友達 VS 幼馴染

 次の日の月曜日。俺はつむぎより一足先に家を出て学校へ向かった。最近は、いつも紬と秋元と一緒に登校しているのだが、今日は秋元とあまり会いたくなかった。


「あ、おはよう。結人君」


 目の前の電柱の影から、人が現れる。今、一番会いたくない人物だ。

 初めて会った時に、少し長すぎた前髪は、いつの間にか短くなっていて、おどおどしていた時とは、まるで別人だ。さらに、今日はメガネを外していて、雰囲気が前より明るくなっている。


「秋元奈緒……」


「あれ。フルネーム呼び? どうしたの? 私別に初登場じゃないけど」


 秋元はいつも通り軽く返してくる。右手で長い髪をかき上げ、俺を上目遣いでじっと見てくる。その仕草に少しドキッとしてしまう。


「なんで朝早くからここにいるんだ……」


「結人君が、早く出てくる気がして」


 秋元は恥ずかしそうに、巻いているマフラーで顔を隠し、こちらをチラチラと見てくる。

 完全に秋元のペースだ。


「……それで、要件はなんだ?」


「歩きながら、話そうか」


 俺と秋元は、並んで歩き出す。昨日の夜に、雪が降ったのか、少し積もっている。いつもより早く出たので、人はほとんどおらず、2人きりが続く。


ザクッ。ザクッ。


 長い沈黙が続き、雪を踏む音だけが耳を通り抜ける。


ザクッ。ザクッ。


 二人の歩幅とテンポは少しずつ合っていき、だんだん音が心良くなっていく。

 俺が少しテンポを早めれば、秋元もそれに合わせて早くなる。俺が遅くすれば、秋元も遅くなる。


「何故歩くスピードをコロコロ変えるんですか。使い物にならないメトロノームですか」


「秋元、お前が何も言わないからだ」


「聞いてきたのはあなたでしょうが……」


 ぶーっと、秋元は頬を膨らませる。

 初めて会った時の、静かな感じといい、仲良くなってからの優しい感じといい、このあざとい感じといい、キャラがコロコロ変わっている。しかし、どれも完成されているし、不思議で、簡単に受け入れてしまっていた。

