第19話 『ニューワールド』 <対決>

 南国の夜空にぽっかりと満月が浮かんでいた。


「レディースエーンドジェントルマーン! お待たせ致しました! 只今より団体戦バトル・バーベキューバトルを開催したいと思います!!」


 白いモダンハウスの立派な庭で、テンション高くマイクを持ったカカオが叫んだ。

 それと同時に『BATTLE START』と空間に派手なネオンに彩られた文字が現れた。バトル運営事務局の認定バトルの際には必ず現れるものだ。

 チーム・ビタミンはムーンとブリッジの二人組による団体戦バトルが幕を開けた。

 会場はシェアハウス・ビタミン自慢の気持ちの良い芝の庭だ。日中なら透明度の高いマリンブルーの海があり素晴らしい景色が見えるのだが、夜は夜で家々の明かりや街灯、月明かりに照らされた海と白い砂浜も幻想的で美しい。


「カカオ、テンション高いじゃん。どったの?」

「バトルを盛り上げようと思ったら、普通に出た声ですよ」


 レモンがにやにやしながら突っ込んだのに、さらに上を行くにやついた顔でカカオが答えた。


「何、カカオ……機嫌良すぎてめっちゃコワイんだけど」

「自分が用意したバーベキュープランに酔ってんじゃないの?」


 レモンの隣にいたブルーベリーが耳の穴をほじりながら、興味なさそうに言った。


「はっはっはっ。いいじゃないか。カカオが頑張って用意してくれたんだろう?」


 アセロラが豪快に笑って、バトルの準備をし始めたカカオを目を細めて見つめた。


「ライチさんにレシピの相談をして、材料を揃えるのも手伝ってもらったって言ってたけど」

「え、マジ? 何ソレ、実は殆どライチさんの力じゃないの?」


 レモンの指摘にブルーベリーが心底呆れたといった表情で溜息を零した。


「そのライチさんはどったの?」

「さあ? 多分シェアハウスの中にいると思うんだけど」

「はっはっはっ。ライチの手を少し借りるくらいいいじゃないか。カカオは自分一人の力で必ずやってくれる男だ。さあ、そろそろバトルを始めるとしましょうか」


 アセロラが指さした先にはムーンとブリッジが佇んでいた。


「お招きいただきありがとうございます。勝たせていただきますよ」

「負けるわけにはいかないんでね」

「はっはっはっ。バトルに勝つのは我々チーム・ビタミンだ」

「お手柔らかにお願いしますよ」

「ムーンさーん! カッコイイ!! 頑張ってー!!」

「ブルーベリー、どっちの味方よ……」


 バトルの口上を述べあっている緊張感が漂うシーンにブルーベリーののんきな黄色い声が飛び、レモンは額を押さえた。


「では、早速チーム・ビタミンのバーベキューを披露させてもらいましょうか!」


 カカオが庭に用意した大きめのテーブルを手を広げて披露した。そのテーブルの上には様々な料理がすでに並んでいた。美味しそうな香りが面々に届く。


「うわぁ、美味しそう!」


 きらきらと瞳を輝かせたブルーベリーとレモンが素早くテーブルに駆け寄った。


「さて、前菜から食べてもらいますね。前菜はメイソンジャーサラダです!」


 カラフルに野菜が詰められているガラス製の密封容器をそれぞれの前に置いた。ニンジンやキュウリ、コーン、赤や黄色のパプリカ、レタスと言ったカラフルな野菜が縞模様を作り出し、特に女性の心を掴む。


「ヤバイ! これは映える!」

「これはお洒落で……うん、美味い」

「ふわうぐんむしゃ」


 レモンはガラス容器を手にしてくるくると回しながら嬉しそうに見つめ、早速一口食べたアセロラが料理を褒める。ブルーベリーはサラダで口の中をいっぱいにしていた。


「魚介の料理を用意しておくので、次はベーコンとごろごろ野菜のコンソメスープを先に召し上がってください」

「スープですか」


 カカオが既にスープを注いでいたカップをムーンに手渡すが、カカオがあっと小さな声を上げてカップを取り損ねてしまった。地面にぱしゃりとスープがこぼれてしまう。


「何をしてるんだ、ムーンは」


 やれやれと肩をすくめたブリッジはしゃがみ込み、テーブルの下までこぼれたスープの処理をし始めた。その時、ブリッジは腰に下げていたウエストポーチからすっと四角い物体を取り出し、テーブルの裏に仕掛けた。


