48歳主婦女性
「では転生したい生き物についてお伺いしたいのですが」
「転生ねぇ。ちょっと興味があったから来てみただけだからあんまりわかんないのよねぇ」
「なにか生まれ変わりたい生き物とかありませんか?猫とか」
「猫ちゃん!いいわねぇ。うちで飼っているみぃちゃんに転生ってできるのかしら」
「はいできますよ。先に入っている魂をこちらで一時的に預かりますので、一か月後はちゃんと元の猫に戻ります。ご安心ください」
「はぁ」
なんだかよくわからず適当にうなずく。
なんで私が転生なんか……。娘が母の日のプレゼントに一か月休んできなよとここのチケットをくれたから、来てみたら転生屋さんなんて。最近流行ってるって娘は言っていたけどこんなのテレビでみたことないのにどこで流行っているのかしら。
訳も分からず綺麗な大きな建物の中を歩かされる。
まるで大学病院みたいだわ。まだそんな年じゃないのに入院しに来た気分になっちゃう。
案内された個室にはダブルベッドくらい大きな装置が置かれていて、蓋が開けられていた。
「ここの中で寝そべっていてください。じきに睡魔が襲ってきます。そして目を覚ましたら猫になっています」
猫になっています、ですって。賢そうなお姉さんが大真面目な顔で言うと少し面白いわね。こらえきれずフフッと声に出して笑うとベッドの横にいたお兄さんに睨まれてしまった。
すみません、と笑いながら軽く頭を下げて、そのまま装置の中に入り込む。
病院で精密検査でもされるのかしらなんてのんきなことを思っていたら本当に眠くなってきて、そのままふかふかのベッドで眠り込んだ。
目を開けると眼前にふわふわの白い絨毯が広がっていた。
びっくりして手を出すとこれまたふわふわ!
手のひらを近づけて、目の前でぐーぱーしてみる。もふもふの手がむぎゅむぎゅと動く。
真っ白の毛と真っピンクの肉球、よく整えれれた爪。完全にみぃちゃんのものだ。今寝ているこのふかふかの食パンのクッションもこのまえ娘がみぃちゃんのために買ってきたものだ。
(すごいわほんとに猫になっている)
口走ったつもりが、耳にはにゃおにゃおと聞こえる。
どこどこと大きな足音がするのでそちらを驚いてみると隣の部屋に誰かの人影が立っている。メガネはどこかしら、ときょろきょろした。ああ、そうだ私猫何だった。うっかり。それにしても猫ちゃんの視野悪いのね。近くしか見えないわ。みぃちゃんが私を確認するためにとっても近くまで寄ってくるのはそういうことだったのね。
またどこどこと大きな足音。今度はどんどん大きくなる。
「今日はみぃちゃんよく鳴くなぁ」
この猫なで声はうちの旦那の声だわ。どこにいるのかしら。
「みぃちゃんちゅーしたいのぉ。可愛いねぇ」
うーと近づいてくる旦那の大きな顔に思わず退く。
「ありゃ、みぃちゃん逃げちゃうの」
この人こんなにみぃちゃんに甘々だったの。知らなかった。
びっくりしすぎて逃げ出してきたけれど、猫ってこんなに小さいのね。机も棚もどこもかしこもとっても遠いわ。でも体が本能的に覚えてるみたいで軽々とジャンプして机の上に登れちゃう。なんだか体が軽くなったみたいだわ。こんなに動き回るのなんて何年ぶりかしら。いまじゃちょっぴり歩くだけでどこもかしこも痛くなるんだから。たまったもんじゃないわね。
「ただいまー」
(おかえりー)
「あれ!みぃちゃんお出迎え!珍しいー!」
「なんか今日みぃちゃんよく鳴くしいつもと違うんだよな」
「えーそうなの。もしかしてママみぃちゃんに転生したとかね」
「まさかなー」
そのまさかなんですよ!にゃおにゃお言いながら伝えようとするも惜しくも届かず。それにしてもさすが私の娘ね。勘が鋭い!パパはさっきから私にちょっかいばっかりかけて、何しているのかしら。
「今日から私がご飯作るけどなにがいい?」
「うーん、ここだけの話ママいつも和食ばっかりだからたまにはほかの料理食べたいかもな」
なんですって!あなたが和食好きだって言っていたから和食でそろえていたのに!言ってくれれば洋食でも中華でも何でも作るのに!
