第226話 砂漠の街
――砂漠に存在するムツノの街はオアシスの傍に存在し、これまでレノが訪れた街とは外観が大きく異なった。街には数多くの砂船が存在し、その全てが大船というわけでもなく、小舟のような砂船も見かけられた。
特別許可証を提示してレノは街の中に入ると、意外な程に人が多くて活気に満ちていた。だが、他の街と違って冒険者の姿はあまり見かけられず、代わりに警備兵が多く見かけた。
(この街にはあんまり冒険者はいないんだな……)
砂漠には危険な魔物が多いため、冒険者のような魔物退治の専門家がいてもおかしくはないとレノは思っていたが、意外にも殆ど冒険者らしき人物の姿は見えない。薬の買い出しのついでにレノは街の住民に聞き込みを行うと、理由が判明する。
「冒険者が見かけない?ああ、それは砂船のせいだろうね。あの船が出来る前までは冒険者に護衛を雇ってわざわざこの街に訪れる商人や観光客もいたけれど、砂船が出来てからは魔物に襲われずに済むようになったからね……砂船に乗れば馬やラクダで移動するよりも早く辿り着けるし、それに安全だからね」
「あ、なるほど……」
「それに最近は魔狩りのような奴等もいるし、冒険者を雇わなくても魔物の素材も調達できるようになったからね。だから、この街には冒険者なんて滅多に訪れないのさ」
砂船を作り出す技術が出来たのは数十年前であり、砂船が出来上がってからは冒険者に頼る人物は激減し、いつの間にか街から冒険者の姿が消えたという。
レノが話を聞いた老婆によると昔は冒険者をよく見かけたらしいが、今現在ではこの街の冒険者ギルドもなくなり、ここに訪れる冒険者も殆どいない。砂船のお陰で人々は魔物から襲われる機会が激減したが、一方で冒険者のような職業の人間は仕事を奪われてしまった。
「あんたも冒険者かい?悪い事は言わないから、こんな街で仕事を探そうなんて考えない事だよ」
「あ、はい……冒険者ではないので大丈夫です」
「そうかい、でも近頃は物騒だからね。あんたみたいな若い子は特にを気を付けた方がいいよ」
「どういう意味ですか?」
「……ここだけの話、実は街で人攫いの事件が多発しているんだ。しかも、噂によるとあの悪名高い盗賊王が関わっているらしくてね」
「盗賊王……!?」
盗賊王の名前を聞けるとは思わなかったレノは驚くと、老婆は他の人間が聞こえないように小声で囁きかける。彼女は生まれた時からずっとこの街に住んでおり、盗賊王がこの街の出身である事も知っているという。
「盗賊王ヤクラはこの街で生まれてね、子供の頃はただのやんちゃ坊主だったよ。だけど、ある時に奴が世話になっていた孤児院の建物が貴族に潰されてから変わっちまってね……盗賊に身を落としたんだ」
「お婆さんはヤクラの事を知ってるんですか?」
「あいつが世話になっていた孤児院にはよく訪れていたからね、あの孤児院の子供達は本当にいい子ばかりだったよ。今はもう息子に後を継がせたけど、当時の私は酒場を経営していてね。余り物の食材なんかをよく持って言っていたのさ」
老婆の話によると若いころの彼女は酒場を経営し、店で余った食材をよく孤児院に持っていっていたらしく、ヤクラやロウガとも顔見知りだったという。
当時の二人は少し生意気な子供だったそうだが、根は優しい良い子だと彼女は気づいていた。しかし、孤児院が貴族の横暴で取り潰されてからヤクラは変わり始めたという。
「ヤクラには本当の兄弟のように仲が良かった奴がいたんだけど、成長するにつれて段々と仲が悪くなってね、よく取っ組み合いのけんかをしていたよ。ヤクラと喧嘩していた方の子供はロウガという名前で、今はゴノで傭兵団を築いているんだよ。聞いた事はあるかい?」
「え、ええ……まあ、一応」
「私があの二人を最後に見たのは街を出て行く時だね。ロウガはヤクラを傭兵になるように説得していたけど、結局はヤクラはそれを拒んで行ってしまった。私は今でも後悔しているよ、あの時にヤクラを止める事が出来ればあいつもあんなことをしでかさなかったのにね……」
老婆は深いため息を吐き出し、彼女はヤクラが盗賊になった事を止める事が出来なかった自分に嘆く。その話を聞き終えたレノは何とも言えない表情を浮かべ、先ほどの話に戻す。
「さっきの人攫いの事件、盗賊王が関わっているかもしれないと言ってましたけど……」
「あくまでも噂だよ……正直、私はあの子が人攫いをするなんて信じたくはないけどね。盗賊王の噂はよくこの街にも届いてるよ……昔はあんなに良い子だったのに、人というはここまで変わってしまうのかね……」
寂しそうに老婆は告げると、そんな彼女の話を聞き終えたレノは頭を下げて立ち去る。ヤクラの素性はロウガからも聞いていたが、やはり昔の彼を知る人物から話を聞くと印象が変わってしまう。
(人攫いか……俺も気を付けないとな)
レノは必要な物資を買い込むと、早々に街を立ち去って魔狩りの拠点に戻ろうとした。だが、その途中でレノは偶然にも街の広場の方で人だかりが集まっている場面を目撃する。
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