十三・復活 その3

 彼の言葉に、残りの五人は皆、互いに顔を見合わせる仕種から、うんうんとうなずいた。

「それこそ畑違いだからよく知らんが、確か、殺人鬼の正体を追うという趣旨の絵を撮影したかったのが、逆に殺人鬼の餌食になったんじゃなかったっけな」

「その通りですよ、江藤さん」

 塚がことさらに大きくうなずいた。

「えーっと、九人皆殺しだったな。犯人はジェイソンみたいな奴らしくて。そいつ、ニックネームまで持ってるんですよ、ジュウザってね。いやあ、奮ってますねえ」

「ほんとですよね、怪盗ナントカみたいなセンス」

 同調するのは峰川だが、どこまで本心から言っているのか分からない響きがその口ぶりにはあった。ニュースを読み上げているときに似た、感情の乏しさや強弱のなさのせいかもしれない。

「何で思い出したかというとだ」

 江藤は自分のペースで話を再開した。

「記憶が間違ってなけりゃ、事件が起きた現場は緋野山だった。すぐそこにある」

 低く静かな口調の江藤に対し、他の者達は明るく笑い飛ばした。

「それがどうかしたんですか」

「峰川さん、あなたはニュースで報じたことあるんじゃないかな? 詳細を教えてほしい。特に、犯人がどうなったのか」

「申し訳ありませんが、知りません」

 素っ気ない峰川。

「アナウンサー時代と重なっていない?」

「いえ、一番最初の事件が発生した頃は、まだ独立してませんでした。だから読んでます。でも、その後なんて、全く」

「それよりですね」

 塚が、やんわりと割って入った。

「江藤先生、どうしてそんなおっそろしい話を持ち出したのか、その理由をまだ伺ってないんですが」

「先生はやめてくれ。むず痒い」

 しかめっ面になる江藤。が、塚はしゃあしゃあと続けた。

「いえいえ、ご謙遜を。私に放送作家の何たるかを仕込んでくれたのは、先生じゃありませんか」

「からかいなさんな。話を戻すと、折角近くに、世間的に知られた事件の現場があるのに、それを放っておく手はないんじゃないか。そういう意味だ」

「作家として取材に行こう、と?」

 堀田は面を起こすと、髪をかき上げた。

 彼女に続き、生島が渋面を作りながら口を開く。

「江藤さん、頼みますよ。我々は休暇のために来たんですから、そういう仕事につながる――」

「ああ、誤解しないでくれ。個人的に、行ってみたいと思ってるんだ。皆さんに強制するつもりはないし、権限もない」

「さすが、どんなときでも本職を忘れない」

「茶化すな」

 塚と江藤のやり取りのあと、

「お一人で行くのなら、それは自由でしょうけど……足がないんじゃありませんか、江藤さん?」

 と、久山が言った。うなずき、同調する生島。

「そうだな。いくら近いと言ったって、湖に注ぐ川のかなり上流ですよ。山道になるし」

「そこで相談なんだが、車を貸してもらえないかな、生島さん」

 箸を置き、右手の人差し指を立てた江藤。

「それはちょっと……。詳しい道順、ご存知ないんでしょう? 悪くしたら、我々がここから帰る折のガソリンが足りなくなりかねませんよ」

「そうか。それもそうだ。では、レンタカーだ」

 断られるのを予想していたらしく、江藤は淡々と言った。それから左懐に片手を突っ込み、何やらまさぐっていたが、やがて困惑、ついで納得の表情を浮かべる。息が髭をかすかに揺らした。

「忘れていた。仕事を離れろって生島さんに言われて携帯電話は置いてきたんでしたな」

「電話なら、管理人の小屋にしかありません」

「そう。自転車も借りられるだろうね? レンタカー屋まで歩きは辛い」

「その程度の距離なら、車で送りますよ」

「いやいや。こうなれば、生島さんの車は意地でも使わない。自転車で行くと決めた」

 江藤は残っていたジンジャーエールを干し、足早に席を立った。

「晩飯は七時スタートを予定してます。それまでに戻ってくださいよ!」

「ああ、分かった」

 振り返りもせず、片手を上げて応じた江藤は、バンガローの外へ出て行った。

「仕事熱心だねえ、江藤さんも」

 苦笑いしながら生島が言うと、他の者も同様に笑った。

「その上、頑固だ」


             *           *


「すみません。釣りをするから、ボートを出してもらいたんだけど、こっちでいいの?」

 堀田の声に、水色のポロシャツを着た青年が振り返った。と同時に立ち上がり、堀田達のいる方へ寄ってきた。

「そうです。いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」

 声質は、男にしては高い。

「君が芹澤君?」

 堀田に少し遅れて歩く塚が、初っ端から親しげな口調で聞いた。手にはシンプルそのものの釣竿にバケツ、その他細かな道具。

「そうですが……ああ、梨本さんから聞いたんですね」

「ご名答。想像するに、芹澤君はあの千春という女の子といい仲だと見たんだけれど、どうですかな?」

 遠慮のない塚の問いかけに、芹澤は案内の足を止めた。向き直り、塚にきつい視線を向ける。

「あ、あの、な、何なんですか」

「いや、別に他意はないですよお。聞いてみたかっただけ」

「からかっちゃだめよ、塚さん」

 手で口を隠しながらも、くすくす笑いを漏らす堀田。

「分かってますよ。ただね、江藤先生を見習って、自分もちょっとは仕事の足しにですね、最近の若者の生態を知ろうという」

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