「すみません、せっかくのスープを」

「ムーンさん、大丈夫ですか!? ヤケドとかは!?」

「ブルーベリーさん、大丈夫ですよ。ご心配をおかけしました」

「すみません、俺もちゃんと手渡せばよかったですね」

「いいえ、私の不注意です」


 うるさく喚くブルーベリーをあしらいながら、ムーンはすまなさそうに謝るカカオに笑顔で答えた。


「改めてどうぞ」


 再びカップに注いだスープをカカオがムーンに渡した。カップからは湯気が立ち上りいい匂いが漂ってくる。


「これは美味しい。バーベキューにスープは考えていませんでした」

「ありがとうございます」


 皆がスープに舌鼓を打っている頃、カカオがバーベキューグリルで魚介を焼いていた。


「ほう。これは……」

「サーモンとエビのハーブグリルですよ、アセロラさん」


 どうぞ、とカカオはトングで、綺麗に焼き目が入った焼きたてのサーモンとエビを皿に乗せてアセロラに手渡した。ハーブの良い香りがアセロラの鼻腔をくすぐる。


「いいじゃないか。ヘルシーで、それでいて美味い」

「弱火でじっくり焼いたんですよ。魚介本来の味が引き出されていると思います」

「カカオやるじゃん」


 アセロラの隣でもぐもぐと口を動かしていたレモンが、心底感心したように呟いた。


「これからがメインですよ! ダッチオーブンで焼いた丸鶏のローストチキンに、みんな大好き特上牛のステーキです!!」

「肉、肉!!」


 ブルーベリーが涎を垂らさんばかりにカカオに近づいた。

 そのブルーベリーの目の前でカカオは丸鶏のローストチキンにナイフを入れた。切れた傍からじゅわっと肉汁が染み出だし、ブルーベリーの視線を奪った。


「肉汁、ヤバ……!」

「南地区で一番有名な精肉店で仕入れました。特に鶏肉は下味をしっかり漬け込んでいたので美味しいと思いますよ」


 切り分けた料理を人数分の皿に盛り付ければ、一目散に皿に飛びついたのはブルーベリーだった。

 ブルーベリーがローストチキンを勢いよくフォークで突き刺しチキンを口に運ぶ。口の中でほろりとほどけ肉汁がじわっと広がった。


「ん!? んーーーーーーーっ!!」


 ブルーベリーが目を極限まで大きく開き、頬を押さえた。


「ナニコレ、美味しい! 何か色々言いたいけど語彙力奪われる!」

「そうでしょう、そうでしょう」


 カカオは胸を張り、うんうんと頷く。


「これはなかなか食べられない極上の味だな」

「素晴らしい腕をお持ちですね」


 バトル相手であるムーンもブリッジもローストチキンとステーキを頬張り、満足そうに顔を緩ませた。


「あなた方には申し訳ないですが、チーム・ビタミンは俺の料理でほぼ勝ち確です。ダメ押しにもう一品どうぞ」


 カカオは耐熱手袋をし、スキレットを持ってテーブルに持ってきた。


「カカオ、それって……」

「パンケーキです」


 スキレットにはパンケーキが焼かれていた。カカオはスキレットをテーブルにセットし、綺麗に焼き色が付いた熱々のパンケーキにバターを乗せるとすぐに溶け出し、カカオがその上から蜂蜜をたっぷりかけた。

 甘い香りがブルーベリーとレモンの目をくぎ付けにし、手のひらに皿を乗せてカカオの両脇を固めた。


「カカオ様、どうぞこのブルーベリーにパンケーキのお恵みを」

「ウチにはブルーベリーより大きいパンケーキをください」

「ア゛!? ふざけんなよ、レモン!」

「ムーンが見てるけど、大丈夫?」

「あは☆ パンケーキ美味しいな」


 柄の悪さを即座に隠し女の子らしく振る舞うブルーベリーに、レモンはやれやれと肩をすくめた。


「はっはっはっ。これは勝負あったな。どれも美味しくて目も楽しませてくれた料理だった。これ以上の料理は出てこないだろう。カカオ、素晴らしい才能だな」


 アセロラはカカオの肩をぽんと叩き、満足気に笑った。

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