第七項 アンカーは委員長

 生徒会長から、アンカー委員長へのバトンリレー。その光景を目の当たりにして、生徒会長に向けて指をさす理亞ちゃん。


「あ、生徒会長が委員長にバトン渡すよ! バトンどころか両手で委員長の手を握りに行ってるやん。ウケる。」

「本当だ! 私の時は除菌までしたくせに!」

「あはは、それな。」


 バトンリレーと言うよりは、感動の再会と言う光景だった。生徒会長が、委員長に飛びつき抱きつくくらいの勢いで。


 それを委員長が優しくいなす感じ。


 まったくなー。

 生徒会長、私に対しては両手を除菌させてひざまずかせてバトンを渡させたくせに。なんだこの格差は。


 と言うわけで、生徒会長からバトンを受け取った委員長。


「零様、頑張って! 愛してますわ!」

「ありがとう、行ってくる。」


 その光景は新婚カップルの朝の出勤時、新妻が旦那さんを見送っているようにみえた。まさしく、その空間は別世界だった。


 委員長は、生徒会長にウィンクして見せ、そのまま走り去った。


「零様、すき……」


 膝から崩れ落ちる生徒会長。


 めろめろである。

 生徒会長めろめろ。もう溶けそうである。


 一方、我が委員会の委員長。

 

 って。


「はっや!」


 理亞ちゃんが奇声をあげるのも無理は無い。


 委員長の長いハチマキ、それに長い黒髪が後ろにたなびく。


 早い。


 かっこいい。

 伸びた背筋、大きく手を振り大股で走る姿、綺麗なフォームに思わず目が釘付けになる。


 足が長いから、これがまた絵になるのだ。

 撮影禁止なのが悔やまれるくらい。毎日寝る前に、その映像を眺めたいくらいには美しい。


 制服なのが逆に良いのだな。

 スカートを蹴り上げながら走る、テレビドラマのようだ。


 青春である。

 これが、青春である。

 アオハルである。


 ――リア充爆ぜろ委員会、追い上げます!

 ――きゃー、かっこいい!


 黄色い声をあげる場内アナウンス。

 もう主観が入っているではないか。


 でも、わかる。

 委員長、かっこいい。


 ――リア充爆ぜろ委員会、4位の書道部を抜かしました!

 ――かっこいい!


 ――リア充爆ぜろ委員会、3位の美術部を抜かしました!

 ――かっこいい!


 もう、書道部と美術部が可哀想でならない。

 委員長の引き立て役としか見られていない。


 だけれど、それほどに鮮やかに軽やかに、彼女らのことを抜いてしまったのである。


 観客も一斉に委員長の姿を目で追っている。

 それはもう、一幕のショーを見せられているかのようだった。


 ペースは落ちない。いつまでも走れそうだ。

 むしろ、ずっと見ていたい。感じていたい。委員長の美しい走りは、そう思わせるには十分だった。


 そして、ついに。


 ――リア充爆ぜろ委員会、2位の軽音部を抜かしました!

 ――きゃあああああああっ!


 悲鳴をあげる場内アナウンス。

 そんな偏った実況で良いのか?


 まあ、観客も楽しそうだから大丈夫か。


 2位の軽音部を抜いたって事は……委員長が走る前の順位は5位、ビリだった。


 しかも、ものすごく差が開いていたのだけれど、あっと言う間に3人抜いてしまったのだ。


 と言うか、むしろ心なしか抜かれた側の軽音部のランナーが、委員長に見蕩みとれていた気がする。もっと言えば、委員長の流れる黒髪の匂いを嗅いでいたような気もする。


 いいなあ。

 私も委員長の黒髪をクンクンしたい。


 実は匂いフェチの私。


 ……コホン。


 私の性癖は置いておいて、委員長は、ひたすら走る。


 残り100m。


 抜けるか……?


 握りしめた両手に思わず力が入る。


「零さまーっ!」

「委員長、いっけーっ!!」


 生徒会長と理亞ちゃんの声が届いたのか、更に委員長のピードが増す。


 そして、ついに。


 ――リア充爆ぜろ委員会、吹奏楽部に追いつきました!


 場内アナウンスの興奮は止まらない。

 本部席を見ると、マイクを握りしめて立ち上がる放送委員の姿が見えた。


 早い。

 それにしても早い。


 空気抵抗を防ぐためか、プレッシャーを与えるためか、吹奏楽部の真後ろに委員長が付く。


 中々抜けない。


 粘る吹奏楽部。


 あと30m。


 うわあっ!


 最終コーナーを回ったところで、吹奏楽部がスピードを上げた。ラストスパートだっ!


 まだ余力を残していたのか!


 ――吹奏楽部早いっ!

 ――リア充爆ぜろ委員会を突き放します!


 日頃鍛えている吹奏楽部。

 その中でも一番早い走者だ。腿が高くあがっている。その足の速さにも納得だ。


 だけれど、我が委員長だって負けていない。


 吹奏楽部の背中に食らいつく。


 再び、吹奏楽部の真後ろに付く委員長。


 あと10m。


 だめかっ?!


 あと5m。


 あと3m。


 そして、ついに。


 ――並んだっ!


 場内アナウンスの叫び声に鳥肌が立つ。


 あと1m。


 息をのむ観客。そして、私たち。


 そして。


 ――ゴール!


 ……え、どっち?


 委員長と吹奏楽部、横並びでゴールテープが切られたみたいだけれど、どうだったのかな……


 両膝に手をつき息を切らす委員長。


 本部テント内では、先生達が集まってモニターを見ながら協議している。ビデオ判定でもしているのだろうか。


 生徒会長は、タオルを手に持ち委員長に駆け寄る。


「零様、これを。」

「ああ、百々花、ありがとう。」


「委員長、お疲れ様です!」

「素敵でしたわ、零様!」


 理亞ちゃんと生徒会長は委員長のことを次々にねぎらった。


 本当に早かった。

 肉眼では吹奏楽部と委員長、どっちが早いか判断をつけることは難しいくらいの接戦だった。


「同着……ですかね。」

「いや。写真判定が行われているはずだから、もうすぐ結果が出るはずだ。」


 私たちは本部に注目して、リレーの結果を待つのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る