。次はそなたの番じゃ。そなたは、何を職業として行きていくつもりじゃ?」

 年配の神官みたいな人が尋ねてきた。

 やった。ようやく僕も職業を選べるようになった。こんな世界に生を受けたからには、やっぱりまずはあの花形職業を志望するべきなんだろうな。みんながそれを希望しているのかもしれない。最近は、男でも女でも職業選択に差はないっていうし。


 僕の生きる世界では、十五歳になると職業を選択することができる。そして、それに応じたステータスや能力が割り振られる。

 屈強な身体とパワーを得て剛剣を振り回してモンスターを切り捨てる剣士になったり、高い知性と強力な攻撃魔法を得て多くの敵を一気に殲滅する魔法使いになったり、慈愛に満ちた精神と回復魔法を得て仲間を癒す僧侶になったり。そして、それを束ねる勇者。そういった様々な職業の仲間が力を合わせて大魔王を倒す。それが、この世界の花形なのだけど。


 でも僕は戦いというのが好きではないので、戦闘系の職業には就きたくないと思っている。それじゃあ村の中で村人として地道に暮らしたいかというと、それも嫌だ。村の中で一生を過ごすなんて、つまらないじゃないか。僕は、色んなことを知りたいんだ。そのために、色んなところへ行きたいんだ。


 そういう意味では、勇者になるのもいいかなと思ったんだけど。勇者は魔王を倒すために旅をする。リーダーだから決定権があるし、色んな特典もあるらしい。楽しそうだ。でも、旅をするだけの勇者だと文句がきそうだし、やっぱり命の危険があるだろうし。志望者も多いだろうし。全員の希望通りにしていたら、世の中勇者だらけになってしまうだろうし。

 でも、なんだかんだと理由をつけて戦いは回避して、旅だけ続けていられるとしたら……。一応、希望するだけしてみようかな……。


「あの……。勇者って、なれますか?」

「うむ。勇者か。一応あれも職業なんじゃが、最初からなれるものでもなくてな。まぁ、称号みたいなもんじゃから、今はムリじゃ」

 なんだ。なれないのか。まぁ、そういうものかもしれないな。あるいは、ここで「どうしてもなりたい!」と言って食い下がるくらいじゃないと勇者の適性がないということかもしれない。これが試験なのかもしれないな。でも、そこまでして勇者になりたいわけでもないし……。

「あ。じゃあ、勇者はやめときます」

「え。よいのか? もうちょっと駄々こねてもいいんじゃが……」

「いえ。僕には向かないような気がするんで。それで、第二希望なんですけど……っていうか、本当はこっちが第一なんですけどね」

「ん……まぁ、よいか。どれどれ? 何が希望じゃ?」

「旅人です」

「旅人……じゃと? そなた、これがどんな職業か知っておるのか?」

「はい。一応は。世界中を自由に旅が出来るんですよね? そして、この世界の何者も旅人に危害を加えることはできない」

「そういうことじゃが……。代わりに、旅で見聞きしたことは誰にも伝えることはできない……ということは知っておるのか?」

「はい。そこ、重要チェック項目って書いてありますから」

「わかっておるのか。しかし、それはストレスたまると思うがのぅ……。なんなら、吟遊詩人になるのはどうじゃ? あれなら、旅もできるし見聞を歌にして伝えることもできるぞ? バズるかもしれんぞ?」

「人前で歌うとか、恥ずかしいじゃないですか。しかも、自作の歌を。それに、吟遊詩人は危害を加えられる可能性がありますからね」

「むぅ。歌うのが恥ずかしいということでは、いかに歌唱スキルを得てもだめじゃのぅ……。確かに、危害を加えられる可能性もあるし……」

「僕は純粋に旅がしたいんです。それでバズろうとか、低俗なことは考えていませんよ。自分の中に思い出が残ればいいんです。それが旅をするということですから」

「ふむ……。そういう思いならば、かまわんか。……よし。そなたの職業は、旅人じゃ!」

「はい! ありがとうございます!」

 どこかから、ファンファーレのようの音がした気がした。これが職業決定の知らせなんだろうか。


 その日から、僕は旅人になった。自由気ままにあちらこちらを移動する。町から町へ。国から国へ。訪れる場所ごとに、いろんな知識が得られ、いろんな常識と遭遇する。それがたまらない。それを誰かに伝えることはできないけれども。

 旅人である僕に対しては、何者も危害を加えることはできない。どんなに強いモンスターでも、屈強な戦士や強力な魔法使いでも、自然災害や疫病でも。だから、どんなところにだって行ける。魔王軍の前線基地というところにも行ってきた。多くの、強そうなモンスターがひしめいている。でも、どのモンスターも僕に危害を加えることはできないのだ。

 その前線基地の弱点といえる箇所も見つけた。これを人間軍に伝えれば、前線基地は壊滅するだろう。僕は英雄になれるかもしれない。でも、それはできないのだ。僕は旅人にすぎないのだから。


