第47話

古城が目覚めたのは、もう日が落ちた頃だった。


「いつの間に……」


こんなに良く寝たのは、いつ以来だろうか……


凛が死んでからは、一度もなかったような気がする。


1階に降りていくと、


「あ、よく眠れましたか?」


花音が嬉しそうに笑いかけてきた。


「ごめんね。ずいぶん、眠ってしまったね……」


「私のせいで疲れたんですよ……。車であっちこっち……」


花音が申し訳なさそうに頭を垂れた。


「これぐらいで疲れる様じゃ、ボディガード失格だね」


古城が照れ臭そうに、頭を掻きながら言った。


「そんなこと、ありません」


花音はパッと顔を上げた。


「いい匂い……」


「あ! 今日はステーキです」


「わぁ、豪華だね」


「はい!」


「うぉん!」


「チャッピー嬉しそう! チャッピーの分も用意してるからね!」


「あ、買い物に行ったの?」


古城が驚いたように言った。


「はい。羽田さんに一緒に行ってもらいました」


「ああ……」

納得したように小さく頷いた。


花音は気遣って貰ってるのが分かって、嬉しくなった。


「何か手伝うよ」


「あ、あの、ポタージュ、かき混ぜていただけますか?」


「わかった」


「うまそうだね! いい匂いがして来たよ!」


笑いかけられると、花音は自分でも頬が熱くなるのが分かる。


「あ、あとは牛乳を入れたら出来上がりです」


何気ない会話なのに、幸せな気持ちになる。彼が傍にいてくれるというだけで……それだけでこんな楽しい気持ちになれる。


テーブルに並べると、結構いい感じになった。


「いただきます」


彼が綺麗に手を合わせた。花音もそれにならう。


彼は悪戯っぽく笑うと、大きめに切ったステーキを口に入れた。


「はい、あれ、チャッピー……」


チャッピー用に作ったステーキを無視して、古城におねだりしている。


「チャッピーはこっちがいいみたいだね」


「味の付いたものが好きで……」


「ははは、美味しいほうがいいよね」


古城は小さく切ったステーキを口に入れてやる。それから、チャッピーの分を、おいしそうにパクッと食べるた。


チャッピーは、トンと古城の膝に手を置いてじっと見る。それは自分のだと抗議しているようだ。


「はは、どうして? 交換してもいいよ」


古城は悪戯っぽく笑った。


花音は、お箸を置くと、丁寧に頭を下げた。


「どうしたの?」


「あ、あの……今日は有り難うございます! それから、ごめんなさい」


「え?」


「母が無理なお願いをして、ご、ごめんなさい」


「はは、ボディガードは大げさだよね」


古城は可笑しそうに笑った。爽やかな笑顔に花音はホッと胸をなでおろした。


「お母さんの病気のことを聞いてもいい?」


その言葉に、花音は少し暗い顔になった。


「心臓が悪いとか……」


花音はさらに暗い表情になる。


「はい。心臓のバイバス手術を受けています。手術は成功したんですけど……」


「どうしたの?」


「……肺も弱っているとのことで、こちらの病院に移されました。三田に移ってからは、怖いような発作はあまり起きないので、こっちに来てよかったです」


「空気が綺麗なのが、良かったんだね……」


「はい、きっと、そうだと思います」


「お父さんもホッとされてるだろうね」


「どうでしょうか……。よく分かりません。父はほとんど来ませんから」


「…………」


「父は、母が交通事故に遭って危篤だって連絡しても、帰ってこなかったんです……仕事が忙しいのは分かるけど、もっと母を気にかけて欲しい。父は電話をしていればそれで気遣っているつもりなんです」


花音は悲しそうに言った。


「お父さんが来なくて寂しい?」


「あ、いいえ、私……父が苦手で……、あんまり……」


花音は目を伏せて自分の指先をじっと見つめた。


「……明日もお母さんのお見舞いに行ってみる?」


「え? あの……いいんですか?」


「うん」


「わぁ! 有り難うございます! ママ、すごく喜ぶと思います」


花音の顔はパアッと明るくなった。

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