第23話 黒沢純也の場合 <危機>
「マジか……」
純也は自室のパソコンの画面をじっと見つめて、ごくりと唾を飲み込んだ。
夕飯を食べた後、学校から出された面倒な宿題を終えて、動画編集でもしようとパソコンを開けた。
そしていつも通りに動画サイトを開いたのだが、目の前に信じられない光景が広がっていた。
一週間ほど前、いつも動画を上げている純也のバンドのチャンネルに、先日詩織からもらったアドバイス通り作った動画を上げた。
手ごたえを感じていた動画は上げた当初、再生回数が勢いよく伸びて初めて一万回に乗った。それまでの再生回数は多くて千回ほどだったのでバンド初の快挙だ。同じ部内でもこの数字をたたき出したバンドはないだろう。
それに驚いた純也は、次に試しにボカロ曲を演奏した時に撮った動画をもう一度同じように編集して、動画サイトへアップした。
ボカロ曲の選曲が良かったのもあったのかもしれないが、やはり伸びた。
調子に乗った純也は繰り返し動画を編集してサイトに上げた。ついでにアイコンをカッコいいロゴを作って差し替え、ヘッダーもライブの演奏シーンの画像ではなく、バンド仲間の仲がよさそうに見える画像に変えてみた。
そして今晩、最初に詩織からのアドバイス通りに編集した動画が、十万回の大台に乗っていたのだ。
パソコンの画面を思わず二度見した。
それから純也は、は? それだけで? と最初は面食らったが、じわじわと嬉しさが込み上げてきた。
十万回、十万回だぞっ、やべーだろ、ヤバすぎだろ!
その事実をきちんと認識し始めると、純也は興奮し足をジタバタさせて、机の角に小指をぶつけて声にならない声を発してしまった。
痛みに耐えながらやった、と初めて手ごたえを感じた。
ぶぶぶ、と机の上に置いていた純也のスマホが鳴った。
確認すると、SNSアプリにバンド仲間からのメッセージが数件届いている。
仲間達からは驚きの声と、テンションの上がっているスタンプが送られてきていた。
「そりゃあ、テンションも上がるよなー。実際やべーもん、コレ」
純也はスマホを片手ににやにやしながら、『ニューワールド』のアプリを開きログインした。
はやる気持ちを抑えられず、早速チャット画面を開きメッセージを打ち込んだ。
@カカオ
俺、『ニューワールド』だけじゃなくて、コッチの世界でも結果出しました。マジ見てほしーわ。
純也は打ち終わると満足げにその画面を見つめた。
シェアハウスの仲間達はなんて言ってくれるだろうか。
純也はにやけてしまう表情を止められなかった。
* * *
数日後、軽音楽部が使用してる第二音楽室に、FAKEのバンドメンバーと授業終わりに集合し今日も練習に明け暮れる。
冬の寒さが衰えることはないが、純也たちの心は熱く燃えていた。
軽音楽部の定期ライブの予定は一ヶ月後にあるが、動画サイトの調子の良さを見るとファンが増えて、学外からも多くライブを見に来てくれそうだ。きっと部内で一番の観客数をたたき出すだろう。
それを確実にするためにも、さらに動画を投稿するべきだと思った純也は撮影の準備をしていた。
純也はスマホを用意し三脚を立ててそこに乗せた。カメラの角度をしっかりと確認することも大切だ。
勉強そっちのけで没頭している純也の動画編集技術も、メキメキと腕が上がっていった。
「おー、今日も動画再生されてるじゃん」
「マジ数字伸びるから、毎日見てても飽きねーわ」
「それな。オレも飽きねー」
「黒沢、やったな」
「あざっす。男、黒沢やりました」
スマホで動画を確認していた中野と町田からの賞賛に、純也はおどけて答えた。
「ホント、コレ上手く編集しているよな。クラスの女子も褒めてたし」
「池上のイケメン具合が男からしたらイラつくけどな」
「それな。でも、女子たちにはマジでウケてた」
「女ってわかんねー」
中野が頭を掻き、町田がげらげらと笑った。
「そういや、動画に貢献したイケメンボーカル様はまだ来てねーのかよ?」
「なんか用事があるって遅れてくるらしい」
純也の疑問に町田が答えた。珍しいなと純也は思った。
池上はバンド活動が好きだし、このバンドのリーダーを担っていることもあるから、ほとんど部活に遅れたことはなかったのだ。
「補習か?」
