第56話

「あ! 古城さん」


古城がロビーに姿を見せた。花音を探しているようだ。受付に行きかけたが、花音に気付いてこちらに歩いてきた。


「来てたんだ。……中へどうぞ」


「ご、ごめんなさい」


花音は、自分を探させたことが申し訳なくて謝った。


「もうすぐ、アンディがこっちに来るから、あいつが来たら飯を食いに行こう」


「もう来て下さったんですか?」

  

花音は驚いた。あれからすぐ出発してくれたのだ。


「うん。もう、そろそろ着くと思うよ。今、タクシーでこっちに向かっている」


「本当に、ミラー先生が母の為に来て下さったんですね。夢みたいです。もし、現実で無かったらと思うと怖いです」


花音の目に涙が浮かんだ。


「これからだよ。君がしっかりしてお母さんを励まさないと」


「はい」


「あいつが着いたら、まず飯を食いに行こう。お母さんの話はそれからで……」


緊張で固くなっている花音の頭に優しく手を置いた。


「こんな所で話しているのも何だから、上に行こう」


「え? あの、ミラー先生を待たなくていいんですか?」


「うん。自分で勝手に来るよ」


彼は緊張している花音に笑いかけた。


「行こう」


「はい」


体を固くしたまま歩けずにいる花音に、古城は肩にそっと手を置いて、「そんなに緊張しないで」と花音の顔を覗き込んだ。


そっと、置かれた手から優しさがしみ込んでくるようだ。安心した花音は、嬉しそうに頷いて歩き出した。彼の手がある肩が熱く感じる。顔が赤くなってるのが分かる。


受付の前を通ると、受付嬢たちがスッと立ち頭を下げた。


古城はエレベーターに乗ると、最上階のボタンを押した。

(最上階? 花音はさらに緊張した。最上階って社長室?)


エレベーターが開くと廊下に出た。そこは明るいロビーとは違い、落ち着いた照明だ。


古城は少し廊下を歩くと、木製の重厚なドアをノックした。


扉を開けると、


「お、賢。もう、そんな時間か」


年配の人の良さそうな男性がパソコンから顔を上げた。


「はい。……社長、こちらが伊藤さんです」


古城に紹介されて花音は慌てて頭を下げた。


「はじめまして、伊藤花音と申します」


「はじめまして、河合です。大変でしたね。お母様のこと、心配でしょう。」


優しく声を掛けてくれる社長に、花音は思わず涙ぐみそうになった。

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