第90話 『火星に』 その8


 あちらのヘレナ王女は、身体は人類だが、中身は正体不明の怪物である。

  

 まさしく怪物であり、たまに、人類を食糧にする必要性があるが、最近は代用食を開発していた。


 しかし、その王国には、いまも、人類を調理する専門の職人が密かに存在している。最近は出番がないため、王立調理大学の教授をしていたが、それは、世間には絶対に出ないという永年の慣例を破った、ヘレナさまが行った画期的な改革の中の出来事のひとつ、であった。


 王女さまの、その中身は、火星の女王さまではないかともされるが、はっきりはしない。


 火星の女王さまは、かつて、まだ海があった時代の火星や金星を支配した存在と言われる。


 しかし、こちらのヘレナさんは、そうした化物ではない。


 本人は、それを、いささか残念にも思っていた。


 非常に良く似た宇宙なのだが、違いもあったのだ。


 『今日は、お散歩がてら、警告にまいりましたわ。』


 あちらのヘレナ王女が言った。


 『はあ? また、珍しい。お互いに、不干渉でしょう?』


 『まあ、そうです。しかし、この存在は、双方の宇宙にとって、良くないイレギュラーです。』


 『なにか、良くないものを、食べましたか?』


 『まあ。そうですね。多次元宇宙盗賊 《マヨ・ネーズ・アラン・ヤ・キ・ブータ》という大泥棒が、あなたの宇宙に侵入したと、こちらのアニーさんが関知しました。』


 『なんだか、明らかに、冗談みたいな盗賊ですこと。』


 『本人が、そう名乗っているわけです。ヤ・キ・ブータは、ナバラン星人とされ、寿命は20億年とも、30億年とも言われますが、わが宇宙の存在ではありません。まあ、妖怪変化です。しかし、非常にやっかいなことに、他所の宇宙に自由に出入りします。通常は、重力と、わたくし 以外には出来ません。』


 『あなたは、例外ですか?』


 『もちろん。しかし、さらに、やっかいなことに、どのような姿にもなります。気体、液体、個体その、中間。誰にでも化けます。』


 『まさに、アニメか、SFですね。あなたの、同族では?』


 『まあ。ほほほほほ。たしかに、最初は、そうかもしれないと、期待もしたのですが。しかし、そやつには、倫理観とか、約束事とかがないのです。つまり、この世界の善悪は理解不能です。ほしいと思ったら、それだけなわけよ。』


 『ふうん。やっかいですね。統治者には。』


 『そうです。市民にもね。まあ、お伝えしておいた方が良いかと思いまして。』


 『ありがとうございます。ヘレナさま、ついでに、いま、ルイーザさまは、祈祷所に籠っています。誰も知らないので、ちょっと、フグ料理などいかがですか? 日本から今朝取り寄せたものがございます。』


 『それは、是非とも。』





      🐡アワレ




  

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