「しらね」
「しゃーねーな。オレらだけで練習しておくか」
純也はギターを手にして中野と町田に声をかけると、おうと二人が返事した。
それぞれがライブ用の曲を練習していると、第二音楽室のスライド式の扉が開いた。
「すまーん。遅れたぁ」
間延びした声で池上が入ってきた。制服のブレザーを少し気崩してへらへらと笑っている。
「池上、おせーよ」
「お前、補習?」
「だったらごまかすなよー」
中野と町田が茶化すと池上がねーよ、と笑った。
「森下センセと授業終わりに話し合っててさ。大事な話だったから」
「何の話だよ?」
森下先生とは軽音楽部の顧問だ。顧問の先生と何を話してきたのか、純也は訝しげに池上を見た。
すると、先ほどまでへらへらしていた池上の双眸にぎらりと力が入り、純也たちを射抜いた。
「お前らには悪ぃんだけどさ……オレ、バンド辞めるわ」
「は?」
その声は誰だったのか、中野と町田はぽかんと口を開け、純也は驚き目を瞠った。
「池上、何言ってんだよ? 冗談キツイ」
「ごめんな、冗談じゃない。ってか部活自体を辞める」
「なんだよ、ソレ!?」
池上の爆弾発言にどういうことかと純也たちは混乱した。
「動画がバズってこれからって時に何言ってんだよ!?」
動画のことでみんなで盛り上がっていたはずだ。
これを足掛かりにメジャーデビューを目指すハズだったのになぜ……?
純也は怒りが込み上げてきた。
「オレさ、音楽事務所から声かかったんだよね。森下センセ経由で」
「は? どういうことだよ?」
純也は苛立ちを隠さず、池上を睨みつけた。
「黒沢が作ってくれた十万回再生された動画を、声をかけてくれた音楽事務所が見たらしくて、ビジュアルも込みだけどオレの声に才能を感じたんだって」
「マジか……」
池上は確かに甘いマスクのイケメンだし、体全体が鳴っているような迫力のある声、広い音域を難なく響かせることができる歌唱力を持っている。
純也も軽音楽部でバンドを組む前に池上の才能に惹かれて、一緒にバンドをしようと誘って組んだのだ。
「それで、たまたまその音楽事務所が森下センセの知り合いの人がいる事務所で、センセに直接連絡くれたみたい」
「今日遅れてきたのは……」
「その話をしてたんだよ。だから、大事な話って言っただろ?」
「……オレらの……オレらのことは何か言ってなかったのかよ……?」
「別に何も。森下センセからは何も聞いてねーよ」
やっぱり、そうか。
純也はぐっと奥歯を噛み締めた。恥を忍んで聞いたが、実際にそう言われると打ちのめされる。
もしバンドごとって話であれば、最初からバンドメンバー全員が先生に呼ばれるはずだ。そうじゃないことを現実が突き付けている。
「メジャーデビュー……すんのかよ?」
「するよ。事務所も動いてくれるし、オレはそのためにこれからレッスンに通わなきゃいけねーし。ここでバンド活動なんてしている時間がねーんだよ」
池上は目を爛々とさせてこれからのことを語る。そこに純也を含む三人はいなかった。
ズルイ。一人だけ夢を叶える。
四人で頑張ってきたんじゃないのかよ、と純也は縋りつきたい気持ちが湧き上がってきたが、実際にそんなことをするのはプライドが許さなかった。
「お前らにはすげー感謝してる。バンドを今まで真剣にやってこれたし、このメンバーじゃなきゃオレは歌えなかった。それと特に黒沢。黒沢の神動画編集がなかったら、オレのメジャーデビューはまだ遠かったと思う。これはオレにとっては乗っかるべきチャンスなんだ。分かってくれるだろ?」
羨ましい、心底。
純也はそんなセリフを吐いてみたかった。
みんなで同じだけ頑張ってきたのに、神様はチャンスを一人にしか与えなかった。
チャンスを掴めなかった、与えられなかったオレ達はどうなるんだろうか。純也に足元がふらつくような感覚が迫った。
「……お前、バンドのリーダーだろ? オレたちのバンドは……どうなるんだよ?」
「FAKEだろ。名前の通りニセモノだったってこと」
池上は軽い調子でそう言った。
……ニセモノだなんて、ヒドいな。
純也は右の拳をぎゅっときつく握りしめた。
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