第20話 『ニューワールド』 <不穏>
「アセロラさん、ありがとうございます! 俺はこう見えて料理は得意なんですよ。お洒落なカフェ料理も結構いけるんです。伯母さんに仕込まれましたからね」
「伯母さん……?」
意気揚々と語るカカオにアセロラは眉根を寄せた。
「そうなんだ。レシピが凝っててヤバかった! アタシ、小説を書いているのに言葉では表現できないくらい美味しくて。語彙力失ってた」
「そんなに褒めても何も出ませんよ、ブルーベリー」
「本当のことじゃん。今、私が書きたいと思ってた小説を仕事とは別で書いているんだけど、飯テロ小説も書きたくなってきちゃったなぁ」
「小説……」
ブルーベリーの言葉にアセロラが目を眇めた。
かさりと芝を踏みしめ、アセロラがカカオとブルーベリーに向き合った。
「カカオ、ブルーベリー……それは一体誰のことなんだい?」
低く唸るような声だった。発したのはアセロラで、二人は今まで聞いたことがない声音に肩をぴくりと跳ねさせ驚いた。
近くにいたレモンも驚き、三者三様に視線を向けると、怒りと悲しみに顔を歪めたアセロラがそこにいた。
「アセロラさん……?」
カカオはきょとんとしてアセロラを見ているが、ブルーベリーは背筋がゾッとした。
「あ、アセロラさん……これは、その……」
「……すまない。私は戻る」
「アセロラさん!」
焦ったブルーベリーがアセロラを引き留めようと叫ぶが、モダンハウスのリビング・ダイニングルームに向かうアセロラの歩みを止めることはなかった。
「お話は済みましたか?」
急にムーンに声を掛けられ、三人はぱっと振り向いた。
「仲間割れですか? こんな時に?」
「仲間割れなんかしてねーし」
レモンがぎっと睨みつけるが、ムーンは面白そうだと言わんばかりの表情をして三人を見ていた。
「そうですか? 我々はどちらでも構いませんが。いい反応をいただきましたし」
「何言ってんの……? 次はそっちの番よ。さっさと料理を出しなよ」
レモンが威勢よく言い放つがムーンはくすりと笑った。
「そうですね。しかし、素晴らしい料理の数々で、我々は大人しく負けを認めるしかありませんね」
「アンタたち……!」
レモンがはっと目を大きく見開いた。
ムーンの隣にいたブリッジがサブマシンガンを三人に向かって構え、威嚇をしていた。
「最初からバーベキュー対決をする気はなかったということですか?」
カカオも腰のホルダーからショットガンを抜き、ムーンとブリッジに向かって銃口を向けた。
「そんなことはありませんよ。ただ頃合いかなと思いまして」
言葉を途切れさせるとムーンとブリッジが後ろへ跳躍し、砂浜の方へ着地する。レモンも同時に素早く動き、ショットガンの銃口を向けた。
その時、何かがきらりと光った。
ちゅどどどどどどどんんんんーーっ
腹の底に響く爆発音が響き渡った。砂浜に着弾した弾が勢いよく砂埃をまき散らした。
「誰だ!?」
間一髪で避けたブリッジが叫ぶ。
「あらあら。しっかり狙ったつもりなんですけど外してしまいました」
「ライチさん!」
モダンハウスの玄関の近くに、ロケットランチャーを構えたライチがいた。ロケットランチャーから硝煙が立ち上り、放ったのがライチだと分かる。
「ライチさん、いつの間にいたの!?」
「びっくりするじゃないですか!」
「相変わらず顔に似合わずゴツイ武器を扱ってるじゃん」
チーム・ビタミンのメンバーは三者三様にライチに声をかけ、ライチのもとに駆け寄った。
「カカオさん、レモンさん、ブルーベリーさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。誰もケガもしてませんよ」
カカオが安心させるようにライチに報告する。
「相手側がバトルのルールを守っていないみたいですから、お仕置きしなきゃと思って」
ふふ、と花が綻ぶようにライチが笑った。
「お仕置きでロケットランチャー……」
「ライチさんの思考回路がわかんない」
ブルーベリーがロケットランチャーを指さしながら戦き、レモンは遠い目をした。
「あなた方は先日もこのシェアハウスにいらっしゃったようですが……何が目的ですの?」
ライチがムーンとブリッジを見据えて、砂浜に向かって歩き出した。
「目的ですか? こうやってバトルを申し込んだだけですが」
「バトルのルールを守る気もないのに?」
ライチは身に纏っている白を基調とした聖職者のローブが砂埃で汚れるのを厭わず、二人に向かって歩みを進める。
「そんなことはありませんよ。チーム・ビタミンの料理が素晴らしいかったため、負けを認めるしかなかったのです」
「本当かしら?」
「意外と疑り深い方のようだ。バトルは我々の負けです」
ムーンがはっきりと告げると、チーム・ビタミンの側に軽快なファンファーレが鳴り響き、『BATTLE WIN』と空間に派手なネオンに彩られた文字が現れた。
この団体戦バトルの勝者がチーム・ビタミンであると確定した。
「これでバトルは終了です。我々は退散いたしましょう」
いつの間に用意していたのか、闇夜に紛れてホバーバイクがモーター音を響かせながら降りてきた。辺りに砂埃をまき散らせながらふわりと着地する。
その車体にムーンとブリッジが乗り込んだ。
「え、ムーンさん帰っちゃうんですか!?」
ブルーベリーが目を丸くして慌てて砂浜までやってきた。
「ブルーベリーさん、ありがとうございました。これで我々は失礼します」
「ええぇぇ~、そんなぁ」
風の力を借りてふわりとホバーバイクが浮き上がる様を、眉尻を下げたブルーベリーが残念そうに見上げた。
夜空に向かって高度をぐんぐん上げていくホバーバイクは、やがて満月の方角に向かって走り去って行った。
「とりあえず勝ったということで。俺たちにバトルポイントが加算されましたね」
カカオが身に着けていた腕時計型のウェアラブル端末でポイントを確認すると、バトルポイントが加算されたことで四位のチームとの差が開き、二位との差が僅差になった。
「うーん。戦った気がしない」
レモンは頭をぽりぽりとかきながら、物足りなさそうに呟いた。
「まあまあ。今度バトルイベントがありますし、レモンがそこで思う存分暴れたらいいんですよ。二位浮上のためにもエントリーしておきましょう。ブルーベリーもいいですね」
「うわーん」
「泣き方ウザっ。ブルーベリーのことは放っておこ。ライチさんもそれでいいよね?」
レモンに話を振られたライチはこくりと頷いた。
だが、夜空から視線を外さず目を眇めていた。
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