第3話:暴走

 会場中の視線がロバート王太子に集まった。

 それはそうだろう、にわかには信じられない発言なのだから。

 王太子との婚約がそう簡単にまとまるわけがない。

 王家と釣り合いの取れる家柄の貴族家と周辺との力関係を考えて、長い時間をかけて競争相手との調整を図ってようやく整うのだ。


 それを知っている令嬢が不義密通などできるわけがない。

 貴族家の当主はもちろん家臣も絶対に不義密通などさせない。

 政略結婚をした男女が自由に恋愛するのは、後継者となる子供をもうけてからだ。

 それが許されているからこそ、結婚前や後継者を得るまでは貞操を護る。

 それが王侯貴族令嬢の生き方なのだ。


 そんな常識を根底から覆すロバート王太子の言葉に全員が驚いていた。

 同時に興味津々になっていた。

 本当ならとんでもない醜聞である。

 ロバート王太子が嘘をついていたとしても、とんでもない醜聞である。

 どちらにしても珍しい見世物だと全員が事の成り行きを楽しみにしていた。


「この場の方々の中には私の言葉を半信半疑で聞いている方もおられるだろう。

 だが哀しく残念な事だが真実なのだ。

 この王家を蔑ろにする無礼な行いに心を痛めたマチルダの妹、オリアンナ嬢が命懸けで証言してくれたのだ。

 そのお陰で不義密通相手の庭師と馬丁を捕まえることができた。

 事もあろうにマチルダの相手は下賤な平民だったのだ。

 こんな事が許されるだろうか、いや、絶対に許される事ではない」


 ロバート王太子は自分の言動に酔っていた。

 嫉妬から予定より早く始めてしまったが、会場中の王侯貴族が注目している。

 オリアンナも驚いた表情でロバート王太子を見ている。

 どこの馬の骨か分からない貴族家令息と仲良く話すのを止めてこちらを見ている。

 約束通りこの場でオリアンナを新たな婚約者に指名すれば、もう誰もオリアンナに近づかない。


 だがオリアンナは内心ロバート王太子を罵っていた。

 予定より早くロバート王太子が断罪劇を始めてしまった事で、サーニン皇太子を誘惑する時間が無くなってしまった。

 サーニン皇太子を誘惑できる目途がついたら、ロバート王太子を切り捨てる心算だったのに、サーニン皇太子を誘惑できた確証がない今の段階では、ロバート王太子を切り捨てられない。


「しかも平民と不義密通しただけでは飽き足らず、他国の貴族令息とも不義密通を重ね、この国の大事を漏らしていたのだ。

 恐らく他国の密偵なのだろう。

 今もあのようにマチルダと話しつつ、自分達の事を断罪しようとしたオリアンナを傷つけようとしてる」


 ロバート王太子の暴走だった。

 オリアンナが親しく話しかける令息に嫉妬した結果の大暴走だった。

 蠱惑的な姿態でサーニン皇太子の気を引こうとしているオリアンナの姿に、理性を失い常軌を逸してしまい、相手も確認せずに誹謗中傷してしまっていた。


 これには大きな理由があった。

 ロバート王太子とマチルダ嬢の婚約披露宴という事で、サーニン皇太子はとても地味な衣装でやって来ていた。

 主役であるロバート王太子より目立つ衣装、ルーサン皇国の皇太子だとは分からないような、侯爵家令息程度の衣装に抑えていた。

 しかもロバート王太子のいる場所が、背中しか見えない位置だったのも災いした。

 胸に飾ったルーサン皇国の皇太子を表す飾りが見えなかったのだ。

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