第3話
数分くらいたって僕の気持ちも収まりかけていたとき、咲桜はいつもより真面目な表情で僕を見つめた。
「いまから、ちょっとだけ真剣な話をしてもいいかな?」
さっき、僕が感じた杞憂とはまた別の雰囲気で咲桜は僕に話しかけた。
僕は彼女の圧に押され、ただ首を縦に降ることしかできなかった。
「実はお父さん、この曲の一番を作って直ぐに脳梗塞で倒れて死んじゃったんだ」
「え…」
咲桜は涙を少しだけ浮かべて下を向いた。
必死に我慢しているように見えたが、不甲斐ない僕はただ聞いていることしかできなかった。
「私が小さいときのことだったから、もうあんまり記憶がないんだ。薄情だよね。
だけど大好きだったってことだけは覚えているから、お父さんが作った曲を歌って、世界中に届けることが私の夢なの。」
彼女の言葉は悲しみを含んでいたが、それ以上に強い意思を感じた。
僕は何を言ったら良いのかがわからず「薄情なんかじゃないよ」の一言だけを絞り出した。
咲桜は続けた。
「あ、もうぜんぜん気にしてないから大丈夫だよ。でも二番より先がないから困ってるんだよねー」
咲桜はまた口角を不自然にあげて笑顔を作った。
目にはさっきよりも涙が溜まっているように見える。
「あれ、おかしいな、なんで涙なんかでるんだろ…ごめんね急に…おかしいよね」
咲桜は立ち上がると僕に頭を下げる素振りをした。
僕は咲桜に謝らさせたくなくて、それを制止するようにして立ち上がった。
彼女に辛いことを話させてしまったのは僕のせいだから。
言葉が出るより先に、僕は咲桜を抱き締めていた。
歌が好きなくせに肝心なことを上手く伝えられない僕は、またポツリと呟くことしかできなかった。
「ならその先は僕が考えてもいいかな。」
自分で言っているにも関わらず理解ができなかった。
でも、これしかなかった。これしか僕にできることが思い付かなかった。
顔は見えなかったが、彼女がふふっと笑ったのが耳元で聞こえた。
「お願いします」
笑い声の後、咲桜はさらりと言った。
彼女の優しく清んだ声が僕の心を揺らす。
僕は一歩前に進む決心をした。
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