 ひとつ困るのは、食べることだ。お金が稼げない。旅したことを誰かに伝えれば、本でも書ければ、お金がもらえるかもしれない。でもそれはできない。吟遊詩人なんかは、旅の思い出を歌って日銭を稼ぐこともできるようだが、僕にはそれができない。それが旅人だからだ。

 だから、僕は自給自足だ。町の外の森の中で木の実を採ったり小動物を狩ったり。そうやって暮らしている。しかしそれに慣れてしまえば、どうということはない。それこそが旅人の醍醐味だと思うようになった。


 何にも縛られることはないのが旅人。しかし、何を成すこともできないのが旅人。

 僕は、それがとてもカッコイイことだと思った。旅をして旅行記を書くなんて、邪道だ。発表を前提にすると、どうしても目的を持った旅になってしまう。そんなのは、作家が片手間に旅をすればいい話だ。旅人の旅は何も生み出さない。それこそが、旅なのだ。


 そんな思いを持って始めた僕の旅。もう数年も続けている。いろんな場所を見て、いろんな人と出会い、いろんな話を聞いた。でも見るだけだ。会うだけだ。聞くだけだ。誰にもそれを話せない。何も書けない。

 中には、旅人なんだから面白い話をたくさん知っているだろうと期待して話しかけてくる人もいる。そういう人達にはがっかりされてしまう。でも、それでも彼らは自分の話はしてくれる。これも、旅人のスキルなんだろうか。


 僕はそんな生活に満足していた。やはり、旅人は僕にとっての天職なんだろう。

 そして、今日も今日とて僕は新しい街を訪れる。大きな城壁と、大きな門。ここは、どんな街なんだろうか。門は堅く閉ざされている。僕は開門を要求する。しかし。

「あー。だめだめ。今、恐ろしい疫病が流行ってるんだ。感染したら、確実に死んじまうそうだ。だから、街には誰も入れないし、誰も出さない。全世界的にそう決まったそうだ。あんた、知らなかったのか?」

 門についた小さな窓越しに、門番らしい男が言った。なんだか、見たこともない特殊な鎧を着ている。窓も、向こうは見えるが特殊な魔法障壁が張られているようだ。これも感染対策なんだろうか。そんなことができるんなら街に入れてくれてもよさそうだが、無理らしい。

「気の毒だが、街には入れてやれない。この騒動が収まるまで街の外で暮らすことだ。……暮らせればな。我々は街を守るので精一杯なんだ。神様の加護がありますように」

 そう言って、窓は閉じられた。騒動が収まるまでか……。いつ収まるんだろうな。まぁ、しょうがないか。僕は街の外でも生きられるし、疫病にもかからないはずだ。旅人だから。


 それからしばらく、僕はあてもなくさまよった。草原や荒野や砂漠や森林や。人と出会うことはなかった。生きている人には。野ざらしになっている冒険者は見かけたが。街に入れないまま疫病にかかってしまったんだろうか。とりあえず懇ろに弔っておいた。

 そしてときおり街を訪れることもあったが、やはりどこも門を閉ざしていて、入ることはできなかった。

「うーん。暮らしてはいけるけど、これじゃ旅って言えないんだよなぁ。やはり人のいるところに行かないと。門を開いてる街ってないもんかな」

 誰も聞いていないのに独り言を言ってしまうくらい、僕は誰かに会いたかった。そこで、気がついた。

「あ。魔王軍の方に行けば、入れてくれるんじゃないかな。人間みたいにきっちりしてないような気がするし。モンスターは疫病にかからないのかもしれないし。話ができれば、モンスターでも魔王でもなんでもいいや」

 それで、僕は魔王軍の最前線を再訪した。


「あの。こんにちは。旅人なんですけど、お話したくて。入ってもいいですか?」

 僕の姿を見た、門番らしいモンスターは、慌てだした。

「ニ、ニ、ニンゲンっ!? マテ! チカヨルナ!」

「えー? お話くらい、聞かせてくださいよ」

「ワッ! クルナ! クル……」

 門番モンスターは泡を吹いて倒れてしまった。……あれ? 死んじゃった?

 騒ぎを聞きつけて、モンスターがぞろぞろと出てくる。しかし、僕の姿を見ると逃げ出してしまう。

「ニンゲンガデタゾーっ!」

「えっ? ちょ、ちょっと待ってくださいよ。あの、ちょっと……」

 僕は追いかけていく。すると、モンスターたちはバタバタと倒れていってしまった。そして、前線基地をくまなく探してみたが、生きているのは僕ひとりだった。


「うーん。これはつまり……。僕は疫病持ちなのか。旅人だから、僕自身に症状は出ないけど。それで、モンスターは僕が近づくと死んじゃうのか……。しかし、こんな大変な疫病だったとは。人間にもモンスターにも効くんだな。街には入れなくて正解だったのか」

