第45話

「そろそろいいかな?」


レオは痺れを切らして口を挟んだ。ティアナはウィルバートと話している間もずっとレオからの視線を感じていて、とても居心地悪く思っていた。


「ティアナには俺の身分を明かさないままになってしまっていたから驚いただろう? 俺のフルネームはアレクシス・レオナルド・イリスタッドというんだ」

「アレクシス・イリスタッド王子殿下……。そうなの。レオはイリスタッド王国の第二王子殿下だったの……」

「うん。黙っていてごめんね。ティアナも仲良くしてくれていたトニーは俺の叔父なんだ」


衝撃の事実である。ティアナが懇意にしていた人たちがなんと王弟殿下と王子殿下だったとは。

しかも、イリスタッド王国の王弟殿下といえば近衛騎士団長をしていたのではなかったか。それが、なぜあんな片田舎で商店など営んでいたのだろう……。謎は深まるばかりである。いや、今は聞くべきはそれよりも――。ティアナは再びウィルバートに向き直った。


「それでは、元からウィルバート皇太子殿下はレオの素性をご存知だったのですね?」

「……まあ、留学中は同じ学校に通っていたし、イリスタッド王国は友好国だから、普通に幼い頃から交流があったしね……」

「じゃあ、もちろんレオも“ウィル”の素性を知っていたのね。二人とも知っていて私には秘密にしていたなんて、なんだか仲間外れにされたようで寂しいわ。平民だった私に身分を明かせなかったのは仕方ないことだとわかってはいるけれど……」


ティアナの口から「寂しい」という単語を聞いた二人は敏感に反応して口々に言い募った。


「ティアナ嬢すまない、仲間外れにしていたつもりはまったくなくて」

「ティアごめんな、俺は身分を明かしたかったのだが、なかなかそうもいかなくて……」


首を振りながらいいわけめいた言葉を続けようとする二人を止めたのはやはりティアナだった。


「いいえ。わかっているからいいの。それに、当時事実を知っていたら二人とあんなに仲良くなれたとは思えないから」


笑顔を向けるティアナを見てほっと嘆息する二人をサミュエルは哀れな生き物を見るような眼差しで静かに見守っていた。


「久しぶりに会えて嬉しいわ、レオ。あ、馴れ馴れしい口調はだめよね。つい、昔の癖で。ごめんなさい。アレクシス殿下……?」

「これまで通りレオと呼んでくれないか? 親しい者はみんなミドルネームで呼んでくれているから……。ティアも身分的にはプロスペリア王国の王女なのだから問題ないだろう? それと、公の場ではまずいかもしれないが、せめてこのような非公式な場では口調は改めないでくれると嬉しい」

「じゃあ遠慮なく。そう言ってもらえて嬉しいわ、レオ」

「ああ。遠慮なくそうしてくれ」


にっこり笑って微笑み合う二人を目前にして、もはや敬称呼びで、敬語でしか話してもらえなくなったウィルバートは羨ましくて恨めしくて堪えられずに口を挟んだ。


「レオは今回ロバート・ルスネリアの件で助力してもらったのでここにも来てもらったんだよ」


一転、レオナルドは厳しい顔つきになって口を開いた。


「俺は君の叔父上であるロバート・ルスネリアが犯した罪について調査をしていたんだ」


ロバート・ルスネリアは自らが犯した罪の発覚を恐れたのか、徹底的に証拠を隠滅しようと画策した。証拠というのは、物証はもちろん、ロバートが特に念を入れて消そうとしたのは、“証言”の方だった。つまり、当時のことを知る人たちを徹底的に排除したのだ。

最初は行方不明に見せかけて徐々に、そして怪しむ人が出てきたらその人も不自然に見えないようにまとめて処分するためだろう、大規模な事件を起こしたのだという。


「おそらく外交官である自分が関われるようにと画策したんだろうね。結果、国境を跨いで我がイリスタッド王国まで巻き込んだ大きな事件となったんだ」


ロバートはイリスタッド王国の盗賊団をけしかけ、フランネア帝国の国境警備隊を襲わせた。その襲撃に自身が雇った人間も紛れさせ、目的の人物をまとめて排除することに成功したのだった。

その上、襲撃の情報をいち早く掴んだ体ていでルスネリア公爵家の私兵と共に援軍として駆けつけ、イリスタッドの盗賊団を撃退したという。ロバートのおかげでその盗賊団は壊滅し、イリスタッド王国の国民たちは国を越えて彼に感謝を伝えたという。

彼はイリスタッド王国とフランネア帝国の国交を脅おびやかしかねないその事件を、最も被害の少ない方法で解決に導いた功績を讃えられ、両国から褒賞まで受け取っている。結末まですべてがロバートの、ロバートによる、ロバートのための完璧なシナリオだった。


