第32話 会遇

 渉はスマホからスクリーンショットで撮影した自分のアバターの画像を呼び出し、純也にスマホの画面を見せた。

 すると、純也は目を瞠ってスマホの画面に食いついた。


「へ? ロマンスグレーの髪にダークレッドのスーツって、アセロラ!? お、お前……」

「え!? 僕のアバターの名前知ってるんですか!?」


 渉はひゅっと息を飲んだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ……」


 それまで状況を静観していた藍子がスマホを取り出し操作すると、恐る恐る二人に向かってスマホを差し出した。

 渉と純也が覗き込むと、そこには茶髪のツインテールでワンサイズ大きい黄色のパーカーを着たレモンの画像が映っていた。


「レモン!」


 二人の声がハモった。

 すると今度は純也が制服のポケットをごそごそし、スマホを取り出した。


「え……ウソ、ちょっと……」


 表情を固まらせている藍子とともに純也が差し出したスマホを渉は覗き込んだ。

 背が高くツンツン頭で、武将のような甲冑風のスリムなブラックスーツのスキンの若い男性キャラクターが映っていた。


「カカオ! カカオだったんですね!」


 渉は目を瞠り弾んだ声で言った。


「え……こんな風に会っちゃうの、マジ!?」


 純也が渉と藍子を指さし、ぽかんと口を開けた。


「こんなことって……」


 藍子が呆然と呟くとからんからんとドアベルの音が鳴った。


「いらっしゃいませぇ……あら?」


 三人の傍にいた芦花が入ってきた客に声をかけた。

 そこにいたのは眼鏡をかけた泣きそうに顔を歪めた女性だった。


「あらあら、どうされたの? 一葉ちゃん?」

「芦花さん……」


 一歩一歩ゆっくりと歩みを進める一葉と呼ばれた女性は、駆け寄ってきた芦花の白いシャツをぎゅっと握った。


「ど、どうしよう……」

「一葉ちゃん、何があったの?」

「私の大事な居場所が……大事な場所が無くなっちゃったんです」

「大事な居場所?」

「はい……こんな私でも居させてくれた、たった一つの居場所だったんです」


 芦花が一葉の手の上に、安心させるように自分の手のひらを重ねた。


「大事な居場所ってどこなの?」

「それは……『ニューワールド』っていう……」


 そのワードを聞いて藍子と純也が顔を引きつらせた。


「いやいやいや……」

「ないない、それはないわー」

「あの、『ニューワールド』を知ってるんですか!?」


 渉は引き気味の二人を置いて、一葉と呼ばれた女性に近づいた。


「え……!? あ、あなたは……!?」


 渉を見た一葉が目を丸くして、ひゅっと息を飲んだ。


「あ、あの突然すみません。僕も『ニューワールド』をプレイしていて、もしかしたらあなたも『ニューワールド』のユーザーじゃないかなぁって」


 渉が自分でも珍しいくらい積極的に話しかけた。


「は、はい。私もやっています」

「もし良かったらどんなアバターか教えてもらってもいいですか?」


 一葉は戸惑っていながらも渉に対してこくりと頷くと、スマホを取り出し操作した。

 渉の前にスマホを差し出すと渉は目を見開き、大きな声で叫んだ。


「ブルーベリー! ブルーベリーじゃないですか! あの、ブルーベリーでしたよ!」


 一葉のスマホには青を基調としたノースリーブにロングスカート風ボトムスのコスチュームを身に着けた、クール系美人のキャラクターであるブルーベリーが映っていた。


 渉が藍子と純也に向かって振り向き、興奮した声で報告する。


「ほら、やっぱり」

「マジかよ、やべーな!」


 同じように目を見開いた藍子と純也がいるテーブルに、渉は強引に一葉を引っ張ってきた。


「あ、あのみなさんは……」


 一葉がおずおずと上目遣いで伺うと渉が嬉々として答えた。


「えっとこちらはカカオでこちらの女性はレモン。そして僕はアセロラです」

「へ……? ウソ……だって、違いすぎる……」


 一葉は驚きすぎてぽかんと大きく口を開けた。


「はは……確かに違いすぎる! みんな性格変えすぎ」

「あなたもでしょう?」


 純也の指摘に藍子が突っ込んだ。


「しっかし、マジで驚いた! こうやって会うなんてヤバイ」

「そうね。こんな偶然ありえないわ」

「でも、こうやって会えた。僕たちが会えたのは必然だったんですね」


 渉は感動して、腹の底からせり上がってくるのを感じた。


「ご、ごめん!」


 ぱちんと掌を合わせた音が鳴った。渉がふっと見ると純也だった。


「『ニューワールド』がおかしくなる前、オレが空気を悪くした。オレ、バンド組んでるんだけどボーカルのヤツが辞めるって言いだしてさ。ボーカルの力が大きかったからバンド解散の危機になってて、すげーイラついてたんだわ。みんなには関係ないことだし、『現実を持ち込まない』ってルールがあったのにそれを破った。本当にごめん!」


 勢いよくしゃべるとその勢いそのままに純也ががばりと頭を下げた。


「それを言うなら私も同じだわ。現実を持ち込んだ。仕事で希望していない異動を告げられて、結構ショックだったんだよね。それで私もイライラしてた。ごめんね」

「だ、だったら……私も同罪です。私は小説家になりたいんですけど、現実でやっていることはゴーストライターなんです。ホンモノの私は何もできないからニセモノでもいいと思ってたんですけど、本当の気持ちはそうじゃないみたいで……思わず小説のこと話してしまいました。すみませんでした」


 純也に続き、藍子と一葉も謝罪した。頭を下げた三人に動揺したのは渉だった。


「あ、頭を上げてくださいっ。こうやって会えたんですから。それにブルーベリーが耐えられない時もあると思うって言ってたし……。僕も心が狭かったです。ごめんなさい」

「渉くん……」


 同じように頭を下げた渉を見て、藍子がほぅと溜息を吐いた。


「うん。みんな悪かったということで仲直り。それでOK?」

「おう」

「はい」

「うん」


 藍子の言葉にそれぞれが頷き、微笑みあった。

 こうやって生身のホンモノとして会うのは確かに初めてだが、アバターを介して濃密な時間を過ごしていたためか、驚くほどスムーズに会話が進む。

 渉はこんなにコミュニケーションがはかどることに嬉しくなっていた。

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