第36話 真相

「あの、さっきのお二人は……」


 あの部屋から出た四人は旧棟から離れて、職員室の隣にある応接室へと移動していた。

 詩織が特別に鍵を開けて中に入り、純也と一葉を座るように促した。

 外の寒さとは打って変わって部屋の中は暖かった。


「精神科の医師よ。実は渉くんを検査するために理事長が呼んだの」


 一葉の質問に詩織が答えた。


「やっぱり、あの保健室にいたのは赤坂渉くんだったんですね」

「どういうことだ?」


 一葉の言葉に純也が解せないといった表情で説明を求めた。


「あの部屋へ入った時、誰も居なかったんです。彼は戸惑っていましたが、私が答えを持っていました」

「答えを持っていた!?」

「それは学校の近くにあるマンションから私が見ていたからです。そして、決め手となったのはライチさんのユーザー名が『赤坂渉』の名前でした。……彼は……彼はおそらく……解離性同一性障害」


 そうですよね、と三宅に確認を取るように一葉が視線で訴えると、三宅は重々しく頷いた。


「それって多重人格ってヤツ……?」


 純也はごくりと咽喉を鳴らした。


「あんたらは何をしに来た?」


 今まで何も話さなかった三宅が静かに純也と一葉に問うた。


「この学校の昔の保健室に女子生徒が閉じ込められてるって聞いて」

「閉じ込め……!?」


 純也の言葉に詩織は驚き目を丸くした。


「今、オレたちがやっていた『ニューワールド』っていうゲームがシステムエラーを起こしていて、復旧作業をしてるんだけど、その鍵を握ってるかもしれないのがその生徒って話だったんだよ。だから会いに来た」

「その話はどこから? ……渉くんか」


 三宅の言葉に一葉が頷いた。


「この学校内にそんな生徒はいない。彼の作り話だ」

「作り話!?」


 純也は素っ頓狂な声を上げた。


「じゃあ、ただの……オレたちの勘違いってことか?」

「そうなるわね」


 あっさりと詩織が認めたことに、純也と一葉は呆然としてしまった。

「……あなた方は彼の世界に巻き込まれたのだ。半分現実、半分幻。……彼の中でそうしないことには辻褄が合わなかった」


 三宅は悲しそうに淋しそうに言葉を紡いだ。


「何故こんなことになったんですか?」

「そうだよ。……オレたちは随分巻き込まれた。教えろよ」

「私たちは彼と短い時間でしたがかけがえのない仲間でした。無理を承知でお願いします。」


 一葉と純也は頭を下げた。三宅はふぅと溜息を零した。


「……では、少し話をしようか」


 三宅は昔話でも聞かせるような口調で話し始めた。


「……赤坂くんの症状は一年前から。彼は自分自身に悩んでいた。兄と比べ劣る自分。母に注目されない自分に。赤坂くんは次第に目に見える世界を蔑み、疎むようになりだした」

「そうして現れたのが……もう一人の人格……」


 一葉がはっと察して口元を手で抑えた。


「そう。『白金なぎ』という女性の副人格だ。赤坂くんはこの人格に負の感情を任せた。なぎは負の感情を背負う自分が生まれた事を良しとしなかった。なぎは知能数が高く『ニューワールド』のベースを作り赤坂くんにゲームを作らせた。……自分を見つけてもらうために」

「それで出来たのが『ニューワールド』なのかよ……」

「それから彼女は赤坂くんに気づいてもらうために様々な接触を図っていた」

「接触するのに最も近かったのがライチさんだったんですね」


 一葉の言葉に詩織が横に首を振った。それがあまり効果がなかったことを暗に伝えていた。


「一向に気づいてもらえなかったの。彼の頭の中でどのように人格交代がされていたのか分からなかったけれど……。理事長が連れてきた精神科医のお二人は『ニューワールド』側からの接触を試みていたのよ。私は景子さんに頼まれて普段の渉くんの状況を気にしていたの」

「だから詩織先生は詳しかったのか」


 純也がそういうと詩織が頷いた。


「それでも変化がなかった。でも変化が起きたのは『ニューワールド』のシステムの崩壊。『ニューワールド』が崩壊して、彼はもう一人の自分に気づいた」


 一葉は顎に手を当てて確認するように呟いた。


「じゃあ、そのなぎって奴に気づいた今……アイツはこれからどうなるんだよ。」


 純也は三宅に率直に聞いた。


「これからが正念場だな……自分と向き合う。医療は薬物投与などで治療にあたる事はできる。しかし、自分自身との対話は赤坂くんにしか出来ないのだよ……」

「アイツは大丈夫なのか……?」

「……少し時間がいる」


 三宅の言葉は重かった。純也も一葉もあまりの現実に目を背けたくなった。

 彼の痛ましい真実、自分たちが彼の世界を壊してしまったようで。

 結局何が最善だったのか、解らなくなった。

 みんな一様に無言だった。

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