第49話
さて、ティアナの社交界復帰の前に決めなければならないことが残っている。ロバートとアマンダの処遇だ。アマンダとティアナを会わせたくないと渋っていたウィルバートは、ティアナが物理的な面はもちろん、精神的にも嫌な目に遭うのではないかと案じていた。処分が決定するまではまだアマンダは公爵令嬢である。物理攻撃なら攻撃を受けそうになった時点で騎士がすぐ助けに入れるが、精神攻撃に至っては会話に口を挟める身分の者が同席するしか現時点では防ぐ手立てはない。だから、ウィルバートは自分が同席することをティアナに無理矢理にでも同意させたのだ。
ウィルバートはアマンダに外の情報を一切知らせないように指示していた。ティアナに関することは特に。本当は会わせずに済ませたかったが、ティアナが会いたがることは予想の範囲内だった。それでなくともティアナを虐めていたアマンダである。ティアナの名誉が挽回され、今や女神と崇められていることを知れば、二人が面会することになった時に危険だということは明白だった。
実際、ウィルバートも小説の制作に関しては話を聞いてすぐ許可を出し、それだけではなく積極的に協力もしたが(外堀を埋めて囲い込めるかと思ったため)、まさかここまで反響があるとは思っていなかった。もはや社会現象といえるほどに成長してしまった。世間はティアナが初恋を叶え、フランネア帝国の皇后となることを熱望している。ウィルバート的には非常に嬉しい展開となったが、ティアナに自分との結婚を強いることはしたくないという気持ちは変わっていないため、少々悩ましい状況でもある。
とりあえずは、今日のアマンダとの面会を何事もなく無事終わらせることが喫緊の課題であるので、ウィルバートは気を引き締めて臨む所存である。そして今日もランドールに書類仕事を全部押しつけてきた。地味な復讐はまだ終わっていないのだ。
ティアナはブランシュのみんなが心を込めて仕立ててくれた戦闘服というには美しすぎるドレスを見にまとい、宮殿の廊下を歩いていた。横でエスコートするための腕を貸してくれているウィルバートは、普段より緊張した面持ちに見える。ティアナの後ろをついてきてくれているのは、もちろんティアナが全幅の信頼を寄せている護衛のサミュエルである。今日はウィルバートも一緒なので、フィリップ以下近衛騎士たちもサミュエルと同様に主人の後ろを歩いていた。
長い廊下を幾度も曲がってたどり着いた貴賓室にアマンダは軟禁されていた。宮殿の貴賓室なので、それはそれは豪華な部屋で、当然専属の侍女もついている。それでも、生まれた瞬間から長い間、フランネア帝国の貴族で二番目に貴い女性として傅かれていたアマンダには非常に屈辱的な扱いだったらしい。
平民として多くの時を過ごし、ルスネリア公爵家でも使用人部屋を与えられていたティアナにはアマンダの気持ちは理解しようがないので想像するしかなかったが、それでもこの部屋で生活できていても不満があるなんて、と首を傾げたくなるほどの好待遇であるように見えた。
「いつまでこんな部屋に閉じ込められていなければならないの! 早くウィルバート様に会わせなさいよ! 私を誰だと思っているの!」
アマンダの居室にたどり着き、取り次ぎを頼んで待っているわずかな間、中からイライラを隠せない様子のアマンダの声が聞こえてきた。
「アマンダ嬢は自分がなぜ軟禁されているか理解していないのでしょうか?」
「うーん、頭で理解はしていると思うけど、心が受け入れ難くて、都合の良い方に解釈をねじ曲げている状態かな」
ウィルバートは苦笑してティアナの問いに答えた。
「都合の良い方に解釈をねじ曲げている……」
考え込むように復唱したティアナに、ウィルバートは語りかけた。
「彼女はいま、自分と父親はティアナ嬢に罠に嵌められて陥れられた、と思い込んでいる。父親も自分も何も悪いことはしていないから、真犯人は他にいると。そしてそれがティアナ嬢だと言い張っている」
ティアナは悲しくなった。ティアナにはルスネリア公爵家に味方がたくさんいたから心を病むまでには陥らなかったが、その分アマンダには味方がいなかったのだ。実の父親であるロバートでさえもーー。
ティアナは、苦しんでいる彼女に、自分のエゴを通す形で会ってもいいものかと初めて自分の行動に疑問を持った。自分が正しいと思ってしたことが、それに関わる人にとっては余計だったり、むしろ迷惑ですらあるかもしれない可能性に思い至ったのである。現に、今日だって危険だから付き添うと申し出てくれた執務で忙しいだろう皇太子殿下にまで時間をとらせて無理を通そうとしている。
(私は、間違ったことをしようとしているーー?)
入室の許可を得て、中に進もうとしたところで、ティアナはふとそう思って足を止めた。
「殿下。私は……」
足を止めて首を傾げているウィルバートに疑問を打ち明けようとしたところ、後方で忙しない足音がして、振り仰いで見ると何やら緊迫した表情でフィリップに何事かを耳打ちする騎士の姿が確認できた。報告を聞き終えたフィリップは素早くウィルバートの元へと移動し、同じように何事かを耳元で囁いた。途端、顔をこわばらせたウィルバートがティアナに告げた。
「すまない。緊急事態が起きた。今日のアマンダ訪問は見送らせてほしい」
「もちろんです」
ティアナは何も聞かずに了承した。皇太子殿下の仕事に口を挟める立場ではないのだから。身を弁えたティアナにウィルバートは「逃がさない」と言うかのようににやりと笑って言った。
「ロバートが脱獄した。ルスネリア公爵家の領地の方角へ向かったらしい。ご丁寧に『エリザに何をした!』と叫んだあとにね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます