第三章 まっさら

第30話 停止

「ん……」


 カーテンから陽が漏れているのか、薄暗かった部屋が徐々に明るくなっていく。

 意識が浮上した感覚に渉はうっすらと目を開けた。渉はぼんやりとする頭を振って周りを見渡した。


「あれ……僕、寝てた……?」


 渉は自分の置かれている状況を把握した。暖房が効いている自分の部屋にいる。

 そして、どうやら自分の机の上に突っ伏してそのまま一晩を明かしてしまったようだった。

 パソコンのモーター音がほんのわずかだが聞こえ、自分のパソコンの電源が落ちていないことを知る。


「そうだ、パソコン!」


 はっと意識がはっきりとした渉はパソコンのキーボードを叩いた。

 モニターに映っているのは真っ黒な画面。そして、そこに小さく『system error』と表示されていた。


「これ、『ニューワールド』の画面だよね。何で動かないの?」


 何とか動かそうと焦る気持ちを抑えつつ、『ニューワールド』のアプリを再起動しログインするもするも真っ黒な画面が映った後、強制終了してしまい先に進まない。

 何度か操作してもみても結果は同じだった。

 渉がネットで検索してみると、『ニューワールド』が夜半過ぎにシステムエラーが発生したせいで、ログインしても強制終了してしまう状況が発生しているらしいと分かった。

 翌朝になっても状況は改善しておらず、『ニューワールド』のユーザーたちがそれぞれSNSアプリで呟いており、さながら阿鼻叫喚の状態であった。


「何で……!?」


 渉は声に出してふと思い出した。昨日の夜『ニューワールド』でプレイしていた時のことを。

 ずっと同じシェアハウス・ビタミンの住人だったのに、実は一度も顔を合わせたことがなかったライチと初めて顔を合わせた。

 これまでは行き違いばかりで、シェアハウスにある掲示板で会話のやり取りを少しだけしていた。

 それでもシェアハウスを美しく保ち、仲間たちを快適に過ごさせてくれていたから感謝していたのだ。


「そうだ……ライチが……!」


 渉はライチがおしまいと言い、システムを破壊したと言ったことを思い出した。

 まさか昨日の夜にライチが起こしたあの状況が、この強制終了が起こるシステムエラーの発生を呼び起こしたのではないかと頭をよぎった。


「まさか……?」


 渉は顔面蒼白になり、わなわなと唇が震えた。

 その時、机の上に置いてあったスマホがぶるりと震え、ちかちかとライトが点滅した。

 渉はぱっと取り画面を確認すると、見慣れぬアドレスからメールが届いていた。渉は画面を操作し、メールアプリを開いて中身を確認した。






 件名:『ニューワールド』のシステムエラーの件


 ――――――


 赤坂渉 様



 いつもお世話になっております。

 データマーク社・『ニューワールド』チームの黄木藍子と申します。

 初めまして。

 私は『ニューワールド』のメインプログラマーをしています。


 未明より発生しているシステムエラーの件で、連絡させていただきました。

 もし『ニューワールド』をプレイしていましたら、すでに確認されているかもしれません。

 当社でシステムエラーの復旧に全力を尽くしておりますが、まだ改善するには程遠い状況で、

 もしよろしければ力を貸していただきたいのです。


 学校があることも重々承知の上で連絡しております。一度ご連絡いただけますでしょうか?

 お手数ですが、宜しくお願い致します。






 渉はメールの内容に目を瞠った。

 送ってきたのは恐らく、先日遅れてくる予定だったプログラマーの女性だと推測する。

 渉は素早く指を動かして、スマホにフリック入力で黙々と文字を打ち込み始めた。

 ぜひ協力したいこと、どこに行けばいいのか時間は何時なのかなどを書いたメールを、黄木藍子という社員あてに返信した。

 すると、あまり時間を置かずにメールが返ってきた。

 メールの内容は、協力への感謝と待ち合わせ場所についてだった。

 学校を抜け出させる時間があれば来てほしいと、近くにある古民家カフェ・芦花を指定してきた。

 そこなら知っている場所だ、と渉は二つ返事で了承し、またメールを返信した。

 渉がスマホで時間を確認すると午前七時をとうに回っていた。


「ヤバ、遅刻するっ」


 渉は慌てて学校へ行く支度を始めた。

 それにしても、ライチとは一体何者なんだろうか?

 このシステムの破壊を渉の望んだことだといった。

 自分はそんなこと何も望んでない。

 どうしてそんなことを言ったんだろうか……渉は眉根を寄せた。

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