手作り弁当をいただきたい
友達が増えた。名前は
「結人、一緒にお昼ご飯食べよー」
四時間目が終わり、お昼の時間。おれは、紬の声で現実へと意識が戻る。チャイムがなった瞬間売店へ飛び出して行ったやつや、鞄の中のお弁当を必死に探して、絶望するやつ。そして、知らない別のクラスのやつが居たりと、昼はとても騒がしい。暖房がガンガン付いている教室の中では、真冬だというのに腕をまくり、手でパタパタ扇いでるやつもいて、季節感覚が狂いそうだ。
紬は俺の返答も聞かず、俺の前の席を勝手に動かして俺の机と合わせる。
「いつも一緒に食べてる子たちは?」
「あー、なんか彼氏と食べてくるんだって。もしかして屋上かな?」
「残念ながらこの学校では屋上に出ることは出来ないし、別に鍵が壊れてるわけでもないし、雪が積もってるんだから無理だろ」
「確かにねー」
俺たちは軽く雑談をしながら、お弁当を開けて食べる準備をする。紬と俺は同じ弁当箱だし、中身も同じ。美雪さんの手作りだ。毎朝用意してくれて、感謝しかない。
「屋上は物語で告白とか昼ごはんの定番だもんね」
俺たちの会話に、最近よく聞く声が割り込んでくる。長い髪を揺らしながら、秋元さんが立っていた。秋元さんは、お弁当を持ちながら、「私も一緒に良いかな」と、俺の答える前に椅子に座って準備をする。
「奈緒ちゃん、お弁当可愛い!」
紬は秋元さんのお弁当を見て驚く。卵焼きにタコさんウィンナー、トマトなど定番のおかずに加え、パンダの姿に作られたおにぎりと、なんとも可愛らしく作られていた。これがいわゆるキャラ弁か。初めて見た。
「そ、そうかな? 朝は時間ないからあまり凝ったのは作れないけどね。冷凍食品が多いし。おにぎりは、ちょっとした遊び心だよ」
「え、自分で作ってるの!?」
「うん。お母さんは忙しいから」
「すごい! 偉いよ! 冷凍食品でも、しっかり出来る人は少ないよ?」
紬は俺をチラッと見る。おい何考えてるんだてめぇ。俺もレンジでチンくらいなら出来るわ!
「えへへ。ありがとう紬ちゃん。紬ちゃんと結人君のお弁当も可愛いし、美味しそうだよ。流石紬ちゃんのお母さんだね!」
秋元さんは紬に褒められたことを、あからさまに照れながらも、それを隠すようにパクパクお昼ご飯を口に運ぶ。箸の持ち方から、食べる動作全てが綺麗で、上品だ。育ちの良さがわかる。
紬も、悪くはないが秋元さんレベルに綺麗に整ってるわけではない。
「結人君、その、そんなにジーッと見てどうしたの?」
秋元さんは口元を手で隠し、おどおどした様子で聞いてくる。
「あ。えっと、卵焼き美味しそうだなぁと」
「結人、卵焼きなら自分の弁当にも入ってるじゃない。奈緒ちゃんの手作りが食べたいの?」
「そうだな。ふわふわしてて美味しそう」
「お母さんの卵焼きがふわふわしてないって?」
「いやこれが冷凍食品なのは知ってるから」
紬は、「え、そうだったの……」と衝撃を受けている。紬の方が料理するんだし、台所見るんだから分かってろよ……
「そうですね。そんなにどうしても、死ぬほど食べたいなら、あげますよ」
「いやそこまでは言ってないです」
「はい。あーん」
秋元さんは箸で卵焼きを掴み、俺の方に卵焼きを近づけてくる。
あれ。どうしたんだ急に。
「あの。秋元さんこれは……?」
秋元さんは、少し恥ずかしそうにしながら、微笑む。
「パクっといっちゃって下さい。こういう、定番の展開に私憧れてたんですよ。安心してください。この箸はすぐしまって私は新しい箸で食べるので」
あ、間接キスは嫌なのね。……俺は関節キスになるんだが???
