第18話:呪殺

「マチルダ嬢、お気を確かに、直ぐに楽になります」


 サーニン皇太子宮は緊張に満ちていた。

 普通では考えられない事が起こってしまった。

 厳重に魔術や呪術に備えているはずの皇城内で、それも次期皇帝である皇太子の宮に呪術の影響があったのだ。

 サーニン皇太子の寵愛を受けているマチルダ嬢が呪殺されてしまったら、皇太子付き魔術師や呪術師の面目は丸潰れだった。


 魔術師は必死でマチルダ嬢が受けた呪術による影響を抑えようとした。

 治癒魔術で致命傷になるような身体的損傷を回復させようとしてもいた。

 呪術師は必死で放たれた呪術を解明しようとしていた。

 解明して呪術を解呪しようとしていた。

 同時に呪術返しの準備をする者もいた。

 だがその行動がサーニン皇太子を怒らせることになった。


「そんな事は後でやれ。

 仕返しなどいつでもできる。

 何が何でもマチルダ嬢を助けろ。

 助けられなかったお前達を八つ裂きにしてやる」


 普段のサーニン皇太子からは考えられない言葉だった。

 常に細心の注意を払って家臣達の忠誠心を得ようとする皇太子とは思えない言葉だが、それだけマチルダ嬢がかけがえのない存在だという事だった。

 皇太子の表情を見れば、マチルダ嬢を助けられなかった場合は殺されるかもしれないと、本気で思うほど殺気に満ちていた。

 皇太子宮の者達は改めてマチルダ嬢の存在感を思い知った。


「殿下、サーニン皇太子殿下。

 私は大丈夫ですから、そんなに心配しないでください。

 皇太子として恥ずかしくない振舞いをしてください。

 私の所為で殿下の名誉が損なわれては死んでも死にきれません」


 マチルダ嬢が心臓が握り潰されるような激痛に耐えながら話しかけた。

 激痛を悟らせまいと笑顔まで浮かべている。

 だがサーニン皇太子にはマチルダ嬢の受けている痛みが手に取るように分かった。

 皇太子自身が何度も呪殺されかけた事があるのだ。

 言葉を紡ぐどころか笑顔すら浮かべられなくなる激痛だと分かっていた。


「だったら幾らでも名誉を損なってみせるぞ。

 そうすれば死にきれなくて生き続けてくれるのだろ。

 大丈夫だ、私の宮の魔術師も呪術師も凄腕ぞろいだ。

 だから気を確かに持って呪術に抵抗してくれ」


 皇太子はマチルダ嬢の思いやりを受けて必死で冷静になろうとした。

 つい感情的になって魔術師や呪術師を非難し脅かしてしまった事を取り返そうと、魔術師と呪術師を称えるような事を口にした。

 内心は今も口汚く罵っているのだが、表向きだけは取り繕った。

 そんな事は魔術師と呪術師はもちろん宮に仕える者全員が分かって。

 それよりはマチルダ嬢の皇太子に対する命懸けの想いが彼らに伝わった事の方が、後々に大きな影響を及ぼした。

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