 それじゃあと、僕は決意した。

「魔王城に行っちゃおうかな」

 軽いだろうか。これまでも、魔王城を訪問したいとは思っていた。しかし、モンスターが立ちはだかって行かせてくれないのだ。旅人は何者からもダメージを受けないけれど、強行突破できるような力はない。それで、行けなかった。でも、今なら。

 それから僕は、魔王軍の拠点を訪れては全滅させていった。ちょっとかわいそうな気はしたが、僕らの本能として、モンスターは倒すべき相手なのだし……。

 そして、ようやく魔王の住む魔王城にたどり着いた。

 おお。これはすごい。禍々しくも、巨大で素晴らしい城塞。そして視界に入れるだけで畏怖を覚え、後ずさりしてしまいそうな巨大な門。これを見るだけでも旅人として幸せな気持ちになれる。こんなものを拝めるのは、勇者様御一行くらいのものなのだろう。


 しかし、これで満足してはいけない。魔王に会わなくては。疫病程度で魔王は死んだりしないだろう。魔王を倒すのは勇者の仕事だ。僕は、ただ魔王と話をしてみたいのだ。

 僕は、魔王城の中を歩いていく。ちなみに、魔王城の門は開いていた。普通の人間は見るだけで畏怖を覚えて入ってこれないので、門を閉める必要はないらしい。僕は旅人なので大丈夫だが。

 進む僕の前には屈強なモンスターが立ちはだかるが、少し待っていると泡を吹いて死んでしまう。僕はそれを見てさらに前へ進む。行く手を阻むモンスターはどんどん強くなっていったが、みんな僕の敵ではなかった。僕と言うより、疫病だが。


 やがて、四天王という連中がまとめてかかってきたが、旅人である僕にダメージは通らない。やがて、四人まとめて泡を吹くことになった。四天王か。みんなそれぞれ個性的だったな。僕の旅の思い出に色を添えてくれそうだ。

 四天王の間を過ぎる。そして、ついに僕は玉座の前に立った。足を組んで深く座り、肘掛けに肘をつきながら頬杖をつく魔王が、そこにいた。

「あ。魔王様。こんにちは」

 魔王は立ち上がり、マントをひるがえした。

「うわははははは。よくぞここまでたどり着いたな。勇者よ!」

「あ。すみません。勇者じゃなくて旅人なんですが」

「貴様の勇気を……ん? 旅人? 勇者じゃなくて?」

「はい。僕はただ旅の思い出に、魔王様と話をしてみたくて。たまたま、疫病持ちになってしまったので、ここまで来ることができたんです」

「なに? 疫病持ちだと? 疫病にかかっているのに、死なないのか」

「はい。旅人なので。ここまで来るのに、お仲間をみんな殺してしまいました」

「ふむ。まぁいい。ワシが生きておればまた復活も可能じゃからな」

「それならよかった。ではお話を……。魔王様は疫病なんかじゃ死にませんよね?」

「無論だ。その疫病はワシが作ったものだからな。ワシには免疫がある。ゴフッ」

「そうですよね。よかった。それじゃあ、積もる話を……」

「ふん。旅人など毒にも薬にもならぬし、それも一興か。よかろう。なんなりと……ゴハッ。な、なんじゃ? ゴバッ。ゴブッブブブ」

「あれ。魔王様? 泡吹いてどうしたんですか? 魔王様? それ、死んでいったみんなと同じ感じですよ?」

「………………」


 魔王は、死んでしまった。どうやら、魔王の作った疫病は多くの人やモンスターを経由するうちに、構造が変異してしまったらしい。魔王の免疫では対抗できないものになっていたようだ。

「ああ。魔王、死んじゃったな。あんまり話も聞けなかったな。……さて、これからどうしようか」

 と思っていると、どこからかファンファーレのような音がした。ような気がした。そして、天の声。

「おめでとうございます。あなたは魔王を討伐しました。魔王を討伐したものには、勇者の称号が与えられます。あなたは、これから勇者です!」

「え? 僕が勇者に? まぁ、旅人のままでもいいんだけど、カッコイイからいいか。今までの旅の話も、誰かに聞かせることできるのかな? それなら……ゴフッ。あれ? この感じ……ゴバッ。ゴブッブブブ」


 旅人ではなくなった僕は、疫病にかかってあっけなく死んでしまった。

 気がつくと、と言うのも変だけれども、気がつくと僕は幽霊になっていた。

「あ。死んでも意識は残るのか。……移動もできるな。地縛霊とかいうのじゃないみたいだ。これなら、色んなところへ行って見聞きできるじゃないか。誰にも話せないけど。でも、これって今までの旅人と同じだよな。食事の心配しなくていいわけだし、今までより好条件かも」

 今まで以上に色んな場所へ行けそうな気がする。話しかけることはできないけど、努力すればできるようになるかもしれない。話しかけたら怖がられるかもしれないけど、その反応も楽しみだ。

 ひゃっほう! と、僕は新しい旅に心を震わせた。僕の旅は、永遠に続けられる。

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旅人志願 三駒丈路 @rojomakosan

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