スキーなんて怖くない
秋元は、昨日放課後、教室でこんな質問をしてきた。
「春は入学式とか始まりの回。夏は海回。秋は、紅葉の下でお芋を食べる回。じゃあ冬は?」
「なんだその質問。物語の話?」
「そうだよ。ありがちな、季節のイベントを当ててよ!」
秋元は、チクッ。タクッ。チクッ。タクッ。と、自らの口で言ってこちらの気持ちを焦らせる。制限時間は設けられてないが。
それに、お芋食べる回ってあまり聞かないぞ。
「分かった! 札幌雪祭り」
「残念! それは観光客ばかりだし、雪像に興味ある人そこまで多くないし、北海道舞台の物語は関東に比べて少ないよ」
めちゃくちゃダメ出しされた。あれ意外と好きなのに……
秋元は、「仕方ないなぁ」と、わざとらしくため息をつき答えを言う。
「正解は、スキーです!」
なるほど。スキーか。確かにそれはたまに見かけるかもしれない。
「あ、スキー良いね! 奈緒ちゃん行こうよ!」
どこからともなく現れた紬が元気よく乗り出し秋元にスキーを誘う。
「え。スキー……?」
秋元は驚いた様子でおどおどして、紬から目を逸らす。
「スキー行くって話じゃないの?」
「ああ、そうだよ。秋元が誘ってきた」
「え!? 結人君!?」
秋元は俺をギロリと睨んでくるので、俺はそっと外の方を見る。あー、良い天気だなぁ。ここ数日は晴れそうだ。
「じゃあ、みんなでスキー行こう! 後で曜日決めよう。あ、結人。買い物行ってきて。千円あげるから」
「了解」
紬は俺にお金とエコバッグを渡して、嵐のように過ぎ去っていった。
秋元はというと、こちらを見て固まっていた。その世の終わりみたいな顔をして。
「結人君。……許してあげません」
「え、俺なんかやっちゃいました?」
「無自覚チート主人公は嫌い!」
◆
そして数日後。俺たちはスキー場に向かった。今日は満開の青空で、ゲレンデの雪は太陽の光で宝石のように輝いている。休みの日ということもあって、子供から大人、時には自衛隊の人など多くの人が居てだいぶ混雑している。
俺は、スキー場でスキーを一式を借り、装着する。久々のスキーだ。雪の降るこの地域では、多くの学校でスキー学習や遠足を行なっているので、一定の能力は身につけている。だから、多くの人が滑れるはずだ。俺も楽しめる程度に、そこそこ滑れる。
「お待たせ〜!」
少し離れたところから、スキーを履き、紬と秋元がやってくる。その姿を見て、俺は秋元がスキーを嫌がっていた理由がなんとなく分かった。
「どう? スキーウェア可愛いでしょ?」
「ああ、紬のスキーウェアは小学生の時から柄と色が同じだな」
「赤って綺麗よね」
紬は、赤いスキーウェアを身に纏い、自信満々に言う。その後ろで、青系の色のスキーウェアを着た秋元は脚をバタバタして暴れている。
「うわっ!」
ドスンッ!と、秋元は尻餅をつく。
「もしかして、スキー苦手?」
「苦手というか。初めて」
「初めて!? おそらく道民の多くが通る道なのに!?」
紬はとても驚いた様子で目を見開いている。いや、地域によるし。やった事ない人も結構いると思うぞ。スケートとかもあるし。
「私、今年引っ越してきたのよ! 転勤が多いって言ってるでしょ?」
秋元は座り込みながら、「うぅ〜」と唸っている。
「ほら。大丈夫か?」
「あ、ありがとう」
俺は秋元に手を差し出し、引っ張り上げ立たせる。その反動で秋元がまたバランスを崩して俺の方へもたれかかってくる。
「危なっ。秋元大丈夫か? 気を付けないと、大怪我するからな?」
スキーはとても怪我の多いスポーツだ。曲がり角でパンを加えた少女とぶつかるより危ない。どっちも危ない。激突すれば怪我するし、転び方によっちゃ捻挫もする。毎年、スキーによる事故は何かしら起こってるし、怪我して骨折したり、松葉杖生活を強いられた人間もいるのだ。
「う、うん。ありがとうございます」
秋元は恥ずかしかったのか顔を赤くして下を向いてしまった。
しかし、今また俺が手を離せば転びそうだ。ストックを持ってるだろ。それを突き刺してなんとかバランスを取って欲しいな。
「おや。奈緒ちゃん。大丈夫? 顔真っ赤だよ? ……もしや、これが俗に言う吊り橋効果!?」
「またそれ言ってるのか」
また紬が吊り橋効果を持ち出したぞ。前にホラー映画見た時に出してきたやつだ。
確か、恐怖体験とかで心拍数が高くなったのと、目の前にいる人へのドキドキを混合して、好きになると言う効果だったはずだ。
「あ! 今日は、奈緒ちゃん、スキー大作戦にしよう。滑れるように練習しよう」
「え。いや、いいよ……二人で滑ってきて。私はあったかい飲み物飲みながら暖房でぬくぬくしてるから」
「スキー回って、定番の展開じゃないの?」
俺は数日前の会話を思い出し、秋元に投げかける。すると、秋元はさっきまで転びそうでぶるぶる震えていたのに、急にピタッと止まり、顔を上げる。
「確かに。……何というか、出来ないことを克服するのって必要よね!」
秋元は俺の手を離し、ガッツポーズをしてやる気を出した。
俺は何となく、秋元の性格と特徴を掴んだ気がした。
秋元は、本全般が好きで、特にラノベが好き。そして、物語にありがちな展開やイベントが好きで、やりたいという傾向がある。
「よし、じゃあスキー克服大作戦、開始!」
◆
ーー1時間後。
「よし、その調子その調子! ハの字で滑るんだよ」
