第25話 神への冒涜(SIDEカオス)

*****SIDE カオス




 王宮の奥にある神殿に顕現する。可愛いレティの寝顔を見せる気はないから、花模様のレースで覆っておこうね。ふわりと上からかけて、抱き締め直した。これなら息苦しさもないし、外の様子も見えるけど起こしたくないな。まだ眠る愛しい姫の黒髪に接吻けた。


 僕と同じ黒髪は、君が生まれる前から僕の伴侶である加護の証だ。美しい森の緑を宿した優しい眼差しは、木漏れ日のように心地よい。愛らしい微笑みやころころ変わる表情が、どこまでも僕を引き付けて止まない。レティの両親は彼女を「天使」だと表現するけれど、それ以上の存在だよ。


 閉ざされた神の在所の扉を中から開いたことで、飛んできた神官達が一斉にひれ伏した。


「カオス様のご降臨、まことに……」


「挨拶はいらない。僕の聖女レティシアに、この国の王太子リュシアンが手を出そうとした。ここまで言えば分かるよね」


 僕は怒ってるんだ。そう示すだけでいい。青ざめた神官数人が大急ぎで外へ駆け出していく。王宮の神殿は敷地の中でも奥まった場所にあった。王族ぐらいしか参拝できない場所だけど、神官の数は多い。理由は簡単だ。他の神々もまとめて合祀されているから。中には市井に神殿のない神もいるくらいだった。


 神殿や信者の数は、神の力になんら影響を及ぼさない。そのため人間に興味のない神は、表に出て来ないので存在すら知られていなかった。僕のように人に関わる神の方が珍しいね。壇上から降りて歩き出せば、慌てて道を開ける神官が恐る恐る尋ねた。


「そちらのお嬢様は……その」


「僕の聖女だよ」


 自分でも表情が和らぐのがわかる。レティに向ける眼差しに愛しさが滲んだ。こんな愛らしい子を追い詰めるなんて、あの子供にはしっかりお仕置きが必要だ。誰に操られようが関係ないさ。僕が気に入らない――それが処罰の理由になるんだから。


 ドレスの裾が少し汚れているかな。浄化を掛けて綺麗に整え、彼女が抱きしめる人形ごと大切に運ぶ。進むたびに神官達が足元に白い花を撒いた。穢れを払うとされる小花に、僕の象徴である白百合も混ぜられている。


 建物の壁面に屋根を突き出す形で作られた廊下の外は、花が咲き乱れる庭園だった。そこから急ぎ手配したのだろう。侍女らしき女性達が花を摘んだ籠を神官に手渡していた。随分信心深い国みたいだけど、王子の教育はどこで間違ったんだろう。


「レティシアを返せっ!」


「いけません。王太子殿下!!」


「神への冒涜ですぞ」


 飛び込んできた子供は、神官を引きずりながら近づこうと暴れる。殴られても蹴られても手を離さない神官に、慈悲で治癒を施した。感激する神官達はなんとかリュシアンを押さえつける。神の許可が出ていれば、王族だろうと恐れる必要はない。


「レティは僕の聖女、君が名を呼び捨てること自体……不敬にあたるよ」


 穏やかに諭した僕の声に、身の程を弁えない子供が噛みついた。


「僕のレティシアだ」


「な、なんということを……っ!」


 駆け付けた神官長が絶句する。神に対して口答えするなど、彼の常識では理解の範疇を超えたようだ。息を詰まらせて目を見開き、全身に冷や汗が流れていた。全能神たるカオスに、一国の王族風情が正面から啖呵を切った――この状況に神官長は心臓を押さえて呻いた。


「申し訳ございません。こ、これは国の、人間の総意ではございませぬ。平にお許しを」


 人間すべてが滅ぼされかねない暴挙だ。慌ててひれ伏した神官長が詫びる姿に、慌てた周囲の神官も花籠を置いて平伏した。

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