主人公は僕じゃない

第1話 [世界のおわり]


村の知恵爺さん曰く、この世界の外側には誰も見たことがない世界が広がっているらしい。


「誰も見たことがないなら、なんで世界が広がっているなんてわかるんだろう……」


膝元でメェメェ鳴く僕の村の特産品を撫でながら、やけに青く透き通った空を見て思った。


この世界がどう広がっているかは知らないけれど、今僕がいる世界でいうならばここは三大国に囲まれた小さな小さな村で。


特産品は毎回安く買い叩かれる羊毛と、関税と酒税で利益のほとんどない果実酒。村の見所は豊かな緑と広大な平地。国に向かうためには馬で一日かけないといけない利便性の悪いところに村があって、ちょっと不便だなぁと思うくらいの小さい規模の農場に住んでいる。


定期的に来る移動書庫が僕の唯一の楽しみで、世界のことやいろんな歴史や思考など村ではわからないことはほとんど本で知った。


僕が生まれるよりも遥か昔の大戦でこの世界の国は三つに分かれたらしく、その大戦に参加できなかった者達や国から追い出された者達があちこちに散らばってできたのがこういった極小の村らしい。


三国不可侵平和条約が結ばれてから村は昔ほど酷い立場ではなくなったものの、『国』と『村』の格差はまだまだ大きい。


村の人達は国の為に農業家や酪農家になるのがほとんどで、たまに村で生まれる頭のすごくいい人は三国のどこかに嘆願書を提出して、最下級市民として国の中で就職先を探したりするみたいだ。


村を徘徊して息子さんによく連れ戻されている知恵爺さんは、若い頃に神童と言われるくらい頭がよかったけど、そのレベルではどの国でも受け入れてもらえなかったそう。


嘆願書の審査の為に国の中に入ったお爺さんから聞いた話だと、三国にはそれぞれの特徴がある。


国の外がすべて大きい川になっていて門に通じる道以外通れない『王国』は、国が三つになる前に人から物に至るまですべてを商品とした貿易で『王国』として急成長した。今、最も需要があるのはあらゆる情報とその情報を得られる人材らしいとのこと。


事前に手続きをしなければ何であろうと誰であろうと破壊する『帝国』は、大戦の最中に各地の戦闘部族をあらゆる手段でかき集めて周辺の地域を吸収し、『帝国』となってからは科学者を集めているらしい。


国の中心にそびえ立つ大地の神の像を崇めている聖なる信徒の国『聖国』。大地の神に魂の一部を捧げることが入国条件で、国の中では階級ごとに違う白い服を着て、朝昼晩と大地の神に祈るんだと。


「どの国でも大戦が起こった場合に命を捨てて戦えるのか聞いてきてな。三国不可侵平和条約が破られるんじゃないかと心配しとるんじゃ」


大昔のことを最近みたいに話す知恵爺さんに、もう何十回言ったかわからない「大丈夫だよ」を返す。知恵爺さんが嘆願書を出してから何十年か経っているのに、この世界は大戦もなく平和な世の中のままだ。


起こるかどうかわからない大戦よりも、僕は今日のご飯が心配になる。僕らは三国に出荷した農産物や肉類の残りを、どうにかお腹が膨らむ程度にまで水気で増やしたものを食べている。


次の出荷が迫るにつれて食事は少なくなるし、食べ盛りの僕としては少しつらいものがある。


「大地の神に魂を捧げたときに聞いたのじゃ……帝国の影が世界を滅ぼすと。ここも無事では済まん」

「うーん、世界が滅ぶ前にここはどこかに滅ぼされちゃうんじゃないかな」


また何十回と繰り返した会話に同じ返事をして、そろそろ羊の散歩を終えようと僕は立ち上がろうとした。


……けど、できなかった。


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