 秋元は、ため息をつき、「まあ、良いです。本題に行きましょうか」と、足を止め、俺の方へと向き直す。


「スキー場で言ったように、私とラブコメしませんか?」


「それは、どういうことだ?」


「そのままの意味だよ。一緒に帰ったり、デートしたり、自転車の二人乗りとか、青春したいんだ。結人君とね」


「自転車は、雪積もってるから無理だぞ」


「時期を間違えたね……」


 秋元は、笑ったり、悲しんだり、様々な表情を見せる。


「それで、何で俺なんだ」


「……それ、私に言わせるの?」


 秋元は、ふたたびマフラーに顔を埋め、顔を赤くする。


「もう、どれが本当の秋元か分からん……」


 この短期間でイメージがコロコロ変わりすぎている。言葉をどこまで信じれば良いかが分からない。


「どれも、私だよ」


 少し暗い顔をして、ボソッと秋元は言う。それも束の間、すぐいつもの笑顔に戻る。


「私は、嘘をつかない主義なので」


「でも隠し事は多いんだな」


「……女の子は、隠し事がある方が魅力的なんだよ?」


 秋元は、口に人差し指を当て、ウインクをする。


「何考えてるか分かんねえ……」


 この後も、結局秋元の真意は分からなかった。


    ◆


 昼休み。今日は珍しく一人で昼ごはんを食べていた。紬や秋元は既に教室に居ない。他のクラスにでも行ってるのだろう。

 最近は、いつも三人で食べていたので、懐かしいが、少し寂しい感じもする。


「お、結人はぼっち飯か? 俺も隣いいか?」


 永倉が話しかけてくる。永倉は俺の隣に座り、パンをかじる。


「永倉、彼女との飯はどうしたんだ?」


「あ? テスト近いから、お互い頑張ろうだとよ。近くにいると勉強に集中出来ないからだとさ」


「なんだ惚気か」


「嫉妬か?」


「祝福だぞ」


 何故リア充を妬まなければいけない。みんな頑張ってるし、努力の結果じゃないか。


「……あれ。テスト?」


「テスト、もう一週間後だけど」


「あぁぁぁぁあ!!! 忘れてたぁぁぁあ!!」


 俺の絶叫が教室に響き渡り、全員が俺の方を見る。


「結人うるさいうるさい」


「え、テストなんてあるの? 俺そんなの聞いてないけど」


「は? 授業中とかに普通に言ってただろ」


「いや俺は授業中空を見てるし」


「それはお前が悪い」


 教室の窓側の一番後ろという最強の位置だから良いだろう。


「あ、でも俺別にクラス内で10位以内だし大丈夫」


「勉強出来るやつは死ね!」


 永倉にキレられた後、俺たちはお昼ご飯を食べた。

 紬と秋元は、二人でギリギリの時間に帰ってきた。


    ◆


 数十分前。あたし、夏目紬なつめつむぎは奈緒ちゃんに呼び出され、誰もいない空き教室へ呼び出されていた。

 電気は付いていなくて、外からの明かりだけで薄暗い。

 そして、あたしの目の前には、奈緒ちゃんがいつも通りの笑顔で立っている。しかし、いつもの明るい雰囲気はなく、真面目な、冷たい瞳だった。


「それで、奈緒ちゃん。どうしたの?」


「紬ちゃん。あのさ」


 奈緒ちゃんは、すっと薄笑いをする。瞳には光りがなく、とても暗く深い色であたしの瞳の奥を覗き込むような、胸の中を透けて見るように感じた。


「私にテストで負けたら、結人君と幼馴染をやめてよ」


「え……」


 あたしは絶句して声が出なかった。意味を理解出来なかった。

 奈緒ちゃんの全てを見透かすような、罪悪感に満ちた悪い顔。声や表情の変化。

 今まで見てきた奈緒ちゃんとは別人で、この状況を処理できなかった。

 あたしは今、どんな顔をしているんだろう。

 こんな状態のあたしを見兼ねて、奈緒ちゃんは私に丁寧に説明をしてくれる。


「ごめんね紬ちゃん。私は、紬ちゃんのことは好きだし、いい友達だと思ってるよ?」


 奈緒ちゃんはいつもと変わらない笑顔をする。しかし、それがとても悲しい笑顔に感じてしまう。


「でも、結人君の幼馴染としての紬ちゃんは嫌い」


 奈緒ちゃんはしっかりあたしの目を見て言う。嫌いと。あたしは、まだこの状況を理解しきっていなかったが、嫌いと言われたことにかなりのダメージを受けていた。


「えっと……奈緒ちゃんは、結人が好きなの?」


 あたしは、これまでの発言から何となく理解した内容の確認を取る。何故か、あたしは胸がズキっと痛む。


「それ、私の口から言わせるの……?」


 奈緒ちゃんは、手で顔を隠して、恥ずかしそうにする。恋する乙女の表情だ。

 胸が痛い。


「そう、なんだね」


 あたしは、なんとか声を絞り出す。これしか言葉が出なかった。

 胸が痛い。


「でも、紬ちゃんは応援してくれるよね? 私と結人君をくっつけようとしてくれてたもんね」


 確かに、あたしは二人が仲良くなるように仕向けていた。意図的に二人きりにしたし、なるべく一緒にいれるようにした。だから、喜ばしいことだ。あたしの思っていた通りに進んだのだから。

 胸が痛い。


「だからさ。テストで負けたら、幼馴染をやめてほしいんだ。そうやって、変わらない関係を望んで、縛るのをやめてあげようよ」


 奈緒ちゃんの言葉があたしの胸の奥までしっかりを突き刺さる。多分、この棘は抜けることがない。

 あたしは下を向いたままで、奈緒ちゃんの顔を見ることが出来ない。

 自分でも、分かっていたことを、指摘されるとどうしようもない気分に襲われる。

 胸が痛い。


「それとも。紬ちゃんは、結人君が好きなの? だから、頷いてくれないの?」


 奈緒ちゃんは質問をぶつけてくる。

 あたしが、結人をどう思っているのか。そんなの、決まってるじゃないか。なのに、何でこんなに口が動かないんだろう。その言葉が、いつも言っている言葉が今重い。

 空に雲が立ち込め、太陽の光りを隠す。薄暗い教室はさらに暗くなる。


「好き……だよ。幼馴染として。当たり前じゃん。昔から一緒なんだから」


 あたしは精一杯言葉を絞り出す。当たり前のことを言っただけなのに、何でこんなに重いんだろう。

 胸が痛い。


「そうなんだ。じゃあ、別に私が結人君と」


「でも!」


 あたしは、奈緒ちゃんの言葉を遮り、奈緒ちゃんの目をしっかりと見つめ言う。


「テストは、負けないから」


「ふーん?」


 奈緒ちゃんは不思議そうな顔をする。

 キョトンとしている奈緒ちゃんに、あたしは精一杯言ってやる。


「知ってる? あたしはクラスで一位二位を争う成績なのよ?」


 これは、あたしの意地だ。勉強では負けたくないだけ。


「うん。知ってる」


 奈緒ちゃんとあたしは笑い合う。この笑い声が、お互い上辺のものだと分かっていても、必死で笑う。これ以上関係を壊さないために。


「じゃあ、ライバルだね」


 奈緒ちゃんは、優しく微笑んだ。


 そう、あくまでテストの話。

 その後、二人で仲良く普段通りの会話をして教室へと戻った。

 あたしは、あの時どんな顔で笑っていたんだろう。

 さっきから痛いこの胸には、一体どんな感情を閉じ込めているのだろうか。

 胸が熱い。


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