第22話 『練習』3
それは、奇跡的だった。
信じられない。
さっきまでの、ちょっと上手めの寄せ集めアマチュア・オケ、という感じだったものが、もう、これならば、世界に通じるプロ・オケのレベルである。
しかも、きちんと弾けている、というレベルではない。
高い自発性があり、にもかかわらず、アンサンブルが壊れることはなく、指揮者の要望に適切に反応している。
音楽の喜びに満ち溢れていて、うきうきすること、この上ない。
管楽器などの個人的な技量も、ちょっと信じがたい位にみごとである。(オケの管楽器奏者は、基本的にソリストである。)
ベートヴェン先生が聴いていたら、舞台に飛びあがって、踊りまくりそうだ。
そりゃあもう、副指揮者殿も、びっくり仰天したに違いないが、あまりに気持ち良いせいもあってか、第1楽章の最後まで、本当にいっぺんに行ってしまった。
『はあ・・・・みなさん、何か休憩時間に食べましたか?・・・え? ・・・スぺシャルドリンクとか?・・・ではない、ですか。ふううん。。。信じがたいですが、今の演奏なら、昔ならば、すぐに大手レーベルから、レコーディングの要請が来ますね。ね、コンマスさま?』
『おほほほほほほ。』
王女様が、高らかに笑った。
普通ならば、高慢ちきなやつだ、と捉えられかねないはずだが、あまりに、彼女は、それしかないというツボに嵌っていて、そう言う感じが全くしないのは、これまた不思議と言うほかない。
それが、プロの王女様と言うものなのだろうか。
『なんだか、身体が勝手に反応してるんですよ。いやあ、弾いてる方も不思議です。おれって、こんなに弾けたか? と、思うし、みんなそうですよ。なんで、普段の練習の時には、そうしなかったの?』
さっきまで、コンマスをやっていた、ヴァイオリンの次席の人が言った。
この方は、世が世なら、ソリストとして大活躍するであろうと言われるくらいの才能がある人だったが、今の地球世界は、芸術音楽など忘れてしまっている。
だから、まったく活躍の場がなく、普段は、あの新設の首都の、とある宇宙人相手のレストランで、皿洗いとかの仕事をやっているらしい。
また、演奏を披露することも、あるらしい。
だから、彼は、宇宙人の反応や好みをかなり知っている。
仕事のない日などや、空いてる時間などには、ひとりで、黙々と街はずれの公園で、練習をしていたようだ。
タルレジャの王女様が、そこに目を付けてくれたのは、当然なのか、偶然なのかはわからない。
彼女は、その天才的な人物をも、はるかに凌駕する力があるらしい。
確かに、国家が生存の危機に陥った時、どこから経費を削って行くかというと、こうした文化関係から始まる国も多い事だろう。
もちろん、これが、最大の収入源であるような国は、別かもしれないが。
ぼくの出身自治国も、音楽とか、演劇とかを復活させる気は、まだないようだった。
というか、音楽などは、その意思の中にないらしい。
『コンマスさまさまなんでしょうね。』
ヴィオラの首席に座っている女性が、ずばりと言った。
『まあ、それは、わかりますよ。それだから、そこに座ってるんだもの。』
副指揮者殿が、さらに続けた。
『で、いらっしゃらないときは、みなさん、元に戻るのでしょうか?』
あちこちで、失笑が起った。
『いえいえ、きっと上手になりますわ。びしびし、鍛えます。パート練習も、さらに、ばっちりやります。地獄の訓練ですわ。』
ルイーザ王女が、そう答えた。
『おお、こわ。ぼくは、その時は遠慮します。』
『ほほほほほほほほほ。』
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第2楽章に入って以降も、同様な結果になった。
いや、もっと、凄かった。
副指揮者殿は、ほとんど言うことがない位だった。
終楽章が終わった後は、スタッフ全員が、大感激だったのだ。
しかし、これは、非常に不可思議だ。
どんな、優れたオケであれ、指揮者によって要求することは異なる。
かなり、無理なことを要求する変わり者の指揮者殿もかつてはいたが(まあ、いまもいないとは、ぼくには言えないが。)、真の実力者ならば、オケは従わざるを得ない。
まだ、若い指揮者だと、むちゃを言い過ぎると、オケから見放されることもある。
副指揮者殿は、マエストロの注文を聞いたうえで練習しているはずだが、いくなん
でも、大して要求をしゃべらなくても、自分の思う事をオケが勝手に読んで、やってしまうような感じで、かなり不可思議な気がする。
当事者たちは、実際どう思っているのかは、聞いてみないと分からないが、ここから見てると、ちょっとやはり、不可思議である。
ひとつ、確かなのは、それこそ、ルイーザ王女様の力である事は、間違いがないということである。
ただ者ではない。
あの、王女さまは。
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