「目障りだった人たちが盗賊にやられればそれでいいし、そうならなければ自分が雇った暗殺者に葬らせ……そして最後には自らすべてを知る暗殺者の口を永遠に封じた。完璧だったよ。スタンリー・スペンサーが手記を遺してくれていなければね。我が国も見事に彼の舞台の上で踊らされていたってわけだ」


そう言ってレオナルドは疲れた顔を見せた。

サミュエルの亡くなった兄であるスタンリー・スペンサーが遺した手記に彼が生前調べ上げたことがすべて記してあり、それが事件を調査する上で大いに役立ったのだという。情報提供元はもちろんメアリーである。


ティアナはメアリーが教えてくれた幼馴染の手紙の内容を思い出していた。

彼は事件のことを知る人が次々と行方不明になったことで自分の身も危険だと察知したようだったが、やはりというべきか、しっかりと見つからないところに記録も残していたのだ。さすがサミュエルの兄である。


そして実際の調査に基づいた話を聞くと、ロバートの犯した罪の重さを改めて目の当たりにする思いだった。まさか自分勝手な理由で国を跨いでそんなに大きな事件を起こしていたなど想像もしていなかった。しかも自分で起こしておいて最後にはすべて自分の徳になるよう仕向けるなんて、こちらもさすがとしか言いようがない。


「ただ、当時我が国で対処しきれていなかった盗賊団を利用されてしまった。そのことについては俺たちに非があると思っている。実際その盗賊たちに殺された国民もたくさんいるし……そういった国民の遺族たちは憎き盗賊団を壊滅に追いやってくれたルスネリア公爵家に感謝しているんだ。もちろん、イリスタッド王家も経緯はどうあれ、その点に関しては感謝している。ロバートの私欲のために利用されたことは厳重に抗議させていただいたが――」


そう言いながらレオナルドはちらっと視線をウィルバートに投げた。


「……またフランネア帝国の内輪揉めでうちの国民を利用されても困るから、こんな大それたことをしでかす危険な思想を持っているロバートには、ルスネリア公爵家当主の座を降りてもらうことと、彼は今後二度とイリスタッド王国には入国することも関わることも拒否すること、この二つの条件さえ受け入れてもらえれば、今回起こした事件への賠償は求めないことになったんだ。スタンリー・スペンサー殿がいなかったら事件の真相が発覚すらしていなかったかもしれないからね」


つまり、フランネア帝国にとってルスネリア公爵が私欲のために事件を起こしたという真相は、イリスタッド王国の落ち度(事件の実行犯である盗賊団を野放しにしていたことと、その事件に対する調査が十分でなかったこと)では相殺しきれないほど大きな禍根を残すところだったが、そもそもスタンリー・スペンサーの功績(事件の真相を明らかにしたこと)がなければ真相は発覚していなかった可能性が高い。

そのため、その事実を重視し、ロバートに関する二つの条件をのんでもらうだけで実質フランネア帝国にはお咎めなしということで決着したのだという。

実際、この事件で害を被ったのはフランネア帝国のみであった。フランネア帝国はイリスタッド王国の盗賊団との戦闘により多くの国境警備隊員の命を失うこととなった。しかもそれを画策したのは自国の重鎮、三大公爵家の当主であるため、自業自得ともいえるのである。この点も情状酌量に一役買ったという。

ちなみに、この事件を起こしたことによる補償はイリスタッド王国からフランネア帝国に既に支払った後だったので、その分は二カ国間で折半、フランネア帝国の持ち分はイリスタッド王国へ返却することで落ち着いたとのことだ。


「つまり、私たちはスタンリー・スペンサー伯爵令息のおかげで首の皮一枚つながったということだ。サミュエル殿の兄上は本当に偉大だね。貴殿も彼に負けず劣らず優秀だけれど」


ウィルバートは周りの誰もが皇帝の言いなりだった中で、サミュエルひとりだけが皇帝の意志に逆らって彼女の逃走を助けたことを高く評価していた。長い物には巻かれるような者はそばに置くには信用できないからだ。ウィルバートから視線を受けたサミュエルは慇懃に答えた。


「もったいないお言葉にございます」


あまり心のこもっていない言葉に、ウィルバートは仕方ないとばかりに肩をすくめて自嘲するように微笑み、言葉を添えた。


「ルスネリア公爵のおかげで優秀な人財を大勢失ってしまった。それを阻止できなかった私が国民に信頼してもらえないとしても仕方ない。でも、希望は失っていない。私は必ずフランネア帝国を良い国に導くと誓う。その誓いを形として実現していくことが、失った信頼を取り戻すことに繋がると信じている」


ウィルバートは自らにも言い聞かせるよう、静かに決意を語った。

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