第26話 赤坂渉の場合 <情報>
あれ、ここは……?
意識に靄がかかっている感覚がある。
自分がどこにいるか確認するために目を凝らそうとするが、霞がかってよく見えない。
多分学園の中にいる気がする。
移動しようとするが体がふわふわしていて、歩いているのに地に足がついていない感覚がある。
何だ、コレ……? 渉は内心不安になりながら歩を進めた。
すると霞の奥から建物が見える。学校の中でも規模が小さく古めかしい旧棟だ。その廊下を歩いている。その中で明かりがついている部屋がある。
渉はふらりと引き寄せられるようにその部屋に近づき、窓から部屋の中を覗いた。窓の近くには医療用の簡易ベッド。
その奥には、誰かいる。
二人ほど大人の男の人がいるような、それと制服を着た……女の子?
椅子に腰かけた後ろ姿。その人の目の前にはノートパソコンがあり、かたかたとキーボードを打つ音が断続的に聞こえてきた。
何でこんなところに?
渉は霞を払おうと目を擦って、よく見ようと身を乗り出した。
その時、ぱっとその人は振り返り口を開いた。
――見つけてくれた……?
「あ、れ……?」
ふと意識が浮上するのを感じて渉は体を起こすと、そこはベッドの上だった。
少しブルーがかったカーテンの壁で覆われているのを認識すると、そこが保健室のベッドであると分かった。
また倒れたたんだな、と渉は気が付いた。
渉は幼い頃から体が強い方ではないが、高校一年生になってから時折立ち眩みのようなものを起こし、気が付くと保健室にいたりする。
保健室の先生に状況を聞くと、倒れている渉に気が付いた人が保健室に連れてきてくれているらしい。
それが何度かあり、誰かは分からないがいつもお礼を言い忘れていることが気掛かりだった。
でも、僕見たよね。倒れる前に……脳裏に映像がフラッシュバックする。
とても大事な情報を得た気がする。
キーンコーンカーンコーン……
授業終了のチャイムが鳴った。つられるようにスマホで時間を確認すると四時間目が終了した時間だった。
「ヤベっ……今日俊輔と約束してた」
今日渉は俊輔と一緒にお昼を食べようと、学校のカフェテリアで待ち合わせをしていたのだ。
慌ててベッドから降りてカーテンを開ける。
保健室の先生に挨拶したかったが不在だったため、悪いなと思いつつも急いで保健室を出た。
渉が向かった学校のカフェテリアは、天井が磨りガラスでできたドーム型が印象的な建物だ。カフェテリアに到着すると今日も多くの生徒で賑わっていた。
渉は先に昼食を購入し、辺りをきょろきょろと見まわした。
「渉、こっちだ」
「あ、俊輔」
探し人は渉を見つけて手を振ってくれた。
渉は俊輔がとっておいてくれた席に急いで移動すると、彼はすでに弁当を広げて食べていた。
「ごめん、遅くなった」
「いいよ。四時間目終わるのが遅かったとかだろ?」
「……ううん、保健室にいた」
「渉、また倒れたのか? 最近回数増えてないか?」
「そうかな?」
「この間倒れたばかりじゃん」
そうかもしれない、と渉は思った。
「大丈夫かよ?」
「多分?」
「多分って……。渉、あのこと気になりすぎてんじゃねーの?」
「だから今日俊輔と話したかったんだ」
クラスの違う俊輔と昼休みに会う約束をしたのは、以前相談したことに関して進捗を話したかったからだ。
「あのさ、色々調べてたんだけど……」
弁当を食べている俊輔に向かって、渉は神妙な面持ちで顔を寄せた。
「何?」
「……さっきの時間に見ちゃったかもしれない」
「見た? 何を?」
「うちの学校のどこかに生徒が閉じ込められているっていう噂話があるって話しただろ? 僕、倒れる前にどうも旧棟の近くに行ってたみたいなんだよね」
「旧棟? 何でそんなところに向かったんだ?」
「倒れる前の授業が移動教室で旧棟を横切るからだよ」
「なるほど?」
「でさ、多分昔の保健室だと思うんだけど、そこに女子生徒がいたんだよ」
「は? あの学園七不思議的な話、マジだったの!?」
俊輔が弁当を食べる手を止め、目を丸くした。
「それにどうも大人の男の人が二人いたっぽいんだよね。あの二人組じゃないかなぁ」
「マ、マジかよ……ってか、ぽいって何だよ?」
「いつも倒れる前後の記憶があやふやだから断言できないんだよ」
「でも、見たんだな?」
「見た……と思う。こんなこと理事長の母さんが放っておくとは思えなくて。きっと何か事情があってあの二人組に逆らえないんだと思うんだ。兄さんが居ない今、僕がなんとかしなきゃいけないだろ?」
「理事長のおばさんが逆らえない人間か……一体その二人組は何者なんだろうな? それにどうして生徒を閉じ込めているんだろう……」
俊輔が腕を組み、何かを考えるように宙をじっと見つめた。
「とにかくおばさんもその生徒もなんとかする必要があるのかもな」
「うん。引き続き協力頼むな」
「おう」
俊輔が短く返事をして再び食事へと戻った。渉は自分の分の食事を空にし、給茶機から予め注いでいたお茶を啜った。
「渉、そう言えば『ニューワールド』のことどうしたんだよ? データマーク社と話し合いの途中に出て行ったって言ってただろ」
弁当を食べ終わり片づけをしながら俊輔は言った。渉は眉尻を下げた。
「え……ああ、うん」
「渉にしては珍しくね? 出て行くなんてことしなかっただろ?」
「うん……僕がわがまま言ったから」
「わがまま?」
「著作権を譲って欲しいって話だったんだけど、やっぱり『ニューワールド』は僕にとって愛着があって、待って欲しいって言ったんだよね」
「そりゃ愛着あるだろ。渉がどんだけ楽しそうにしてるか、おれずっと見てるからな」
「楽しそうにしてる?」
「気づいてないのかよ?」
「いや、他人が見てもそういうんだなと思って」
「『ニューワールド』のこと大事にしてるだろ。そんなこと今更だろ」
俊輔の誠実な声音に渉は胸が震えた。
自分の心の内を認められたような気がして。
勇気を出してもいいのかな、渉の内からそんな気持ちが顔を出した。
「でも、子供の僕が気付かない大人の間で大事なことがあっての話なら、迷惑をかけてしまったなって……」
渉はそっと目を伏せた。
あの打ち合わせから母とはまともに話していない。
きっと怒ってるんだろうと渉は推測している。
「じゃあ渉は『ニューワールド』のことどうするつもりなんだよ?」
「僕は……」
渉が言い淀んでいると、キーンコーンカーンコーンと五時間目の予鈴が鳴った。
「もう昼休み終わりか」
俊輔はかたりと席を立った。
「……俊輔ごめん。今日は一緒に帰れないや」
「どした?」
「学校が終わった後、データマーク社の人と打ち合わせなんだ」
「そっか。渉、言いたいことは言えよ」
心配そうに顔を覗き込まれて、渉はへらりと笑った。
「ありがとうな、俊輔。僕、これ返してくるから」
「先に行っとくな」
「うん」
渉も俊輔と同じように席を立ち、トレイをもって返却口へ向かった。
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