「いたた!どうしたのみぃちゃん急に爪立てて!」
「やっぱりママなんだよー。こっそり悪口言うから怒られたんだー」
「そんなばかな!あいてて」
全くこの人は……。育て方間違えたかしら。娘はこんなに立派に育ったのに。
「ママごめんよー。ママのご飯も大好きだから許してくれよー。この前仕事の付き合いで行った料亭のご飯よりママのご飯のが美味しくて驚いたんだぞー」
適当言ってご機嫌とろうとしてー!最後に仕事に付き合いでご飯行ったの去年じゃないの!もっと早く言いなさい。
「みぃちゃん逃げちゃった」
「パパがいじめるからでしょー。夕飯オムライスでいい?材料買ってくるね」
「ちょっと顔近づけただけだ」
「髭そってないからじょりじょりやなんだよきっと。じゃいってくるね」
バタバタガシャンと家を出る音がした途端、旦那の声がし始めた。
「みぃちゃん遊ぼうよー。ママがいないと寂しいんだよ」
ほんと昔から可愛くない人だこと。寝室の棚の上まで逃げてきたから見つかるわけないわ。それにしてもここ埃まみれね。今度掃除しておかなくちゃ。
「あーいたいた。みぃちゃんここすきだねぇ」
突然部屋の中に現れた人間の姿に腰を抜かしそうになる。みぃちゃんいつもここに隠れているの。知らなかったわ。
仕方なく旦那につかまり、膝の上で撫でられながらぼんやり考え事をする。
無意識的にみぃちゃんの本能のようなものに従ってしまっているのね。だから考えて動いていると思いきや、いつもみぃちゃんの動きを見ている旦那にバレてしまう。人生で初めて猫の面倒を見ておけばよかったと後悔したわ。動物は苦手なのよ。何考えてるかわからないから。
でもいざ中に入ってみるとどうってことない、何にも考えていないものなのね。そういえば転生屋さんのこと娘に教わったときにみたパンフレットに犬に転生した人のことが書いてあったわね。そこでも案外難しいことは考えてないみたいなこと言ってた気がするし、そんなもんなのかも。
それからまったり猫ライフを満喫してたの。暇さえあれば日向ぼっこしてお昼寝。たまにおもちゃで遊んだり、旦那に追い回されたりかくれんぼしたり。なんだか若い時のこと思い出しちゃうわ。今度みんなでスポーツでもやりにいこうかしら。終わった後のことを考えてワクワクしていたの。
「みぃちゃんごはんだよー」
娘がお昼ご飯を用意してくれた。ちゃんと面倒見ていい子なんだから。このまえギターが欲しいって言ってたわね。買ってあげようかしら。
ご飯をかみ砕くのも飲み込むのもうまくなったわ。最初のうちは何度か詰まらせそうになったけれど。
ん?あれ?夢中で食べていて気が付かなかったけれどなんか胸のあたりが痛いわね。なんか呼吸もしづらい気もするわ。おかしいわね。
「おい。なんかみぃの様子が変だぞ」
「え?あ、ほんとだ!なんか苦しそう!大丈夫!?」
「ちょっと医者行こう。実里お前は休日も診てくれる医者探しといてくれ。出かける準備する」
「わかった!」
二人が頑張ってくれてるけど、目が、見えなくな、る。
目を覚ますと真っ白な機械の中にいた。驚いて起き上がるとごつんと頭を打ち付けた。
「いてて……あ、れ……?」
今、私喋ったのかしら?
頭を押さえていた手を視界に入れると、肌色。皮がそのままみえたつるつる。これは人間の体だわ。
「あら!」
びっくりして大きな声を上げると、機械の窓から研究員の格好をしたお兄さんが私と同じくらい目を丸くしているのが見えた。
プシューと風が中に押し寄せてくると蓋が上に上がり始めた。
「ちょっと待っていてください。こんなことが起きたのは初めてで……」
何を焦っているのかしら。
口を開けてお兄さんを見ていると、せかせかと部屋を出ようとしたら、先に扉が開いた。
「大変です!こちらで預かっていた猫さんの魂が逃げ出し強制的に自身の肉体へ戻っていってしまいました!」
「そうなのか!こちらも三日早く魂が帰ってきてしまい焦っていたところだ」
「あのそれは一体そういうことなんですか?」
「もしかしたら猫さんが自らの意思で魂をお客様の体に返し、元の魂と交換した可能性があります」
「もしよろしければこちらで保証金などお支払いいたしますが……」
「は!そうだわ!」
急に思い出したわ。さっきまでのこと。
「どうされました!?なにかお体に異常が」
「体に異常があるのは私じゃなくて猫のほうなの!」
「というと……?」
「私、戻ってくる前に猫が倒れたの!だから今すぐ家族のもとに行かなきゃ」
居ても立っても居られないわ。今すぐ皆のところに行かないと。
「ちょ、ちょっとまってください!」
走り出そうとした途端、腕をつかまれてしまう。んもう!人の体は重いしでかいわ。
「精密検査やリハビリなどを行ってからでないと外には出せないきまりなんです」
「何堅苦しいこと言ってんのよ!こっちは緊急事態なのよ!そんな型にはまった人生でいいの?」
焦りからちょっと大げさなことを口走りながら逃げ出そうとする。
「三浦様?お目覚めになられていたんですか!」
逃げようとした先からまたひとりの堅苦しい男が現れてしまった。
「大変です!今ご家族から連絡が入り、三浦様がご転生されていたペットのみぃ様が意識不明になったため、病院へ搬送したと……」
「だから今向かおうとしてんのよ!」
「でしたら当店が搬送先の病院までタクシーを手配いたしましたのでそちらにお乗りください!」
「それを待ってたのよ!あなた気が利くわね」
気の利くお兄さんの後を続いて裏口のようなところから出る。出てすぐにあるタクシーに乗り込み、急いでと運転手のおじさんに伝える。
タクシーは勢いよく走り出した。
転生専門店、燐火ねいし苑 霖雨 夜 @linnu_yoru
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