第30話 優しい呪いですわ
子どもの体は泣くと眠くなるようですが、幸い、私は先ほどまで寝ていたせいか平気でした。目元が赤く腫れた私は、さぞ不細工でしょう。以前も泣いた私に、王太子リュシアン様は「醜い」と吐き捨てました。
泣いて同情を買う行為に見えたようです。それが思い出され、慌ててハンカチで顔を隠しました。でもカオス様は何も言わず、私の眦に唇を寄せます。ハンカチの上から、そしてハンカチをそっと捲って。何度も触れるだけのキスに、視線を向けたら嬉しそうに笑いました。
自分が最高神のカオス様を喜ばせている。不思議な感じがします。この方なら聖女様も選び放題なのに、どうして私を選んでくださったのでしょうか。やり直しのチャンスまで頂いたなんて、この身に余る栄誉ですね。
「カオス様、教えてくださいませ」
穏やかな眼差しに、愛されていることを感じます。優しいキスに心は温まります。だから平気ですよ。教えてくださいませ。私を傷つけたあの人に、あなたがどんな罰を与えたのか。
「僕は聞かせたくないんだ」
「私は知りたいです」
生まれ変わる前の私なら、耳を塞ぎました。愛する人を失った私が消えた世界で何があったか、きっと尋ねる勇気はなかったでしょう。でも今は泣いてもあなたがいます。抱き締めて優しく許してくれる腕があれば、泣くことも悪くないと思いました。
「お願いします、カオス様」
私は狡いのです。あなたが私を本当に、心から愛していたら頷いてくれると知っています。愛を試す気はありませんが、あなたは私の願いを叶えてくれるのでしょう。私は自分のために、排除された方の末路を知る義務がありますわ。前世で殺された腹いせによる興味ではなく、排除されたリュシアン様を嘲笑うつもりもありません。
私が私という存在であるために、首を落とされたあの日を乗り越えたいのです。見つめる先で、カオス様は困ったような顔をして、それから口元を歪めて笑いました。このお顔は、お父様が私のお願いを聞いてくださった時に似ていますね。
「わかった。説明しよう」
改めて、カオス様はお茶を用意しました。テーブルに置かれたポットは、宙に浮いてカップにお茶を注ぎます。まるで目の前に見えない侍女がいるみたいですね。驚いて目を見開いていると、カップが2つ、私達の前に並びました。
「王太子リュシアンは廃嫡、王家はすべての権利を放棄して平民となったよ。代わりに君の父上クリストフが新しい王として立ち、君は明日から王女殿下だ」
ある程度想像できた内容と同じでした。ですから、疑問は自然と浮かんできます。この程度の内容でしたら、カオス様は私に隠す必要はないのですから。
「それだけ、ですか?」
「いや。まだある……リュシアンは僕に逆らった罪で破門になった。殺しても傷つけてもいけない。そう付け加えたから、簡単に死ねないね」
そう言って偽悪的に笑ったカオス様のお顔を下から拝見しながら、私は口元を緩めました。
「お優しいのですね」
「おや? 今の話のどこに優しい要素があるんだい。前世の罪があるとはいえ、8歳の子どもの暴走を許さず地位も財産も奪った。両親も同様だ。その上、死ぬことも許さないなんて……呪いだろう?」
ほら、そうやってご自分で悪く仰るけれど。気づいておりますのよ、私。付け加える必要のない言葉を、きっとあなたは誤解されるように口になさったのでしょうね。
「ええ、とても優しい呪いですわ」
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