趣味が合えば仲良くなれる気がする
「
「紬ちゃんは何を買うの?」
道中で出会った秋元さんは、紬と一緒に霰の話題で花を咲かせていた。俺も、紬の影響である程度の知識はあるのだが、二人の会話はそんな俺の知識では追いつかないレベルだった。ガチファンって凄え……。
俺は、紬の選んだものを買うだけで良いや。
「選んだら、教えてくれ」
俺は別のコーナーなどを目的も無しに歩き回り、時間を潰すことにした。
紬が決めたのは、50分後の事である。
◆
「意外と高かった……」
「ありがとう結人。結人の誕生日の時は買ってあげるから」
意外とCDなどは高く、俺のお財布の中は寂しくなっていた。高すぎだろ。ぼったくりじゃないのか。
「結人君の誕生日っていつなんですか?」
「4月4日だよ」
「学年上がれば結人も歳をとるって覚えてるわ」
「4月かぁ……」
秋元さんは少し寂しそうな表情をする。
「どうしたの秋元さん」
「……あ、そっか」
紬は何かをハッと思い出し手を叩き俺の方を見る。
「奈緒ちゃんは、今年度で転校するのよ」
「え、そうなの?」
現在は2月上旬。学校は、高校2年生である期間はあと1か月を切っている。
もうすぐじゃないか。
「……私の親の転勤でついて行くんです。よく転勤になるので、もう慣れました。今の学校だって、今年からですし」
親の転勤で転校かぁ。俺は自分の時のことを思い出していた。中3の時、父親が海外転勤となり俺は紬の家で預かられるということで、ついて行かなかった。家は残ってるので一人暮らしもやろうと思えば出来るが、結局紬の家のご厚意に甘えてしまっている。
「奈緒ちゃん! あとちょっとしかないけど最後まで仲良くしようね!」
「……はい」
紬の発言に秋元さんは複雑な表情をして塞ぎ込んでしまう。紬は焦って色々声を掛けているが空気はどんどん悪くなっていく一方だった。これはまずい。話を逸らさないと。
「あー、秋元さんって好きなものある?」
「結人! 急にそんなこと」
「えっと……本。ですかね」
「本ね。じゃあ、本屋さん行こうか!」
◆
本屋。新品特有の紙の匂いで充満する不思議な空間。居るお客さんも千差万別で、場所によって性別も年齢層も違う。
「秋元さんが好きな本ってこの辺りの?」
「は、はい!」
俺は秋元さんについて来ていた。紬は、少し離れていてもらうために、好きなところへ行かせた。なんか、心理学とかの本を読みたいらしい。あいつそういうの好きだな。
秋元さんは、パッと表情を明るくして、その本達の方を指さす。そこには、なんとも見覚えのあるような背表紙の文庫本がずらっと並んでいた。
「えっと、その。……ライトノベルって言って、純文学ではないんですけど、読みやすくて、その。中高生にとても人気なんですよ」
「あ、うん。俺もよく読むけど」
「本当ですか!? 何が好きなんですか?」
秋元さんが食い気味に言ってくる。とてもテンションが上がっているようで、目をお宝を見つけた子供のようにキラキラさせている。
それにしても、意外だ。なんか、勝手に文豪の作品とか、芥川賞とかの本が好きなのかと。
「あー、うん。ラブコメとかかな?」
「良いですよね! あの青春って感じが。キラキラしてて、仲良さそうで、揺らがなくて」
「う、うんそうだね」
秋元さんの熱量に押されてしまう。そのキラキラした目と、2トーンくらい上がっている声には驚きを隠せず戸惑ってしまう。
「共有出来る趣味があって嬉しいです!」
「うん。ビックリした。秋元さんって、夏目漱石とか、村上春樹とかの本を読んでるイメージだったから」
「あーよく言われます。地味な読書好きって」
「地味とは言ってない」
「私は地味ですよ。あまり表情を変えなくて無愛想だし、あまり会話も得意じゃありません。楽しくないと言われます」
「俺は楽しい」
「私は、結局静かにして、ただただ普通の青春ってものに憧れてるだけの地味な人ですよ」
