第228話 レノの激怒

「爺ちゃんが……お前みたいな奴に負けるかぁっ!!」

「あがぁっ……!?」

「ひいっ!?あ、兄貴ぃっ!?」

「嘘だろ、おい……」

「あんな子供が一発で……」



殴り飛ばされたダイゴロウは身体を痙攣させて地面に倒れ込み、完全に意識を失っていた。その光景を確認した者達は衝撃のあまりに開いた口が塞がらず、助けられた冒険者も唖然とした表情を浮かべていた。


たった一発の拳で巨人族の傭兵を気絶に追い込んだレノに人々は注目し、一方で殴り終えた後にレノは冷静さを取り戻すと、自分が目立ちすぎた事に気付く。あまり目立ちすぎるのはまずいと思ったレノは面倒事に巻き込まれる前に引き下がる事にする。



「ウル、行こう!!」

「ウォンッ!!」

「あ、お、おい!!待ちやがれ!!」

「よくも兄貴を……」



レノはウルに飛び乗って走り出すと、殴り飛ばされたダイゴロウの取り巻きが止めようとしたが、ウルが鳴き声を上げると怯えて道を開ける。



「ガアアッ!!」

「ひいっ!?」

「うわわっ!?」

「ゆ、許してぇっ!!」



一声吠えただけで取り巻きの男達はその場ひ怯えて跪き、その様子を見てレノは呆れながらもウルを走らせる。助けられた冒険者の男は右肩を抑えながらもレノを見送り、呆然と呟く。



「何だったんだ……あの子」



助けられてもらいながら結局は礼を言う暇もなく立ち去ったレノを見送りながら男性冒険者はダイゴロウを見下ろし、冷や汗を流す。同時にレノが告げた「ロイ爺ちゃん」という言葉を思い出し、すぐに彼はある噂を思い出す。



(お、思い出した!!最近、巨人殺しの剣聖の弟子を名乗る少年が現れたって……まさか、彼が!?)



これまでのレノの行動は既に噂として広まっており、伝説の傭兵として語り継がれている巨人殺しの剣聖に弟子がいたという話は冒険者でも広まっていた。


巨人殺しの剣聖は数年ほど前から消息を絶ち、死亡説も流れていた所に巨人殺しの剣聖の弟子を名乗る少年が現れた事で大きな話題になっていた。噂によれば巨人殺しの剣聖が得意とする剣技を少年も扱えると聞いていたが、まさか素手で巨人族を殴り飛ばす程の猛者だとは男性冒険者も思いもしなかった――






――警備兵が訪れる前にレノは早々に立ち去ると、すぐに街を出発して魔狩りの拠点へと向かう。必要な物資の調達は終わり、もう街に長居する理由はない。強いて言えばレノの仲間達が既に街に到着しているのかどうか確かめたかったが、残念ながらそれらしき姿は見かけていない。


そもそもレノ達はウルに引かせた馬車で街に向かおうとしていたため、そのウルがいなければネココ達は移動手段を失う。馬車を捨てて街に向かうという選択肢もあり得るが、その場合だと砂船でも利用しなければこんなにも早く街に辿り着けるはずがない。



「皆、無事だと良いんだけど……」

「ウォンッ……」

「あ、喉が渇いたの?ちょっと待ってね、俺の水筒を分けてあげるから……あれ?」



レノは拠点へ向かう途中、砂漠に存在するヤシの木のような樹木を発見する。最初に街に向かう際は見かけなかったはずだが、どうして砂漠の真ん中に1本だけ樹木が生えているのかと戸惑う。



「なんだあれ……なんか怪しいな?」

「ウォンッ……!!」



ウルも砂漠に生えている樹木を見て怪しく思ったのか、樹木には大きな木の実が生えており、それを見たレノとウルは少し気になって近寄る。あまり距離は縮め過ぎないように注意しようとした時、唐突に地面から木の根っこのような物が出現し、二人の身体に巻き付く。



「うわっ!?何だっ!?」

「ウォンッ!?」



地面から伸びてきた植物の根はレノとウルの身体に絡まり、そのまま砂の中に引きずり込もうとする。まるでトレントのように襲い掛かってくる植物の根にレノとウルは必至に抵抗した。


植物の根を引き千切ろうとしたが、頑丈な縄の様に硬く、力ずくでは引きちぎる事が出来ない。必死にレノは切り裂こうと荒正に手を伸ばすが、その腕にも絡みつく。



「ウル、噛み千切れっ!!」

「ガアアッ!!」



レノはウルに根を噛み千切るように命じたが、ウルの鋭い牙に根が触れた瞬間、紫色の液体が噴き出してそれを浴びたウルは悲鳴を上げる。



「ギャインッ!?」

「ウル!?くそっ……毒かっ!!」



ウルは液体を浴びた瞬間に倒れ込み、意識を失ったのか動かなくなってしまう。それを確認したレノは下手に引き千切ったり、切り裂こうとすれば根の中の液体を浴びて大変なことなると知り、下手に手を出せない。



(どうすればいいんだ……!?)



このままでは砂の中に飲み込まれると思われた時、何処からか足音が鳴り響くと、聞き覚えのある声がレノの耳に届く。



「――牙斬!!」

「ギェエエエッ!?」

「えっ……この声は!?」



聞き覚えのある声と、聞き覚えの無い悲鳴が響き渡り、驚いたレノは顔を上げるとそこには砂漠に生えている樹木に切りかかる「ネココ」の姿が存在した。

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