「ほら。早く早く! 腕を上げて静止するのって疲れるんですから!」
俺は卵焼きをじっと見つめる。ふわふわなのが見るからに伝わる外見。もう昼なのに、まだ出来立てのような温かみを持ち、少し湯気も立っている。
俺はゆっくり口を開け卵焼きを食べようとすると、
誰かの手によって俺は抑えられる。
「ん〜! 美味しい! ふわふわポカポカ甘々でほっぺたが落ちて地獄まで行きそう〜!」
「そんなに褒めないでよ〜紬ちゃん」
「は?」
俺は、数秒して、ようやく事態を理解する。
俺が食べようとした瞬間、紬が割って入り、卵焼きを食べたのだ。
「あ……俺の」
「結人はうちの冷凍の卵焼きでも食べてなさい」
紬は箸で俺の弁当箱から卵焼きを掴み、俺の口に無理やり入れる。
ぐえっ。
喉に刺さりそうになり、変な声が出る。箸が危ねぇじゃねぇか。でも、冷凍も美味い。流石日本の技術力。
「結人君。食べたいなら、今度作ってきてあげようか?」
「マジか」
「あ、あたしもまた食べたい! じゃあ、今度あたしの家でお料理会しよう!」
「楽しそうだね」
その後、紬は秋元さんに卵焼きの作り方のコツなどを詳しく聞いている。
「なるほどなるほど……試しに家でやってみよーっと」
「うん。誰でも出来るから大丈夫だよ!」
「よし、結人、試食は頼んだ」
「よし、紬、試食は任された」
紬はメモ帳を取り出して、さっき聞いた内容をバンバン書いていく。紬はこういう所はしっかりしてる。
一通り書き終わったのか、ペンをしまい、何か疑問に思うことがあるのか、少し考えて俺たちに問いかけてくる。
「あれ。奈緒ちゃんと結人。なんか最近仲良くなった? お? どうしたどうした。あたしに話してみなさい?」
紬は、何か悪い事を考えていそうな顔でニヤニヤし、俺と秋元さんを交互に見やる。
俺は、紬の視線から逃れたくて横を見ると、たまたま秋元さんと目があってしまい、すぐさま反対側を向く。
「おやおや〜? どうしたんだいその反応。本当に何かあるのかい?」
「な、なななんにもないよ!」
秋元さんはとても動揺して顔を真っ赤にし、手の首もブンブン横に振っている。
「ほほぉ? あ、あたしやる事あるから2人きりで食べてて」
紬は、バッと走って教室から出て行ってしまう。廊下走ったこと。先生に怒られてしまえ。
俺と秋元さんは取り残され、少しの空白が生まれる。
「……紬ちゃん。絶対なにか勘違いしてますよね」
「絶対そうだね。いつもの事だ」
「勘違いじゃなくします?」
「良いんですか?」
「冗談ですよ」
「知ってますよ」
秋元さんはフフフと笑う。秋元さんと俺は、いつのまにか、たまに軽口を叩くようか関係になっていた。紬に付き合わされる二人というので意気投合していた。
秋元さんは深いため息をつき、言葉を続ける。
「全く。紬ちゃんは素直で、からかいやすいですよね」
「もしかして。さっきテンパってたのわざと?」
「ご想像にお任せしますよ」
秋元さんは俺をまっすぐ見てニコッと笑う。なんか怖い。
演技だとしたらなんて演技派なんだろう。最初にあった時の、静かな本好きな女の子ってイメージがガラリと変わっている気がする。いや、変わった。
「結人君知ってます? 幼馴染キャラって噛ませになったり、急に出てきた美少女に主人公取られちゃう可哀想な役回りが多いんですよ」
「何故このタイミングでその話を?」
「いつも通りの、趣味のお話ですよ。ほら、私ライトノベル好きだって言ったじゃないですか」
「そうだったね。それで? 幼馴染キャラがなんだって?」
「何というか、哀れですよね。常に近くにいるのに、急に出てくる美少女とか、昔遊んだことのある初恋の人とか、謎の転校生に好きな人を奪われるんです。でも、それって気持ちを伝えてないからですよね。もっと早くに言っていれば変わったかもしれないのに、幼馴染という関係に甘えて、好きな人を逃してしまう、愚かな人なんじゃないかと」
「まあ、言わなかった方が悪いってのは一理あるかもな」
秋元さんはどこか遠くを見て、まるで独り言のように話す。しかし、誰か特定の人を思い浮かべてるように。
「言わなきゃ伝わらないんですよ。絶対。人なんて、結局他人ですから。意思疎通しないと、分からない。相手を理解している。分かっているというのは傲慢で無知ですよ」
「……それは、本の話だよな?」
「はい。私の好きな物語のお話です」
秋元さんはニコッと笑う。
「まあ、私が言いたいのは、ラブコメってお互い合わないから成り立って続いてますよね。本音言ってさっさとくっついて完結しちゃえ!って事ですよ」
「それ、物語として面白い?」
「いえ全く」
じゃあダメじゃねえか。秋元さんは、お弁当の残りを一気に平らげて、箱を仕舞いながらさらっと言う。
「あ、結人君に今度、幼馴染モノのラノベ貸しますね」
「紬に何言われるか分からんからやめてくれませんか?」
秋元さんは、「ではまた」と、自分の席にすぐ戻って、本を読み始めた。カバーをしていて何か分からないが、多分ラノベだろう。
紬は、チャイムの鳴るギリギリに帰ってきて、急いでお弁当を平らげた。
ちなみに、その後授業中気持ち悪くなってトイレに駆け込んだそうな。
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