十三・復活 その13

「そうね。そうだわ」

「それから、私達は目撃証言をするんです。詳しく言うと――」

 久山の説明に、峰川は何度もうなずいた。理解しているのかどうかは、外見だけでは分からない。

 筋書きを語り終えた久山は、自らも落ち着くためであろう、深呼吸を二度した。それから思い切ったように。

「さあ。早く首を」


             *           *


 草の上に横たわった千春。

 梨本がそこへ覆い被さる直前、芹澤は斧を力強く叩き付けた。分厚い刃が、梨本の後頭部を襲い、ごつ、という鈍い音がした。

 最初の一撃から第二撃の間は、しばしあった。

「う、う」

 梨本のうめき声に触発されたかのごとく、芹澤は再び斧を振り上げ、そして下ろした。

 呼応して、梨本のうめき声が起こる。また打ち下ろす芹澤。うめき声、打ち下ろしの繰り返しが何度かあった。

 いつしか、うめき声は消え、梨本は絶命していた。

「千春」

 芹澤は即座に梨本の身体を引き剥がすと、千春を愛おしげに抱きすくめる。

 千春も両手を広げた。彼を待ち望んでいたらしかった。

「ついにやったわね。素敵っ」

 静かだが、高い声が、木々の間を縫う。

「これで、解き放たれたわ」

「俺は……千春が喜んでくれるなら、それでいい」

「好きよ、行人」

 短い口づけを交わしたあと、二人は始末したばかりの男を振り返った。

「殺人鬼に殺されたように、首を切り落とさなくちゃね」

「ああ。早く片を付けよう。その前に」

 芹澤は鍵を取り出した。それを梨本のズボンのポケットの奥深く、押し込む。

「これはいらなくなったよ、おじさん」


             *           *


 どっかとあぐらをかいていた生島は腕時計を外すと、テーブルの隅っこに置いた。置くと言うより、投げ出すと言った感じだ。

 指先がテーブルに当たる。無造作で、苛立たしげな手つき。

「遅い」

 怒気を含んだ、いかにも不機嫌な生島の声。いつもの柔らかさはなく、だみ声に近い。

 バンガローの中は、二人の体温で、そこそこ温もっていた。

 二人――生島と吉河原。

 吉河原の方は、両手を後ろ手に縛られ、さらにそのロープを太い柱に結わえられている。彼の目は左右とも閉じられており、うなだれていた。まだ目を覚まさないでいるらしかった。

「おい、起きろよ」

 平手で軽く、吉河原の頬を打つ。反応はない。

「ったく、これじゃあ、『商談』の進めようがない。それに、梨本のおやじ、何をやってるんだ?」

 悪態をつくと、生島は頭を無闇にかきむしった。

「時間にルーズな奴は、私達の業界じゃ、鼻つまみだぜ。出る奴はそれでもまだいいが、番組作る奴が約束に遅れちゃ、首切りもんだ」

 約束の時間をちっきり決めた訳でもないのに、生島の口からは愚痴めいた台詞がこぼれた。

 ふーっ、と疲れたように吐息をし、生島は傍らに置いていた斧の刃をなでた。斧がかすかに揺れたため、室内灯が反射して、きらりと光る。

「こいつで脅せば、口を割るだろう。そうしたらもう用なしだ。ぶち込んで、さっさと終わらせてやる」

 独りごちていた生島が、急に身体をびくりとさせた。

「……うー」

 吉河原が、うめいていた。

「ふん」

 鼻を鳴らした生島。ひとまず、斧を自分の背後に押しやる。

「ようやくお目覚めか。でかい図体の王子様」

 にじり寄り、再び相手の頬を叩く。今度は左右を立て続けに。

 またうめき声がしたが、完全には目覚めていないようだ。

「やれやれ。面倒だねえ。薬を混ぜたとは言え、眠りすぎだぞ。身体がでかい割に、酒に弱いんじゃねえか」

 またも頬を叩く生島。いや、今度は叩くと言うよりも明らかに張る、だ。往復びんたを何度か食らわせた。

 すると、吉河原のうめき声はぴたりとやみ、次に彼はゆっくりと両目を開けていった。

 生島は唇をひとなめして、言った。

「さあて、始めよう――」


             *           *


 すっかり闇色に染まったキャンプ場に戻って来た江藤は、レンタカーから降りるなり、男の声に呼び止められた。

「え、江藤さんですか」

「……塚さんか?」

 暗い中、声のした方へ振り返る。

 懐中電灯らしき明かりがあった。

「そうですそうです。塚です」

 塚の声には、どこかうろたえたようなところがあった。いつものんびりした口調が、落ち着きをなくし、うわずっている。

「何だ? わざわざお出迎えか。男の君に迎えられても、あまりありがたくないが、心配かけてすまなかった」

 帰る時刻が大幅に遅れたことを謝る江藤。

「そ、それはいいですから、と、とにかく来てください」

「……どうかしたのか? 様子が変だぞ、塚」

 呼び捨てにすると、江藤は塚に駆け寄った。

「とにかく、来てください」

 同じ言葉をただ繰り返すばかりの塚に、江藤はうなずいてみせた。

「分かった。行こうじゃないか」

 行くと言っても、距離は大したことない。そこからそこだ。二人はわずかに前後して、居並ぶバンガローの前庭に来た。

「やけに静かだな」

 そう、江藤がつぶやいたと同時に、何人かが集まってきた。

「江藤さん、無事だったんですね!」

 峰川の張りのある声に、江藤が首を傾げた。

「無事? ああ、無事も無事。遅くなって、本当に心配かけたようだ。申し訳ない。夢中になってしまって」

「そうじゃないんです」

 久山が、か細い声で、振り絞るように言った。

「出たんですよ」

「何が?」

 聞き返した江藤に、再び峰川が答える。打てば響くとはこのことかとばかり、実に素早い反応で。

「緋野山の殺人鬼、ジュウザが出たんです」

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