「よし。……ゆっくりゆっくり」
秋元はこの1時間で驚くような成長を見せ、転ばずに経っていられるように、そして、ゆっくりなら滑ることが出来るようになっていた。元から運動神経が良いのだろう。
生まれたての子鹿みたいにぶるぶる震えていたのがまるで嘘のようだ。
紬は、「あとは二人でごゆっくり〜」と、一人で滑りに行った。おそらく、ただ滑りたいだけだ。
「そっと……そして、止まる!」
秋元は俺の言った通り、しっかりバランスを取り、さらには止まる方法すら身につけた。
「出来た! 出来た! 結人君、私スキーマスターした!」
秋元は慣れてきたのか、俺に興奮気味に話しかけてくる。スキーを滑れた衝撃は、多分自転車に初めて乗れた時のような嬉しさなんだろう。
「よし。じゃあ、これからリフト乗って上から滑ってこよう!」
「結人君の鬼畜!」
秋元は、マスターしたというが、今のところリフトに乗らず、下のほとんど平面の所で小学生とかと一緒に練習していただけだった。
「安心していいよ。危ない時は俺が出来る限り何とかするから」
「……さらっとそういうこと言うのズルいと思う」
◆
俺たちは、リフトに乗る。今日は、ほとんど風もなく、リフトはあまり揺れないので助かった。この、人を運ぶための最低限の形をしたリフトは、慣れていないと、かなりの恐怖がある。絶対下を見ることはおすすめしない。
隣に乗っている秋元は、初めて乗る恐怖からか、俺の腕にしがみつこうとしている。
「下を見ないで落ち着こう」
「こんなの乗ってる人は常人じゃない……」
だとしたらここのゲレンデにいるほとんどはスーパーマンだ。
秋元は、目を瞑り、早くこの時間を過ぎるのを黙々と待っている。
艶やか髪、柔らかそうな頬に、しっかり湿度を保った唇。秋元奈緒は、とても綺麗な女性だということを再認識する。
そして、俺はあることに気づく。
「そういえば、今日はメガネしてないんだな」
秋元はチラッと目を開け俺の方を見る。
「……え、今頃? ゴーグルするのに邪魔だった。コンタクトだから見えてるよ」
ゴーグルは、頭の上につけていて、今日は一度もおろしていない。まあ、雪降ってないし大丈夫か。
その後、微妙な沈黙が続く。俺の視線に気が付いたのか、それか耐えられなくなったのか紬は声を発する。
「……眼鏡ないと変?」
「いや、なくても良いね。イメージが変わる。なんか、大人っぽい。いわゆる、眼鏡取ったら美少女でしたパターンみたいな?」
「普段はそうでもないと?」
「いや、普段も美少女だと思うぞ」
「………………」
なんともむず痒い沈黙が続く。俺は何となく恥ずかしくなってしまい、すぐさま顔を逸らした。
「結人君って鈍感主人公属性あるよね」
「いやいやそんなことない。敏感だよ、敏感。いつも肌が……」
「肌が敏感かは聞いてない。私も敏感だけど……ってじゃなくて、女の子の好意に気付かなそうだよね」
「そんなことない。相手の気持ちは最優先で考えてる」
秋元は少し砕けたトーンから真面目なトーンにして言う。
「じゃあ、紬ちゃんは?」
「あいつとは幼馴染だし、昔から態度も関わり方も変わってない」
「……そっか」
秋元は複雑そうな表情をした後、一拍置いて聞いてくる。
「紬ちゃん。私たちをくっつけようとしてない?」
「あ、やっと気付いた?」
紬の謎行動をずっと疑問に思っていたらしい。
「やっぱり……」
秋元はため息をつき、白い息を吐く。呆れたというような表情だった。
「毎回、何故か二人きりにしようとするし。変だなって思ってたんだよ」
「余計なお世話って言ってるんだけどな」
「ねえ。結人君」
「どうした?」
秋元は俺に強い眼差しを向けてくる。
「紬ちゃん公認なら、私たち、本当に付き合ってみない?」
「……そういうこと言うと、俺は本気にしちゃうぞ」
「私は、本気だよ」
「え?」
『まもなく、下り口です。レバーを上げ、引っかからないようご注意下さい』
リフトのアナウンスが鳴る。
「降りないとね」
「秋元。大丈夫か? 降りれそう?」
「大丈夫。私は滑れるから」
そういうと、秋元は俺の腕から手を離し、リフトから降り、上の方の平らな場所までさっきまでのが嘘のように綺麗に滑っていく。俺は慌てて秋元を追いかける。
「秋元、そんなに滑れるなら練習なんて」
「ねえ。結人君」
秋元は俺の方を向いて、いつものように笑う。いや、いつものような笑顔を作りながら、冷たく微笑む。まるで、氷のように。
そして、
「私と、青春ラブコメしてみない?」
秋元は、完成された笑顔で言ってみせた。
俺は秋元の変わりようについていけず混乱する。
「何言って」
「どんな私が良い? どんな設定が良いかな。ツンデレ?ヤンデレ?年上系かな、甘えん坊かな。それともドジっ子?」
秋元は様々な性格を挙げ、それに合わせて声質や表情さえも変える。
とてつもなく演技派だ。
秋元は、俺を冷たい瞳で逃がさない。そして、しっかりと、絶対に聞き逃すことが出来ないようにはっきりと言う。
「石川結人君。私に、青春ラブコメを見せてよ」
その冷たく、何もかもを弾いて退けるような悲しい声は、一気に周りの温度を下げ、辺りの音さえもかき消す。
俺は、やっと秋元奈緒という一人の人間の、本性の一部分を見た。そんな気がした。
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