十三・復活 その11
夕食の準備が始まる直前に、ボート小屋の片づけを残しているからと言い訳して、芹澤と千春は密会を行った。
「手順、頭に入ってるわね」
千春の甘い声に、芹澤は一瞬遅れてうなずいた。
「ああ。千春があいつを誘い出し、油断させている隙に、俺が後ろから襲えばいいんだろ。簡単さ」
「行人こそ、油断しないで。お願いよ」
お祈りするように手を組み合わせ、芹澤へ身体を寄せた千春。
「あいつ、年寄りのくせして、意外と力あるんだから注意しないといけない。忘れないで」
「平気だって。それよりも、口裏合わせ、頼むぜ。殺したのは、俺じゃない。千春でもない」
「ええ。ジュウザのやったことにする」
こくりと強くうなずいた千春。
「斧は物置に何本か転がっているから、その中から、一本だけ持ってくればいいわ」
「首を切断しなくちゃならないのが、面倒だな」
「面倒でもやらないと、警察、ジュウザの仕業と考えてくれないかもしれない。殺したあと、なるべく早く、頭部を切り落とすのよ。恐らく、大変でしょうけど、私も手伝うから」
「あ、ああ」
やや怯んだように、芹澤は返事した。千春の口から飛び出す台詞が、今になってもまだ信じられないのかもしれなかった。
「覚悟、決めてよ」
「もちろんさ。千春のためにも、俺自身のためにもやってやる。何度も言わせないでくれ」
「ああ――」
深い息をついた千春。つられる風に、芹澤も深呼吸。
「いよいよ、今夜ね」
「そうだ。あいつもおしまいだ」
自らを奮い立たせたいかのように、芹澤の口調には力がこもっている。
「千春の身体を奪った梨本光治。必ず殺してやるよ」
* *
夕食を始めてから二時間ほどたっても、江藤が帰って来る気配はなかった。
「ひとまず、お開きにしよう」
生島が宣言するように言って、皆を見渡した。
「江藤さんの分、皿に取ってやっといて、千春ちゃん。頼むよ」
「はい、分かりました」
紙の皿にあらかじめ選り分けておいた肉や残り物を、てきぱきとした手つきで載せていく千春。
「どこに置いとけば、いいんでしょう?」
「そうだね……バンガローに置いてやってもらえるかな。昼をもらった、あのバンガロー」
「ちょっと待ってくださいね。梨本の伯父さん!」
快活な声で言って、生島の話を通す。
「いいとも。どうせ空なんだ、開けておこう」
生島へ顔を向けた梨本は、何かのついでのように、にやりと笑った。
よく似た種類の笑みを返す生島。
「どうも。ああ、それから、あとでそっちに寄りたいんだが、いいか?」
「かまわんぜ」
そう答える梨本の袖を、千春が引っ張った。
「ねえ、伯父さん、私も話あるの。聞いて」
「あ? うん、分かった。何だね」
そんな言葉を交わしながら、梨本と千春は、バーベキューをやった広場を離れ、ボート小屋の方へと、闇に解けていく。
少しの間、顔をしかめていた生島だったが、気を取り直したか、急に大声を上げた。
「おお! 吉河原君。大丈夫かい?」
吉河原は地面にへたり込み、テーブルの脚に寄りかかっている。
「私が無茶飲みさせてしまったようだな」
「ほんとですよ、生島さん」
駆け寄った生島の背に浴びせる具合に、塚が言った。
「どこを気に入ったのか知りませんが、やたらと酒を勧めてましたなあ」
「塚さん、手伝ってくれませんかね」
「手伝うとは、はて、何をですか?」
とぼけた口振りの塚に、諭すように言ったのは生島でなく、堀田であった。
「決まっているでしょうが。吉河原君を運ぶのよ。どこが部屋だか知らないけど、ここに放置しておく訳にはいかないでしょう」
「ああ、なるほど」
ぽんと手を叩き、それでもちっとも慌てていない態度でしゃがむと、吉河原の左脇の下に頭を入れた塚。生島はすでに、右の脇の下で同じ格好をしている。
「う。重いな、こりゃ」
「あっ、そんなことしなくても」
後片付けに奔走していた芹澤が現れ、申し訳なさそうに口を開く。
「お客さんの関係者ならともかく、従業員が酔って寝込むなんて、問題です。僕らの方でやりますから」
「いやいや、いいよ。飲ませたのは私なんだしね」
生島は、吉河原の身体を支えて立ち上がった。
「どこへ運べばいいのか、教えてくれないかな」
「でしたら、こちらへ」
案内を買って出た芹澤。
「一番左端のバンガローが、従業員寮みたくなってるんです」
「へえ。男も女も一緒か」
「え? ええ、まあ」
塚の問いかけに、答えにくそうにする芹澤。
「どうだね、芹澤君」
息を若干乱しながら、生島が持ちかけた。
「もう一つ、バンガローを開放してくれるよう、私が梨本に頼んであげようか。無論、千春ちゃんと一緒」
「え……それは」
戸惑った口調になる芹澤へ、塚が冷やかすように口笛を短く鳴らした。
「いいねえ。若い内に、何でも経験しとく。経験は武器になる。男の武器は多い方がいい」
「塚さん、何です、それ」
苦笑混じりの生島。
「いや、実を言いますとね、私も梨本さんから鍵を借りたんですよ。バンガローの」
「おやおやぁ? じゃあ、誰かとよろしく……」
「そこらは察してくださいな」
社会人二人のそんな会話に呆れたらしく、芹澤は力の抜けた声で言った。
「あそこです。あと少しですよ」
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