「憧れるのは悪くない」
「さっきから、地味に的外れな返答してますよね。わざとですか?」
「肯定して欲しいのか、そんなことないよと言って欲しいのかハッキリしてくれ」
秋元さんは、ふと気付かないくらい一瞬だけ真顔になると、いつもの笑顔にすぐ戻る。
どこかの誰かさんのせいで、人の表情や気持ち、空気を読む力は多少上がっていたらしい。
「結人君って、面倒くさい人ですか?」
「紬と比べたら面倒くさくない」
「そうですか」
秋元さんは、俺に詰め寄ってくる。彼女の呼吸音がしっかり聞こえるほど近く、そして静寂だった。
ここが本屋の角の方じゃなかったら、問題になるな。いや、角でもアウトだろ。
「ねえ。結人君。私と」
「あ、結人と奈緒ちゃん発見!」
秋元さんが俺の耳元で何かを呟こうとした瞬間、紬の声が聞こえてくる。俺は慌てて後ろに下がり、秋元さんと距離を取る。
「もう、二人とも探したよ。結人、連絡入れたんだから見ろ」
「あ、悪い気付かなかった」
俺はすぐスマホを確認すると、一分前に連絡が入っていた。いや、それは怒られる意味がわからん。
「二人とも、何してたの?」
「紬ちゃん! 本を二人で探してたの!」
「違う違う。そうじゃなくて」
紬はトーンや抑揚を一切変えず、いつも通りの社交用の笑顔で問いかけてくる。
「さっき、二人でくっついてたよね。本を見てる感じじゃなかったよね」
「あー、それはえっと……」
俺が別に俺にはやましいことはないし、紬に対して後ろめたい気持ちが一切ないが、返答に大変困っていると紬が一歩踏み出してきた
「結人。もしかして……奈緒ちゃんと良い雰囲気だった!? だとしたら邪魔しちゃってごめんね!」
「へ? ……怒ってるわけじゃないのか?」
「なんで怒るの? あたし、別に結人のことなんとも思ってないわよ。もしかして嫉妬したと思ったの?」
紬は腹を抱えてケラケラ笑う。その姿を見て秋元さんは慌てて紬に訂正をする。
「紬ちゃん! ち、違うよ別に結人君とは何もないし、そんなことになってないし、私が転びそうになったのを助けてくれただけで別にそんなやましいことは……」
「分かってるわよ。あたしは口出さないから安心してね、奈緒ちゃん!」
「もー! 全然分かってないじゃない!」
紬の笑い声と秋元さんの叫び声で、店員さんに注意され、俺たちはすぐさま本屋を後にした。
◆
「紬ちゃん。結人君。またね!」
俺たちはその後も、少しその辺りをぶらぶら歩き、帰路に着いた。
冬ということもあって辺りは街頭や家の灯りだけでとても静かだった。
そんな、雪を踏む音だけが鳴る静寂のなか、紬の声が俺の耳に届く。
「ねえ。何やってたの?」
「いや何も」
「嘘つき」
「嫉妬したのか?」
「……うん。他の女の子とイチャイチャするなんて、あたし許さないんだからね!」
紬は大袈裟に演じてみせる。
「仕方ないさ。これが、モテる男の辛い所だぜ」
「辛いわね。あたしが、一生縛り付けて楽にしてあげるね?」
「怖い怖い怖い。なんだそのヤンデレキャラ」
「ヤンデレは流行ると聞きました。決して揺らがない愛で愛し続けてあげるよ?」
「じゃあ、俺もお前を一生愛してやるよ」
「え、キモ」
「おい急に素に戻るな」
紬はガチで引いたような表情をして、俺から数歩離れる。そして、すぐいつも通りの笑顔に戻る。切り替えの早さが凄い。
「まあ、やっと結人に春の風が吹いて嬉しいよ」
「今は冬で冷たい風が吹いてるわ」
「あたしが、手助けしてあげるわ!」
「何考えてるんだよ……」
紬が何か悪いことを考えてることくらい、俺は簡単に読み取れた。そして、こいつの考えることで、成功したり、いい方向に進むことはほとんどないことも俺は知っている。
「ふふふ。明日を楽しみにしてなさい!」
紬は意気揚々と完成されたウインクをした。
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